歓迎会
夕暮れのセレスティア砦。
帰還した隊列が、門をくぐる。
砦の騎士たちが、ざわめきながらリーザスたちを見ていた。
「おい、あの新人二人が、合成死体兵を倒したって……」
「嘘だろ……あの噂のおっさんが?」
その視線は、もはや侮蔑ではなかった。
驚きと、戸惑いと——わずかな、敬意。
その夜。
砦の大食堂。
長机に、山盛りの料理と酒樽が並んでいる。
コーネリアが、杯を掲げて立った。
「昼の戦い、全員よくやった! そして——」
その顔に、笑みが浮かぶ。
「リーザス、メルナ。改めて、第七騎士団へようこそ! あんたたちの歓迎会だ!」
「「「乾杯!!」」」
ドッと沸く、食堂。
カーラカレットが、巨大なジョッキをリーザスに突きつける。
「さあ飲め、おっさん! 俺と勝負だ!」
「隊長、あんただって割とおっさんじゃねえか……」
「俺はまだ二十七だ!! この顔は生まれつきだ!!」
どっと、笑いが起こる。
その足元。
カモが、皿の料理を猛然と食い荒らしていた。
「うめえ! うめえぞ! 砦の飯、最高じゃねえか!」
ソランジュが、くすくす笑いながら、カモの皿におかわりを載せる。
「ふふ、いっぱい食べてね。カモちゃん」
「ちゃ、“ちゃん”づけすんな! 俺様は誇り高き金剛竜——おかわり!」
食堂の隅では、アイリスが黙々と料理を口に運んでいる。
「…………この煮込み、八十八」
「料理まで採点するんだ……」
シエルが、げんなりする。
「てか俺より上じゃん……」
笑い声に包まれる、食堂。
その輪の中心で、リーザスがふと、周りを見回した。
(……騎士団で、こんな風に迎えられる日が来るなんてな)
十八年。
落ち続け、笑われ続けた男が、今、仲間に囲まれている。杯を交わし、軽口を叩き合っている。
あの安酒場で、マルコたちと「来年こそは」と慰め合っていた日々。あの頃の自分に、この光景を見せてやりたかった。
夢に見た光景が、目の前にあった。
◇
宴も、たけなわ。
ラズが、ジョッキ片手に、リーザスの隣にどかっと座った。
「……おい」
「ん?」
「べ、別にお前を認めたわけじゃねえけどよ」
ラズが、顔を背けながら言う。
「……今度、稽古つけろ。俺も竜爪剣を使えるようになりたい」
リーザスは、少し笑った。
「ああ。いつでも教えてやる」
——一方、壁際。
エミリアが、メルナに杯を差し出していた。
「……メルナ。今日は、ありがとう」
「!」
メルナが、驚いて顔を上げる。
「あなた達がいなかったら、私、死んでたかも……」
エミリアの声は、素っ気ないままだった。
だが、その言葉には、確かな誠実さがあった。
「飛べないなら留守番してて」と切り捨てた自分の非を、この娘はきちんと認めている。冷たいのではない。ただ、不器用なだけなのだ。
「エミリアさんも、強かったです。あのナイフ術」
「エミリアでいいわ。……同い年でしょ」
メルナの目が、わずかに見開かれる。
「……はい! エミリア!」
その時——食堂の扉が、ガチャリと開いた。
フェルナンが、立っている。
食堂が、しんと静まり返った。
フェルナンは、まっすぐリーザスの前まで歩き、立ち止まる。
「リーザス・モートン。俺は言ったな。『戦果を挙げてみせろ』と」
「……」
リーザスは、黙って立ち上がった。
フェルナンが、静かに右手を差し出す。
「約束通りだ。——ようこそ、第七騎士団へ。騎士、リーザス・モートン」
その言葉に、リーザスの胸が、熱くなった。
騎士。
十八年、そう呼ばれることを夢見てきた。
実力主義の男が、事実だけを見て、そう認めてくれた。それは、何よりも重い言葉だった。
リーザスが、その手を固く握り返す。
その手は、驚くほど硬く、無数の剣ダコに覆われていた。この男もまた、血の滲む努力で、ここまで這い上がってきたのだ。
食堂が、割れんばかりの歓声に包まれた。
◇
——同刻。
遥か南、魔道国家ゾラ。
暗い軍議室。
黒い甲冑の男の前に、伝令が跪いている。
「ご報告いたします。国境侵攻部隊、全滅。……合成死体兵も、撃破されました」
軍議室の奥から、苛立った声が飛ぶ。
「馬鹿な。あれは並の騎士団では、傷一つつけられん」
——ゾラ魔導兵器開発局長、コルヴァル。
「生き残った観測兵によれば……『金色の炎』に焼かれ、再生機構ごと灰になったと」
「……金色の、炎……」
沈黙。
黒い甲冑の男が、ゆっくりと立ち上がった。
——ゾラ第一の剣、大将軍セリウス。
「——『創世竜の核』。実在の確認が取れたな」
「小手調べにしては、高くついたがな」
「安いものだ。大王様の悲願に、値はつけられん」
セリウスが、壁に立てかけられた巨大な剣を掴む。
「……おい、まさか」
コルヴァルの声が、わずかに引きつった。
「次は、俺が出る」
その一言に、軍議室の空気が凍りついた。
ゾラ第一の剣。魔道大王に次ぐ、最強の男。その男が、自ら出陣する。それが何を意味するのか、ここにいる誰もが理解していた。
軍議室の窓の外。
ゾラの空を覆う赤黒い雲が、ゆっくりと蠢いていた。
——砦の歓声を、まだ誰も、疑っていない。




