2-10 生贄省
生贄の儀式の効果が科学的に証明されて数十年。
人間を殺し、捧げ、奉り、各地にいる神々の要望を叶えることで、20XX年の日本は大いに繁栄していた。
そんな現代において、人材活用省の灰巣咲梨は人命を選別する仕事をこなしていた。
社会のリソースを食い潰す怠け者は、せめて命を贄とすることで少しでも社会に価値を還元すべき。
そんな想いで仕事に励んでいたが、ある日彼女は自分自分が生贄として指定されてしまう。
生き残る道はあると説得され、断りきれずに神のいる秘境に赴いた咲梨だが、そこで出会った神はあまりにも……。
人材活用省において、今日も官僚が仕事に励んでいる。
「H県F村、生贄5人でオシトメ様への請願が聞き届けられました。これで向こう10年は害獣の被害が抑えられます」
「I県K地区、アマクグリ様との交渉は難航しています。生贄3人だけだと渇水は避けられそうにありません」
「オシトメ様との交渉はよくやった。そのまま次の手続きに進め。アマクグリ様はもう少し生贄を増やす。リストから適当な対象をピックアップしておけ」
部下からの報告を受けて、上司は指示を下す。
そんな中で、一際目立つ報告があった。
「O県W町、ジチシンコウ様との契約が完了。次はもっと沢山の生贄が欲しいとのことなので、以降は追加で10人の犯罪者を捧げると約束しました。O県E市、ハンイナリ様が生贄の態度に不満を持っていたので、一旦生贄を回収して再教育の後に再提出。これに満足して貰えました」
「灰巣くん、灰巣咲梨くん。仕事熱心なのは感心だがな、ちょっと急ぎすぎだし強硬すぎるな。交渉の進捗とか生贄の情報とか、事前にこっちに連絡が欲しいな」
上司から苦言を呈されたのは、一人の女職員だ。
黒いひっつめ髪にキツイ目つき。体格は中肉中背だが、背筋はピシッと伸びている。
小中学校のクソ真面目なクラス委員がそのまま成長したような女がそこにいた。
「報告が遅れたことは申し訳ありません。ただ、内容は妥当でしょう?」
「人数や処置自体はそうだがな。なんせ国民の命を消費するんだ。現場だけで判断はせずに、いくつも厳正な審査をしなけりゃな」
「よく分かりません。別にいいじゃないですか、犯罪者やホームレスや生活保護受給者みたいな穀潰しが何人生贄になろうと」
「君ね、そういう人達も間違いなく国民であって……」
「どの道、地縁のある国民からの生贄でないと、神様方は納得しないんです。じゃあ現場の私達が『こいついらねーな』って思った相手を選んで何が悪いんですか」
「ここは役所だからね、手続きが足りてないのは悪いことなんだ。君の判断よりも重要さ」
「……かしこまりました」
そこで咲梨は引き下がった。
上司相手に報連相がなっていなかったのは確かなので、流石に分が悪い。
すごすごと去っていく咲梨を見て、上司はため息をついた。
「あの気質でも人材活用省でやって行けるくらいだから、能力はあるんだけどね」
◇
生贄の儀式の効果が科学的に証明されて数十年。
人間を殺し、捧げ、奉り、各地にいる神々の要望を叶えることで、20XX年の日本は大いに繁栄していた。
貧乏な者、利益を産まない者、汚い者、気持ち悪い者、何となく気に食わない者。
そうした『不必要な奴』を食い潰すことで、現代の公共利益は成り立っている。
人の命を消費するという事実に反発する声もあるが、実際に得られる利益や安定を見た後では無視されがちだ。
「いいことじゃないですか。ずっと行われてきた人類の営みが、分かりやすくなっただけです」
そう主張するのは灰巣咲梨だ。
缶コーヒーを片手に熱弁を振るう。
「元より、誰かを犠牲にして全体が生き延びるなんて、どんな共同体でもあったんです。それを見ないフリをしてただけ。分かりやすい構図になってからケチつけるなんて、偽善ですらない」
返答するのは彼女の上司だ。
大事な休み時間を潰すことになるが、部下との話し合いはそれ以上に大事だと判断した。
「君はそう言うがね、ある程度の建前は必要なんだよ。どれだけ弱かろうと無知だろうと、大衆の意見は大きい」
「もちろん外では言いませんよ。あくまで私の生き方を示したまでです」
「確か養護施設出身だったか」
「ええ、親兄弟のいない身でも勉強して奨学金を借りて、こうして国の中枢で働けるまでになりました」
「恵まれない環境でも努力を重ねてきた、か」
「そうです。だから私よりずっと恵まれた環境なのに、私よりずっと立場が低い人は怠け者のクズです」
「極端だなあ」
「多少の上下差は仕方ありませんが。普通に働いて普通に生活してるならいんですけどね」
「普通じゃない人はダメだと?」
「ええ、犯罪者とかホームレスとか生活保護とかですね。実際に会ったことありますが、どいつもこいつも怠け者のクズばっかです」
「だから生贄にして構わないと?」
「そうに決まってます。そもそも、私達の仕事は誰かを生贄に選ぶことです。じゃあ社会のお荷物なりに、少しは役に立ってもらわないと」
「……君の意見は分かったよ」
そうして、上司は咲梨に判断を下した。
◇
「私が生贄ってどういうことですか!?」
「灰巣くん、灰巣咲梨くん。声が大きいよ」
翌日の省内において、咲梨は上司を怒鳴りつけていた。
目つきはいつも以上にキツくなって、口は火を吹かんばかりだ。
それでも上司は涼しい顔をして咲梨の剣幕を受け流す。
「人材活用省が動き始めて早十年。神々に生贄を捧げ、大いに良い関係を築いてきた」
「ええ、私もそのために懸命に働いてきましたが!」
「ただね、何度もやり取りを重ねて慣れた・マンネリ化した結果、最近は神々も生贄の好みが出てきた。人の命なら何でもいい、ってことじゃないらしい」
「……『属性』や『付加価値』を求めると?」
「察しがいいね。これまで生贄として選んできたのは、多くが見た目が悪く、身体も精神も病んだ者ばかりだ」
犯罪者、ホームレス、生活保護受給者。
「ええ、貧すれば鈍すると言いますがね。見た目に全て現れてますよ」
そういう相手だからこそ、社会から処理しても不満が出にくいとも言える。
「そういうのばっかは嫌だと。たまには、若く美しく健全な心身を持った人間の命が欲しいということだ」
咲梨は満25歳、キツい目つきだが全体的には悪くない。
官僚の激務ができるくらいにはタフな身体で、頭も良く強気な性格をしている。
「それで何で私なんですか? いるかは分かりませんが、国内から他に希望者とか……」
「政治的な事情だ。人材活用省は何かと批判に晒されやすい」
生贄の儀式による犠牲は無視されがちで、不満は出にくい。が、出ない訳ではない。
「ただし、我らが身内から代償を支払えば公平公正のアピールになり、追求はしにくくなる」
「そのために私に生贄になれと!?」
「そうだよ、いつも我々がやっていることだ。君もやっていることだ」
「ざっけんな! なんで天涯孤独の中頑張ってきた私が! 怠け者共と同じ扱いをされなきゃならないんですか!」
「まさにそれだ。克己心に溢れ、神様からの要求に応えられるハイスペックさ。『処理』される不必要な余り者ではなく、『捧げる』に相応しい生贄だ。それでいて、失って悲しむ家族もいない! 君こそが適任なんだ!」
「おだてられても知りません! 流石に自分の命まではかけられないので! 辞めさせていただきます! 溜まってる有給全部使ってからな!」
「まあ待て、今回は色々と特殊なケースでな。死亡確定ではない。というか、是非とも生きて帰ってきてくれ」
「……詳細を」
「件の神様は『グルメ』でね。種々様々な女性を集めて、その中から生贄を選びたいらしい。君もその対象なんだが、人材活用省としては選考に参加しただけでも建前としては十分だ」
「一旦その神様の前まで行った後、わざと選ばれないようにして帰ってくればいいと」
「戻ってきたあかつきには、かなりの出世と権限とボーナスを約束しよう」
「最初からそう言ってくれれば、こじれずに済んだのですが……」
咲梨は考える。
この上司は食えないタヌキだが、言ったことは守る。帰ってきたら出世は嘘ではない。
省として建前が欲しいだけなら、帰還そのものは難しくないだろう。
ならば、これは『少しばかり危険な出張』でしかない。
「いいでしょう、行きますよ。ただし、戻ってきた時のことはちゃんと書面で約束してください」
「もちろんだ、引き受けてくれて良かったよ」
かくして、咲梨は陸の孤島である秘境に飛ぶこととなった。
◇
「まだ5月なのに暑いわね……」
上司と話がついてから1ヶ月後。咲梨は登山をしながら呟きを漏らした。
靴はコンバットブーツ、上下は作業着、頭に作業用ヘルメット、化粧はしていない。特大のリュックサックには必要な物がたんまり入っている。
生贄候補、などという仰々しい呼び方にそぐわない格好の女作業員がそこにいた。
「複数の中から選考って言ってもね。私以外もいるらしいけど、積極的に生贄になりたい奴とかいるのかしら?」
いざ神様に選ばれた後は、その女の所属する組織にはかなりの見返りがある。
使命感の強い者であれば、命を差し出す覚悟はあるかも知れないと咲梨は考える。
「まあ、私にはどうでもいいことだわ。どうせ選ばれずに帰るんだし」
咲梨はもうこの時点で、帰った後の権限をどう振るうか考えていた。
そうすると気分が浮き、馬鹿な考えも口をつく。
「もしどうしても私を生贄にしたいようであれば、銀髪糸目イケメンで細マッチョ高身長のイケボくらい出して貰わないとね」
そうして辿り着いた山頂で、咲梨はそれを目にした。
「貴様が生贄候補の灰巣咲梨か。俺の糧になれるよう、よく精進するように」
銀糸のごとき髪の毛、笑うと目が細くなる端正な顔立ち、それでいて軟弱さを感じさせない長身と適度な筋肉、低いのによく通る声をしている。
銀髪糸目イケメンで細マッチョ高身長のイケボな神が、そこにいた。





