2-13 人語を解する畜生を商いし日々
多種多様な知的種族の全てが、法の下に平等という訳ではない。
獣とは言えないが、平均的な知性が低く、社会を共有困難な種族。
凶暴な本能や文化を持つ故に、「害獣」として扱われる種族。
こういった存在が、人間やエルフ等のマジョリティに危害を加えれば、法で裁かれる事なく、駆除の対象となる。
また、能力や意思の面では共存に問題がなくとも、希少性故に、法の保護の目から漏れている種族もいる。いずれ権利が付与されるにしても、それまでは、法的には鳥獣と同じ扱いだ。
法的な権利を持たない、これらの知的種族は「特殊家畜」として売買の対象にもなる。
本作は、その様な「特殊家畜」売買の先駆けとなった「カスバ商会」の商いを記す。
自らも軽侮の対象でありながら、凄惨な「聖戦」で戦功を挙げ、残忍無比と評された退役魔導兵のハーフエルフ店主は、何を思い、人語を解する「畜生」を売りさばくのか……
「特殊家畜売買・カスバ商会、か」
店の戸をくぐって来たのは、筋骨隆々とした、初老のドワーフだった。
服装から、地元の者では無いのは一目で分かる。遠方からこの都市へ買い付けに訪れたのだろう。
ドワーフという種族を考えると、鍛冶職人か、鉱山関係か…… ゴツゴツとした不器用そうな手を見るに、恐らく後者だろう。
「いらっしゃいませ。ドワーフの方とはお珍しい。どの様な家畜をお求めで?」
「昨日に奴隷市場へ赴いたのだが、良い出物がなくてな。ここを紹介されたのだが、場違いだったかね? 看板には家畜商とあるが、牛馬ではなく、人の働き手が欲しいのだ」
ドワーフ氏は、私の顔を見ながら、怪訝そうに口を開いた。
「ああ、家畜というのは、あくまで法的な意味です。当店の商品は基本的に、言葉を理解する物ばかりです」
「ほう? 言葉を解するならば、家畜とは言えないだろう。奴隷とはどう違うのかね?」
いつもの様に、最初から説明が必要な様だ。まあ、〝特殊家畜売買〟というのは、王家の勅許と、「聖戦」の終結と共に宗主国となった、異世界国家「日本」の出資を得て、私が始めた新商売だ。
遠方の住人なら知らなくて当然である。
「はい。奴隷というのは、法で〝民〟として定められた種族…… 人間や、お客様の様なドワーフ、後はエルフ、ハーフエルフ、人狼、オーガー、ミノタウロス、リザードマン、ラミア…… 魔王国との和平後は、魔族とダークエルフも加わりましたね。そういった種族の内、負債や刑罰等により、財物として売買される身分の者を意味します」
何気に私は「ハーフエルフ」と、自分の種族を説明に加えた。
聖戦の終結まで、ハーフエルフは〝民〟の枠に入ってはいても、実態は賤民同然の扱いだったのである。
汎人類王国に不平等条約を突きつけて保護国化した日本は、エルフと人間の混血であるハーフエルフに、種族改良サンプルとしての価値を認め、差別の厳禁を布告した。
当初はそれに反して摘発された者が多く、拘束に抵抗して射殺された例すらある為、今では少なくとも表向き、ハーフエルフ差別はほぼ解消した。
日本の思惑がどうあれ、当事者としては有り難い。
「つまり、言葉を話そうとも、法が認めなければ、それは〝民〟ではなく〝獣〟に等しいという事かね? だから、奴隷ではなく〝家畜〟として売られるという事か」
ドワーフ氏は、こちらの説明をすぐに咀嚼してくれた様だ。
「ご理解が早くて助かります。当店では、その様な種族を、必要な方にお譲りするのを商いとしております」
「後々、法が変われば、解放させられんかね?」
当然の心配である。まあ、よく出る質問だ。
「ご安心を。仮にその様な事態が生じましても、所有者の既得権は認められます。あえて言えば、〝家畜〟から〝奴隷〟に法的な位置づけが変わるのみです」
「なるほど。人間やエルフも、奴隷として売買が出来るしな。種族が民の一員として認められても、既に家畜とされている者は奴隷に立場が変わるだけで、使役や所有に問題ないという訳か」
ドワーフ氏は納得した様に頷いていた。
「まあ、家畜と違い、奴隷には保有に税がかかってしまうという難点がありますがね」
「在庫には、どういった種族がいるかね?」
「様々な者がおりますよ。例えば、蝶の羽を持ち花園で戯れるフェアリー、歌で水夫を惑わせ海へ引きずり込むセイレーン。お高くなりますが、ドラゴンもご用意可能です」
「ドラゴンだと? そんな物までいるのか!」
ドラゴンと聞いて、ドワーフ氏は目を見開いた。私が言った事は、すぐにばれる虚言ではなく、事実である。
彼がドラゴンを買う様な客には見えないが、店の格を示す為の話題だ。
「はい。上級冒険者が遺跡探索などの際に捕らえ、換金の為に持ち込んでくるのですよ。人間に近い姿へ化身も出来ますから、隷属の盟約さえ結べば、扱いは存外と容易です」
「高いと言ったが、どの位かね?」
「そうですね、標準的な価格は……」
私はドワーフ氏に、算盤でドラゴンの相場を示した。上級貴族が別宅を郊外に一軒構えるのと、ほぼ同額になる。市井の店が奴隷代わりに購入する様な金額ではないが、物を考えれば、意外と安い筈だ。
ステイタスを兼ね、雌ドラゴンを寵姫に加えている王族もいる。
「ふむう…… ドラゴンを金で買えるとは……」
「ちょうど、レッド種の幼体が入荷したんですよ。ご希望でしたら、見分の手配をさせて頂きますが」
私の提案に、ドワーフ氏は慌てて首を横に何度も振った。
「ああ、いや、そんなご大層な物は手に余る。儂が欲しいのは、鉱山採掘に従事する労務者なんだ。体力があって、坑内で働ける奴だよ。奴隷市場では、そういう奴は引く手あまたで、予約がつまっているそうでな。死刑囚すら、金銭で恩赦・払い下げになれば、すぐに売れるというじゃないか」
奴隷代わりに特殊家畜を求めに来たなら、そんな物だろう。高額な希少種を求めて来る様な客は、最初から細かな要望を出してくる物だ。
ドラゴンなど、この客には明らかに手が余る。可憐なフェアリーを愛でる趣味がある様にも見えない。解り切った事だが。
「終戦して以後、復興作業の人手はいまだ不足していますしね。それで、お入り用な数はいか程でしょう?」
「最低でも十名、出来れば二十名は欲しい。輸送の手配はこちらで出来る」
利が薄い小口の取引と思いきや、結構な大商いになりそうで、私は内心でほくそ笑んだ。
地方への輸送となると、途中の襲撃もあり得る。だが客側で馬車を手配するなら、引き渡した後の責任がこちらに無いので、その点も助かる。
「それでしたら、オーソドックスですが、オークがお値打ちです。必要な数も、即日でご用意出来ます」
「オーク? あの豚野郎が使えるのか? 危険は?」
ドワーフ氏は顔をしかめたが、無理もない事だ。
オークとは、辺境で村落を荒らす、豚頭の獣人だ。平均的な知性は〝民〟とされる種族よりも低い物の、言葉を解する種族である。
魔王軍が雑兵として使役しており、王国の民にとっては恐怖の的だ。オークによる略奪・殺戮は、全く容赦がない。
終戦後も、魔王軍からの脱走兵がそのまま匪賊として活動し、地方では脅威になり続けている。
ドワーフ氏も、そんな物を奴隷代わりに提案されるとは、全く思わなかったのだろう。
だが、魔王軍の末端を担っている事からも解る通り、オークとて知的種族の一つであり、労役に従事させる事は充分に可能だ。
「はい。監督役が適切な指示を出せば充分に使えます。体力がありますし、粗食で重労働にも耐えます。服従紋を刻印しますので、反抗は不可能です」
討ち取れば国から報償が出るし、肉も食用に適しているので、中堅の冒険者はオークを獲物として好む。そこで私は冒険者協会に話をつけ、生け捕りにしたオークを仕入れている。
人々を苦しめた分の埋め合わせをさせる為にも、単に殺すよりは長く搾り取るのが建設的という物である。屠って肉を喰うのは、牛馬と同じ様に、働けなくなってからでも遅くない。
「オークの価格は一体当たり、この位です。二十名でしたら、一割は勉強させて頂きます」
私は算盤で、オークの価格を示した。
二十代男性の人間を肉体労働向けの奴隷として購入するなら、ほぼ倍額になる。そも、金を出しても、今の人手不足では即納が困難だ。
「ほう、安いな」
「はい。奴隷ですと、取得と維持に税が掛かりますし、適正に入手したという証明書も必要になります。その点、特殊家畜はお得です」
「即納というのも、随分と助かる。落盤で、鉱夫が数名、くたばっちまってな。すぐにでも後釜が欲しいんだ」
ドワーフ氏は、購入に乗り気になってきた様だ。仕上げといこう。
「早速、ご覧頂きましょう。当店の在庫は、石化して地下室に収納しております」
「在庫が見当たらないので、別の場所で飼育しているのかとばかり思ったが…… まさか石化とは……」
在庫の保管方法を聞いたドワーフ氏は、目が点になっていた。
石化等、私には何でも無い事だが、初見の客を驚かせ、技術力を誇示するには丁度いい材料になる。
「石化しておけば、在庫に餌は不要ですし、管理も楽ですからね」
「それはそうだろうが。石化や復元は高位の魔術師でなければ出来ないと聞くが、雇っているのかね? その方が、随分と高くつきそうにも思うが」
ドワーフ氏は我に返った様で、経営者としての視点で質問を返してきた。
確かに、石化や解除を出来る様な魔術師を抱えるには、多額の給金が必要になる。そも、彼等の多くは自尊心が強く、魔法具の専門店でも無い市井の店に雇われるのは、金に困って落ちぶれた奴のやる事と蔑まれているのだ。
「ご心配には及びません。私自身で処理していますので」
私は、壁に飾ってある、「聖戦」で授与された数々の勲章や記章を示した。富裕層相手の商売には、こんな物で結構な箔がつく。
私の経歴を簡単に証明出来るので、全く便利な記念品だ。
「王国魔導兵か…… なら、石化ごとき、朝飯前という訳だな」
ドワーフ氏が、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。魔導兵は、知識階層を気取った学院出の魔術師とは違う。軍で魔法戦技術を叩き込まれた、殺戮兵器である。
ハーフエルフは魔力資質が高い為、戦時中は半強制的に徴募され、魔導兵として前線に送り込まれていった。私は数少ない生き残りとなる。
「終戦して、軍は大幅に兵員を減らしましたからね。退役して、日本の出資でこの商売を始めたという訳です」
私は指を鳴らし、地下倉庫への通路を開いた。





