三位一体
◇
金色の光を瞳に宿し、巨人の前に立つ、メルナ。
「メルナ、待て! 迂闊に魔法を使えば、お前は——」
リーザスが、制止しようとする。
竜化。二度と人に戻れなくなる。それだけは、避けなければならない。
「ママ。……覚えていますか」
メルナが、静かに振り返った。
「旅の夜に、言ってくれました。私の魔力が溢れたら——全部、吸い取ってくれると」
「!」
焚き火を囲んだ、あの夜。
怖い、と言った少女に、リーザスは確かに約束した。お前は化け物になんかならない、と。俺が、全部引き受けると。
リーザスは、覚悟を決めた。
メルナの背後に立ち、そっと、その肩に手を置く。
「……ああ、言ったぜ」
その声に、迷いはなかった。
「だから——思いっきりやれ」
メルナが、両手を巨人へ向ける。
魔力が、渦を巻き始めた。
ゴウッ!!
規格外の魔力。
メルナの髪が逆巻き、頬にうっすらと鱗が浮かび始める。
上空のシエルが、身を仰け反らせた。
「な、何こあの魔力!? あの子、魔族なの!?」
フェルナンが、目を見開く。
「これが、我が国初の魔法騎士……!」
その時——リーザスの胸のホロウが、ドクンと脈打った。
溢れかけた金色の余剰魔力が、リーザスの掌へと吸い込まれていく。
メルナの頬の鱗が、すうっと引いていった。
——完璧な形の魔法陣が、組み上がる。
(怖くない。ママが、いてくれるから)
メルナの目に、恐怖はなかった。
暴走する力に怯えていた少女は、もういない。支えてくれる人がいる。ただそれだけで、彼女は自分の力を、正面から使いこなせるようになっていた。
巨人が咆哮を上げ、突進してくる。
「焼き尽くせ——」
◇
「——『竜炎』ッ!!」
ゴオオオオッ!!
金色の炎が、奔流となって、巨人を呑み込んだ。
巨人の半身が、燃え上がる。
死体の縫合部が、金色の炎に焼かれて、崩れていく。
再生しようと蠢く死体の手が——炎に触れた端から、灰になった。
これまで、どんな攻撃でも再生してきた、不死の巨体。それが今、なす術もなく灰へと変わっていく。
「竜の炎は、消えない」
メルナが、静かに告げる。
創世竜の炎。この世界に竜を連れてきた、始祖の力。それは、ゾラの汚れた術式など、根こそぎ焼き払う浄化の炎だった。
「!」
その時。
「……お、おい、おっさん!」
カモが、叫んだ。
リーザスの胸から腕へ、金色の光が流れている。
「力が……流れ込んでくる! 行けるぞ!」
(そうか——メルナの魔力はホロウを通って、カモに流れる。俺の身体が“回路”になってるんだ!)
三人で、一つ。
メルナが力を生み、リーザスが受け止め、カモが刃となる。それは、誰か一人が欠けても成立しない、完璧な連環だった。
閃光。
リーザスの手に、白銀の大剣が再び顕現する。
——その刀身に、金色の炎が纏わりついていた。
白銀と、黄金。二つの力が重なり合った、かつてない姿。それは、三人が心を一つにした証だった。
「へっ……燃料満タンどころか、大盛りだぜ!」
カモが、歓喜する。
「マルコ!」
マルコが駆けつけ、リーザスを乗せて疾走する。
巨人が、残った腕を振り下ろす。
マルコはそれを読み切り、懐へ潜り込んだ。
リーザスが、鞍を蹴って跳躍。
金色の炎を纏う白銀の大剣を、大上段に構える。
「竜爪剣!!」
◇
ズウウウウン……。
巨人がバラバラに斬られ、金色の炎に包まれながら、崩れ落ちた。
静寂。
荒野に、金色の火の粉が舞う。
リーザスが着地し、息を吐いた。
大剣が光を解き、カモの姿に戻る。
「……ふう。ちったあ骨のある相手だったぜ」
メルナが、駆け寄ってくる。
「ママ!」
「おう。……よくやったな、メルナ」
救出された少女が、二人を見上げていた。
「……つよい……」
そこへ、残敵を掃討したカーラカレットたちが駆けつける。
「がはははは! 飛べねえくせに、竜爪剣たあ、やるじゃねえか!」
ラズが、真っ二つになった巨人を見て、絶句した。
あれは、隊全員でかかっても苦戦する相手のはずだった。それを、たった二人で。しかも、飛べない竜と、噂の落ちこぼれが。
「合成死体兵を……たった二人で……」
エミリアが、静かに言う。
「……訂正します。私たちより、彼らの実力は上」
ソランジュが、少女をふわりと抱き上げた。
「さあ、もう大丈夫よ」
——上空。
「……ねえ、今の見た? 見たよね? 俺、夢見てる?」
シエルが、呆然と呟く。
フェルナンは、しばらく黙って、地上を見下ろしていた。
「……戦果は、事実だ」
その言葉には、確かな重みがあった。
実績はゼロだと切り捨てた男が、今、その事実を認めた。
フェルナンは剣の柄から手を離し、竜首を返す。
アイリスが、最後にもう一度だけ、地上を見た。
「…………魔法騎士、八十二。……おっさん、七十七」
「二人分!?」
シエルが、素っ頓狂な声を上げる。
「てか片方、俺より上じゃん!!」
夕日の荒野。
焼け跡に、並んで立つリーザスとメルナ。
飛べない竜と、万年雑兵と、暴走を恐れた少女。侮られ、嘲られた三人が、今日、確かに一つの戦果を挙げた。
その姿は、もう「お荷物」のそれではなかった。




