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2-15 レベッカ・メグレーの拾い者

 某日。仕事先でスパイ容疑をかけられていた浴衣男がいたので、適当に保釈金を支払って引き取った。

 某日。仕事の帰り、背中に矢がたくさん刺さった大男と鉢合わせたので、とりあえず拾って手当てをした。

 某日。仕事中に地下牢で猛獣みたいな少年を見つけて、家主に訊いたら「あげる」とのことだったので、一応連れて帰ることにした。

 某日。仕事で船に乗っていたら海賊に襲われたが、うっかり相手の船を転覆させてしまったので、責任を取って海賊の頭を雇うことにした。


 某日。全快した四人を家から放逐しようとしたら居座られた。どうしてなの。


(引用:レベッカ・メグレーの日記より)

 このあたりで一番のメイドは誰かと訊かれれば、大抵の者が『レベッカ・メグレー』の名を挙げるだろう。

 掃除、洗濯、料理、裁縫はもちろん、貴族の接待から子供の世話に至るまで、なんでもござれな無敵のメイド。彼女を雇うことさえできれば、万事解決といっても過言ではない。


 問題は、そんな彼女を雇えるかどうかは、ほぼ確実に運だということだ。


 名前と性別、そして常にメイド服であること以外は一切不明。城下のどこかに住んでいるのは確からしいが、誰も彼女の住処を知らなかった。

 ただ、時々ふらりと街に現れては、求人の紙が貼られた掲示板をじっと眺めて、気に入る仕事を見つけた時にはそれを剥がして引き受ける。ただし、彼女が引き受けるのは必ずしもメイド仕事とは限らない。そのため彼女が現れてから臨時メイドの求人を貼り出しても、レベッカは平然と『ニシンの干物作りの手伝い』の求人を剥がして去っていく。それがレベッカ・メグレーだ。


 そんな謎めいたメイドのレベッカは、今日も今日とて掲示板を眺めていた。たまたま居合わせた街の人々は、さりげなく彼女の動向を観察する。レベッカが現れた瞬間、急に臨時メイドの求人が増えたが、レベッカはまったく気にしていない。


 そうしてしばらく求人を眺めていたレベッカだったが、ふとなにかに気づいたように目線を上げた。少し高い位置に貼られたそれには『北の要塞での勤務・傭兵業』と書かれている。気づいた周囲は慌てたが、レベッカは背伸びをしてその貼り紙を剥がしてしまった。

 さすがにまずい。街の人々が止めるべきかと足踏みする中、レベッカはちょうど通りかかった二人組の巡回の兵士を呼び止めた。兵士たちは怪訝な顔をする。


「ん? 急になん……求人広告だと?」

「おい、これは傭兵を募集するものであって、メイドはお呼びじゃな……」


 言いかけた兵士が、レベッカの顔を見て急に口を噤んだ。そしてみるみる青ざめる。隣にいたもう一人の兵士が、ひっくり返った声を上げかけた。


「メ、メグレーしょ……!」


 しかし、それ以上は言わせないと言わんばかりに、レベッカの回し蹴りが炸裂した。直撃を食らった兵士はその場で昏倒し、もう一人の兵士が「すみませんっっっ!」と叫んでレベッカに敬礼をする。


「もももも申し訳ありませんがっ! こちらの件に関しては自分たちの権限内では決めることができませんっ! なにとぞ今回はお見逃しくださいっ!!」

「…………」


 兵士のあまりの恐縮ぶりに、レベッカは少しなにかを考える素振りをし、それから残念そうに求人の紙をもとに戻した。ついでに自分が昏倒させた兵士を半ば強引に蘇生させて、今日はなにも仕事を引き受けずに帰っていく。

 そんなレベッカの後ろ姿を直立不動で見送った兵士たちは、なにやら慌ただしげに「上に報告せねば」とか言い合いながら、こちらも足早に去っていった。残されたのは、状況がまったく理解できない街の人々だけである。


「おい……やっぱりレベッカちゃんってどこぞのお貴族様なんじゃねえのか……?」

「でもお貴族様が港でニシンの干物を作るもんかねえ……?」

「この前なんかサーカス団の空中ブランコ代行を引き受けてて、あたしゃ目を疑ったよ……」


 そんな人々の噂話など意にも介さず、レベッカは尾行してくる連中をあっさり撒いて家へと向かう。城下の外れにある森に近い、二階建ての小ぶりな家だ。一見すると普通の家だが、実際はかなり堅牢な造りになっている。

 帰宅したレベッカに最初に気づいたのは、ちょうど外で薪割りをしていた綺麗な顔の少年だった。彼はレベッカを見つけた瞬間に手を止めて、満面の笑みを浮かべて出迎える。


「お帰りなさい、お姉さんっ」

「…………」

「あれ、ちょっと元気ない? もしかして今日はいい仕事が見つからなかったの?」


 ふるふると首を横に振ったレベッカは、いい仕事があったけど兵士たちに止められたという話をした。すると少年が「ふーん?」とか言いながら斧で素振りを始める。


「ねえ、その兵士たちの特徴を詳しく教えて? お姉さんのお願いを断るだなんて、死んで償うしか道はないよね?」


 笑顔で処す気満々の少年の手から斧を取り上げて、レベッカは懇々と説教した。そして説教が終わる頃には、「ごめんなさい……」と項垂れる少年。萎れた様子の彼を注意深く観察したあと、とりあえず今日は大丈夫だろうとレベッカは斧を返してやった。

 自分より背の低い少年が再び薪割りを再開するのを見届けてから、レベッカは玄関扉を押し開ける。


「あらぁ、レベッカちゃんお帰りなさい〜〜〜」


 そして入った瞬間に鉢合わせたのは、ド派手なエプロンを身に着けた大男であった。レベッカとの身長差は約四十センチ。首が痛くなるほど見上げなければ、彼の顔を見ることはできない。


「今日は早かったのねえ。……え、北の要塞での傭兵業ですって? ちょっとやだ、まさか引き受けてきたんじゃないでしょうね!?」


 咎めるような目を向けられて、レベッカは首を横に振った。引き受けようとしたが未遂である。そう伝えれば、大男がほっとしたように肩を撫で下ろした。


「それなら良かったわ。北は最近妙にきな臭いもの。そんなところに送り込まれようものなら最後、骨と皮だけになるまでこき使われて、骨の髄までしゃぶり尽くされるのがオチよ!」


 そうだろうかとレベッカは思ったが、そういえば最近、異例の配置換えがあったと知り合いの船頭たちが騒いでいた気がする。確か「アホと愛嬌で有名な貴族のバカボンが、新たに北の防衛線を任された」だったか。

 元海賊という異色の経歴を持つ船頭たちは、仕事中に気になる噂を聞けばすぐに教えてくれるし、水上戦に誘えば櫂を片手に敵陣まで乗り込んでくれる。実に頼もしい。それはともかく、バカボンの話を聞いた大男は「ダメよ!」と言って譲らなかった。


「あたしたちのレベッカちゃんが、あのバカボンの下に就くってことでしょ!? 冗談じゃないわ! そうなるくらいならあたしがあのバカボンの首を獲るっ!」


 レベッカは潔く諦めることにした。アホではあるが、あれは死んでもいいバカボンではない。

 そうして暇なレベッカは、大男と一緒に昼食の準備を始めた。簡単に済ませようと思ってパスタを取り出すと、隣で大男がニンニクとイワシを炒め始める。どうやら今日はイワシのパスタになるらしい。別に異論はない。レベッカはデキるメイドである。危険なレシピなら最初から止めている。


 なお、ここはレベッカの家だった。いつの間にか居候が四人も居座ったため、現在は五人暮らしの大所帯と化しているが。

 薪割り少年と、エプロン姿の大男、そして残りの二人は近くの森で仕事中。いつもなら木こりのごとく薪用の木を伐っているはずだが……今日は妙に森が静かだった。恐らく狩りにでも勤しんでいるのだろう。


 そして夕方。


「おーう、帰ったぞ~」

「まったく木こりも重労働だ……姐さん、晩飯は?」


 斧を担いだ元海賊の頭と、腰に木刀を差した浴衣男が帰ってきた。が、斧にも木刀にもなぜか血痕が付着している。そして狩ったはずの獲物の姿は見当たらない。それを見たレベッカたちは悟った。本日の彼らの狩りは大成功、ただし対象は動物ではなかった。それだけの話だ。


 そこからのレベッカは忙しかった。昼間に少年が打ち落としてくれた人数分の鳥を捌き、大男と二人がかりで夕食を作り、風呂を沸かし、こっそり酒を拝借しようとしていた元海賊を叩きのめし、一足先に月見酒をしていた浴衣男を屋根から引きずり下ろす。


「お姉さん、退屈。構って」


 そしてレベッカが野郎どもに手を焼いている間にも、少年がひたすらまとわりついてきていた。途中で大男に預けてきたはずなのに、いつの間にか抜け出して再びレベッカにべったりだ。さすがは脱走癖のある元王子。手練れを出し抜くのはお手のものらしい。屋根から引きずり下ろされたばかりの浴衣男が、呆れたような目を少年に向ける。


「坊主、姐さんに迷惑かけるな。ガキだからって甘やかされると思うなよ」

「は? 僕もう十三歳ですけど? あと数年したらお姉さんと結婚するんですけど?」

「お前な、そもそも相手にされてな――」


 瞬間、浴衣男が木刀を抜き払って一閃した。たったそれだけで、今しがた飛来してきた矢が真っ二つに折れて地面に落ちる。拾い上げれば、なにやら紙が括り付けられていた。矢文。

 書かれていた内容は簡潔だった。しかし読んだレベッカは目を瞠る。これは――。


「今なにか……やだ、矢文じゃないの!」

「お、いいねえ。ちょうど退屈してたところだ」


 大男と元海賊もやってきて、全員で矢文の内容を覗き込む。


『召集令状:レベッカ・メグレー殿。

 直ちに北の要塞へと向かい、奪われた二つの領地を奪還せよ』


 五人は沈黙した。この短期間で、すでに二つも領地が奪われているようだ……。



 ――このあたりで一番のメイドは誰かと訊かれれば、大抵の者が『レベッカ・メグレー』の名を挙げるだろう。だが、彼女にとってメイドは単なる趣味であり、本業はまったく別にある。旅の準備を整えながら大男が嘆いた。


「レベッカちゃんがあのバカボンの尻拭いだなんて……最悪だわ」

「仕方ないだろう。姐さんは国軍の元最高司令官だからな」

「つっても、十九歳で隠居宣言して今はメイドしてんだけどなあ」

「でもお姉さん、未だに将軍扱いではあるんでしょ?」


 隠居して一年余り。かつて十二歳で将軍となり、十七歳で最高司令官となったレベッカだが、現在は召集令状がくるたびにメイド姿で出撃する、単なる変わり者でしかないのだった。

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