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2-12 ふたりのひとみのいきるいみ

【この作品にあらすじはありません】

私の名前は双海瞳ふたみひとみ。両親と一緒に暮らしていた四人家族の長女、上に兄が一人

 これが、私に与えられた最初の記憶。 


「残念ですがあなたのご両親は不運な事故に巻き込まれてお亡くなりになられました」


 そしてこれが次に与えられた記憶。


 声だけで判断した男の人から話を聞くと、どうやら家族三人で車で出かけている際に大きな交通事故に遭ってしまい、私だけが重体で生き残り、二人はもう死んでいる……ということだった。


 悲しいという気持ちは私には湧いてこなかった。何故なら今の私はどうも両親の顔や声が何一つ思い出せないから。

 すると君は事故の衝撃で自分のことに関する記憶を失ってしまっている、男の人はそう言った。


 記憶喪失……私はそのせいで家族との別れに涙すら流せない人間になってしまった。

 というか、さっきから話してる人の顔が見えない。

 真っ暗な世界でどこからともなく声が聞こえる、ということを伝えてみると。


「……君は今、両眼を失っている。これも多分、事故の際に目を切ってしまったからでしょう」


 男は途切れ途切れそう言った。

 ということは今の私は記憶も、家族も、視界も。双海瞳を形成していた大事なものが一気に無くなってしまった状態ということか。


 ただ、記憶がなくなって良かったと少し思う。

 きっと私には、それが残っていたら死ぬほど悲しい思いをするだろうから。

 それなら、悲しさなんて理解できないほうがいいのかもしれないとそう思う。


「両親は亡くなり、記憶も、視界も君は一瞬で失ってしまった。でもこの中から一つだけ取り戻すことが出来るものがある」


「えっ」


 突然、男の人はそう言った。


「視界だ。今の君には見えていないが、両脇には今。冷たくなってしまったご両親が横たわっている。彼ら二人も先ほど起きた悲惨な交通事故によって顔に大きな傷を負っているが、それでも二人の瞳は右と左。片方ずつ残っている」


 記憶が無くなる前の私は察しが良かったのか、そんなことはわからないけどここまで言われれば何を言いたいのかわかった。


「まさか、その片方ずつの目を私に?」 


「その通りです。そして自分にはそれを行うことができる能力があります」


 そんなことが可能なのかという疑問がまず浮かぶ。でもそれを口に出すより先にこの男は信用に値する人間なのか。という疑念が脳裏をよぎる。


「……本当に私は死にかけてるんですか? そもそも何で私にそんなことをしてくれるんですか?」


 正直な疑問を投げかけてみる。返答はどうあれ聞くことは大切だ。すると男は「ふむ」とひとつ言うと。


「そうですね、確かにこんな胡散臭い話をいきなり信じろ。というのはいささか難しい。いきなり目を移植して視力を回復させてあげるなんて言われて信じる人は流石にいませんか」


 カッカッカ。と変に笑っていた。この人に抱いていた怪しげな雰囲気がむしろ増していった気もするが、今そんな情報が欲しいわけではない。


「それでは質問に答えましょうか。

 ふたつの問いに答えるとするならば、『君は体を起こすことすらできない状態』で『ここで双海瞳を失ってはいけないから』ですね。言ってませんでしたがこのままでは君自身も事故が原因で死にます。視力がない以上助けを呼ぶことも、助かる道のりを探すこともできないからです。

 そんなこと言ったって記憶のない君には何言ってるのかわからないのでしょうが……。双海瞳という人間はあなたが想像しているより遥かに素晴らしい人間でした。自分自身彼女に恩もあるのです。私がここに辿り着いた頃には事故による悲惨な状態でしたが……彼女が最後に呟いた一言を、どうにかして自分は叶えてあげたいのです」


「……私は、なんて言ったんですか?」


「それは、視力を取り戻して君自身が思い出すべきです」


 言い回しが胡散臭すぎるのに真剣味を感じる雰囲気と発言に私は騙されてついていきそうになっている。

 というか記憶をなくす前の私って一体どんな人だったんだ、こんな人に恩を感じさせられる人格者だったの?


 今の私の思いとしては……。真意を感じさせた男の熱意を汲み取りたい、このままでは死ぬ。と言われてしまったからというのもあるけれどでも自分が前に進むために必要なのは、たとえ他者の意思の介入があったとしても自分の足と、意思なのだと思っている。


『言われたからやる』のではなく『言われたことを自分の意思でやる』のだ。やってることは一緒でも、考え方が少し違う。


 だから、自分の意思で一歩踏み出すために、自分が視力を取り戻したい理由が欲しいのだ。何かないか。記憶を失った私の空っぽの心のどこかに、前に進むための理由が。


 自分自身に問いかける。空洞の記憶からちっぽけなカケラを探す。沈むように暗い暗い何もない記憶を探り続ける。


 その時に、ふと。一つの言葉が脳裏をよぎった。







『まだ』







 たったの、本当にたったの二文字だけ。それでも。


 何もない私に一つだけ残ったその二文字の断片は、今の私の全てだった。

 むしろ、こんなに今の私に相応しい言葉があるだろうか。『まだ』なんて、立ちあがろうとしている人間の吐く言葉じゃないか。自分に関する記憶をなくした私というパンドラの箱にたった一つ残ったものがこれならば、きっとそれは私の最後の意思、希望なのだと思う。


 前に進む理由なんてこの二文字で十分過ぎた。



「……両親の瞳を私にください。そうすれば私は事故から助かるんですよね」


「感謝します……自分でお願いしておいて失礼ですが、何故? 記憶がないということは生きる理由もないということだと思ってました。生きる理由がないなら視力を取り戻したところで、辛いだけなのでは?」


 男はそう聞いてきた。それに対する答えはすでに出ていたから言葉は澱みなく出てくる。


「失った記憶の中に、たった二文字だけ残ってたんです『まだ』って。記憶をなくす前の私が諦めきれてない何かがあるなら留まるわけにはいきません。

 確かに生きる理由は今はないです、やりたいこととかもわかりません。でもそれってきっと生きながら見つかるものだと思うんです。空っぽの私だけど、貴方の知ってる双海瞳はもういないけど、私なりの生きる理由を私は生きながら見つけていきたいと思ったんです」


「……承りました。まずは感謝を。

 そして残念ですが視力が戻っても君は助かるとは言い切れません。助かる可能性が生まれるだけではあります。君が視力を取り戻した瞬間におそらく事故で発生した怪我の痛覚が一気に押し寄せてきます。その中で君は素早く自分が助かる選択をしなくてはならない。そこ君に頑張ってもらう他ない」


 ちょっと驚いた。確かにそうか、人が二人死んでもう一人が視力を失うような事故。生き残っているとはいえ平気なわけがないか。

 視力を取り戻したら痛覚が発生する。はよく分からないけど事前に教えてくれるなら覚悟もできる。


「さて、視力を取り戻した瞬間に君の空っぽの人生が幕を開けます。覚悟はいいですか?」


 体を動かせないので実際はできていないが固唾を飲む。痛いのかぁ、少し嫌だなと思いつつも自分で決めたことに覚悟と責任を持ち「大丈夫です」と答えた。


「ところで、助けてくれる理由はわかったんですが貴方は一体何者でどんなお名前なんですか? 助かった暁には実際に会って感謝とお話をしたいんですが」


「そうですね……まぁ目を覚ました君に最後のお手伝いをするぐらいはする予定なのでその時出会いましょうか。その時に感謝の言葉をお願いします。そして最後にもう一つ、これは私個人のお願いなのですが……私が君を助けるのは『双海瞳』を取り戻すことが理由です。でもこれは君の人生。どうかやりたいことをやってください。君だけの双海瞳の人生を大切にしてください……お願いしますね」


 何か深みのある言葉に聞こえた。実際男は私に伝えていない隠していることがあるのだろう。でもそれは私が今立ち上がらない理由にならない。今はただ目を覚ました時この男の人に感謝を告げることが私にできることだと思った。


「それでは、目覚めない双海瞳。良き人生を。カッカッカ」


 変な笑い方だなぁ。暗闇の中で私が最後に残したこの記憶。そしてその後、視線の先に光明が一線刺しこむ。どうやら私は視界を取り戻したようだ。










 ×××









「うぎゃっ!!!!???」


 目を開けたら本当に激痛!! お腹は痛いし頭も痛い! 覚悟はしてても痛いものはやっぱり痛かった。


 一つ深呼吸をしてゆっくりと周りを見て状況を確認。山の中、道路上。車は燃え上がり近くで二人の人間が横たわっている。きっとこの二人が私の両親なのだろう。


 まず助けを呼ぶかここから逃げるかしないと。

 痛む体を引きずってここから離れようとした時。


「いたっ」


 私の頭の上に何か落ちてきて目の前に転がった。これは、誰かの携帯電話?


 上を見上げると烏が1匹私の上を飛んでいた。その烏は私の視線を誘導するように飛び回り、やがてきっとそうでもしなければ見つけられなかったであろう国道標識の上に止まった。


 あぁ……そう言うことか。理解して少し目頭が熱くなる。


「ありがとう。……これから頑張るね」


 そう言ってなんとか立ち上がって歩き出し携帯電話で119を入力する。どうやらギリギリ電波は届いているようだ。


 それを見届けた烏は飛び立っていった。

 まるで笑っているかのようにカッカッカ、と鳴きながら。


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