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2-16 命を狙ってきた元婚約者が今度は守ってくれるそうです~Bloody・Love~

「一四歳になったら、ブラッディアの王子のお嫁さんになるんだ」

四歳の誕生日に、白鳳桜華は突然そう告げられた。

――ぶらっでぃあは黒の国。まもののくに。

――おうかは白の国のおうじょさま。

およめさんにいけば、白の国がへいわになるんだって。いもうとはせいじょだからだめなんだって。

おうじさまはまものじゃないらしい。

ひとならまだ……いいかな……。

おうかがんばる!


婚姻の日。何だかんだで婚姻は無しになった。敵国の王子様と私は戦う。彼は表情がなくて、意志がないみたいだった。でも、目が合った瞬間、瞳に光が戻って――私と彼の間に流れる時間が、止まったようだった。視線が、離せなかった。


私達の血は、流れた瞬間に花になる。私は桜、彼は――青薔薇。

王子は帰っていったけれど、それ以来、彼を忘れられなかった。そして数年後の再会の日。

「俺は、お前を守る」

と王子――元王子の聖都は言った。

 白の国ホワイティア・王城内――王と王妃の私室にて――


「桜華、お前は一四歳になったらブラッディアの王子のお嫁さんになるんだ」

 四歳の誕生日を迎えた王女、白鳳(はくおう)桜華(おうか)は王である父にそう告げられた。

「ぶらっでぃあ……」

 そこは黒の国。悪い魔物がたくさんいる、白の国も魔物だらけにしようとしている、怖い国。

「ブラッディアの王様がね、王女をお嫁さんにしてくれれば怖いことを止めると言っているんだ」

 どうして桜華なのかという理由を聞いて、幼いながらに王女は理解してしまった。自分が行かなきゃいけない。行くのだと。

 更に、王はこう続けた。黒の国は危険だ。王子に嫁ぐのであっても何があるかわからない。だから、結婚までに身を守る力を得るのだと。

「お前には今日から、騎士としての手解きを始める」

「そんな! 桜華はまだ四歳なのですよ」

 いつも穏やかな王妃が、少しばかり取り乱す。

「私だって娘をむざむざ生け贄に出す気はない。あと十年しかないんだ」

 元々、ホワイティアの王族には国民を守る武力を持つ責務がある。訓練が早まるだけだと王は言う。

「……ところで、王子の嫁というのは家事は覚えるべきなのか? 通常なら必要ないだろうが」

「身の回りの世話は従者がやりますから……でも、基本くらいは身につけておいた方がよいかと」

 答えたくなさそうな王妃の意見を受けて、王は娘に向き直った。

「よし、戦闘と家事だ。十四歳までに身につけるんだ。いいな?」

「はい、とうさま」

 真っ直ぐに父を見て、桜華は答えた。



 ――九年と十一か月後、王城外の戦場にて――


(おう)ちゃん、後ろだ!」

 殺気を感じたのと騎士仲間からの声がしたのは同時だった。素早く振り向き、薄桜色の刀身の剣で魔物を真っ二つにするつもりで袈裟切りにする。十三歳という年齢で、桜華はもう躊躇うことを忘れてしまった。

 断末魔を耳にしながら、襲いかかってくる魔物と剣をぶつけ合う。

(以前に、父様が言っていた……)

 黒の国は軍の中でも最弱の部隊を送ってきている。あの程度で王城を破るなど不可能だ。婚姻成立まで敵対を続けるという黒騎士王の意志表示だろう、と。

 だからこそ、まだ未熟な桜華でも魔物兵士達と互角以上に戦えるのだ。

 けれど、今対峙しているこの魔物はその中でも強かった。能力が高い程に人型に近くなるのが彼等の特徴だ。眼前の相手もその例に漏れなかった。本能以外の理性、感情すら感じられる。

(殺さないと殺される。でも……)

 魔物に人格があると思ってはいけない。

 何度も教えられてきた言葉だ。

 手間取っている桜華に、魔物がにやあっと笑った。

「……っ!」

 体の中心を目がけて突き出されてくる剣を寸でで避けるが、右の二の腕に刃が入った。

「あっ……!」

 腕から一気に血が――桜の花や花びらが散る。人である桜華達の血は、体から流れ、飛び散った時点で花となる。

 右手に握っていた剣が地に落ちる。突然の鋭い痛みに冷静さを失い、右腕の傷を左手で押さえる。指の間から、桜の花びらが溢れてくる。魔物がまた、笑う。

「桜ちゃん……!」

「姫!」

 周辺に舞い散る花びらで状況に気づいた騎士仲間達が一気に迫り、双方向から敵を串刺しにした。屍になって倒れる時、魔物は笑ったままだった。



 同日、装備を脱いで私服に着替えた桜華は、王城の廊下を歩いていた。

(こんなんじゃだめ……! もっと強くならなきゃ……)

 騎士としての反省と、婚姻まであと一か月しかないという焦りが心を乱す。

 互いの子供の婚姻を提案したのはブラッディア側だと聞いた。それによって、黒騎士王も白の国の王族になる。そこを足掛かりにして侵略を進めようと考えているのは理解していたが、王は婚約を承諾した。

(和平なんて名ばかり。私は人質みたいなもの……)

 王子――黒王子が人であっても、種族は関係ない。好きになれるとは思えないし、嫁いだ後にどんな扱いをされるかもわからない。

(一人で生き抜けるようになって行かなきゃ……)

 王城の奥にある、王族と一部の従者以外は入室が禁止されている部屋の前で立ち止まる。扉を開けると、中には彼女が守りたい、大切な人の姿があった。

「待たせちゃったね、白華(びゃっか)


 双子の妹である――つまり、もう一人の王女である白華の表情が、一気に輝く。

「お姉ちゃん」

 桜華と同じ顔、髪形をしているが、受ける印象はどこか気弱で、子供っぽいところがある少女だった。


「……お姉ちゃん、ごめんね。怖いことを全部押しつけるみたいな感じになっちゃって。あたし達は平等に、どっちが選ばれてもおかしくないのに」

 桜華の腕の包帯に、桜が咲き誇っている。白華がそこに手を翳して柔らかい光を放つと、力を失った花が落ちていく。包帯を取ると、傷は綺麗に治っていた。

「白華は聖女なのだから、この国を離れるわけにはいかないの。何も気にする必要はないのよ」

 黒王子の婚約相手が桜華に決まったのは、白華が聖女だったからだ。強大な白の力を持っている聖女は、国の未来に不可欠だ。

 ――でもそんな国の事情より何よりも。

 たった一人の大事な妹を黒の国に行かせたくなかった。嫁いだら最後、彼女は危険視されて殺されてしまうだろう。

「聖女っていったって……黒の国との婚姻が終わるまであたしの存在は秘密にされて、誰の癒しにもなれてない。こんなところに閉じ込められて、意味のない時間を過ごすだけ……」

 この部屋は、誰にも探知されない別空間になっている。白華はここから出ることを許されていない。幽閉状態と言える生活を、ずっと続けている。

「意味はあるよ。私達はここで毎日、心を交わしてきた。一緒に遊んで、勉強をした。私はその日々を忘れないし、白華も忘れないでしょう?」

 白華はこくんと頷いた。片手で目をごしごしと擦ってから視線を合わせてくる。

「……うん、忘れない」

「それに、婚姻が終わればあなたは自由になれる。ここから出て沢山の人と交流できる。私との経験が、その時に生かされるわ」

 桜華が嫁いでしまえば、黒の国はもう嫁を取れない。万が一聖女の存在がバレても、和平の後には手が出せない。

「そうだね、お姉ちゃん……」

 ほんの微かに、白華は笑った。



 一か月後――


 王女姉妹はいつもの別空間で、十四歳の誕生日を祝うケーキを食べ、そして別れた。

 黒いウエディングドレスに身を包み、ヴェールを被って馬車に乗る。

 港には、ブラッディアの巨大船が到着していた。甲板には、黒タキシードの黒髪の少年と、黒く分厚い外套を羽織った黒騎士王が立っている。馬車を降り、両端に金糸が縫われたカーペットの上を、父と手を繋いで歩く。止めようとしても、小刻みに手が震えてしまう。父の視線を一瞬、感じた。


「待って!」

 静かに歩く桜華と王の前に、白華が飛び出してきた。去年の誕生日に二人お揃いで誂えた、白いドレスを纏っている。

「私が桜華です。嫁ぐのが怖くて影武者を立てましたが、思い直しました。関係のない方を犠牲にしてはいけませんよね……」

「何を……何を言っているの!?」

 白華は、桜華として黒の国に嫁ぐつもりなのか。妹は一片もこちらを見ようとしない。その横顔には覚悟があった。姉の代わりになるという覚悟が。

「違います。私が桜華です!」

 桜華は必死の思いで、本物だと主張した。妹を辛い目に遭わせたりはしない。

 黒騎士王の、地を揺らすような迫力のある声が港に響く。

「どちらがどちらであっても、謀る意思があったのは間違いないのだな」

「そんなことは……! 彼女は影武者ではなく……!」

 桜華は弁明しようとしたが、言葉が続かない。妹ですと言えない以上、道理が通る説明など(はな)からないのだ。

「見目が瓜二つであり、替え玉計画があったのは確かなのだろう。黒の国に嫁ぐのを犠牲と呼ぶのも気に食わん。この話はなしだ。……聖都(あきと)

「……はい」

 聖都と呼ばれた黒王子が、無感情に返事をする。整った容貌をしているが表情はなく、瞳には一切の光がなかった。

「まず白いドレスの女を殺れ。その後に黒い女だ」

 黒王子が船上の床を蹴る。息をする間もなく、黒い剣を掲げた少年が白華に迫る。

「……!」

 白華が声なき悲鳴を出すのと、咄嗟に動いた桜華が黒い剣を受け止めるのは同時だった。魔力の高い者だけが使える、別空間を通じて剣を召喚する技で間に合った。攻撃の剣圧を受け、黒いドレスが裂けて肌のあちこちに傷が出来る。流れる血が桜の花びらとなり、風に舞っていく。

「…………」

 妻になる筈だった桜華が傷を負っても、聖都に反応はなかった。しかし――目が合った瞬間、聖都の黒い瞳に光が戻って声が漏れる。

「あ……」

 剣を押し込んでくる力が少しだけ緩む。タキシードのひらひらとした袖の中が、ちらりと見える。彼の腕は、傷跡だらけだった。

「桜華!」

 王が叫び、意図を悟って後ろに飛び退る。直後、大剣を握った王が黒い剣を受け止め直した。大ぶりの一閃で、黒王子を吹き飛ばす。建物の一つに突っ込んだ彼の体に、たくさんの青い薔薇が咲いて落ちていく。

「聖都、戻れ」

 黒騎士王の命令と共に、黒王子は痛みを感じさせない動きで船まで跳び、父の隣に立つ。

「俺は貴様等王族を滅ぼし、この国に必ず戻る。覚悟しておけ。ホワイティアの王族達よ」

 低い声で呪いを残すかのように黒騎士王が宣言すると、船は遠ざかっていった。


 ――桜華は乱れ落ちた青薔薇に歩み寄った。

 一花を掌に乗せると、頬の傷から流れた桜の花びらが、青の上にゆっくりと落ちた。

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