大将軍の一太刀
魔道国家ゾラ・南部進発拠点。
荒野に、数百体の死体兵が、整然と並んでいた。
大将軍セリウスの号令の下、南方侵攻軍の編成が進んでいる。
その死体兵の列の間を、大剣を担いだ男が、だるそうに歩いていく。
——セリウス直属、「剣鬼」ヴォルク。
筋骨隆々の巨躯。血に飢えた獣のような目つき。歩くだけで、周囲の空気がざわつく。
ヴォルクが、死体兵の頭をコツコツと叩いた。
「あーあ、つまんねえ。どいつもこいつも、死人ばっかりだ」
斬っても手応えがない。斬られても悲鳴を上げない。ヴォルクにとって、死体兵の相手など、藁人形を斬るのと変わらなかった。
「触らないでいただけますか。調整済みの兵です」
慇懃な声が、背後から響く。
黒いローブの男が、帳面を片手に立っていた。
——屍術将、モルテス。
痩身。青白い顔。作り物のような笑み。
「彼らは文句も言わず、恐怖もせず、死んでも補充が利く。理想の兵士ですよ」
「そこがつまんねえっつってんだよ。俺は生きてる強えヤツと、斬り合いてえの」
命のやり取り。互いの技と気迫がぶつかり合う、あの瞬間。それだけが、この男を生かしている。
「野蛮ですねえ。ですから“剣鬼”などと呼ばれるのです」
「褒め言葉だろ、それは」
ヴォルクが、獰猛に笑う。
その時——拠点の奥から、轟音が響いた。
ドゴオオオン!!
巨大な影が、拘束の鎖を引きちぎって暴れている。
「……おやおや。試作三号機が、また暴走ですか」
巨大な合成死体兵の試作機が、咆哮を上げた。
ヴォルクが、ニイッと笑う。
「お——いいねえ」
◇
暴走する試作機。
周囲の死体兵を薙ぎ払い、踏み潰していく。
「セイラムの騎士どもを改造して作ったこの身体。奴らの闘気術も使えます」
モルテスが、他人事のように解説する。
ヴォルクが、大剣を担ぎ直して歩き出した。
「よーし、俺が遊んでやる——」
その横を、静かに通り過ぎる影があった。
「あ?」
黒い甲冑の男が、暴れる試作機へと、まっすぐ歩いていく。
一切の気負いも、殺気もない。ただ、散歩のような足取りで。
——ゾラ第一の剣、大将軍セリウス。
全身を覆う漆黒の甲冑。その隙間から覗く目は、凪いだ湖面のように静かだった。魔道大王に次ぐ、ゾラ最強の男。
試作機の巨腕が、セリウスめがけて振り下ろされる。
セリウスは、立ち止まらない。
避けもしない。構えもしない。ただ、歩き続ける。
——ギン。
音は、それだけだった。
試作機が、縦一文字に両断され、左右にずれ落ちる。
静まり返る、拠点。
(……再生しない。超濃縮された魔力による、斬撃……)
モルテスの背筋に、冷たいものが走る。
あの巨体を、一太刀。しかも、再生機構ごと破壊した。人間業ではない。
「コルヴァルに伝えろ。制御できん兵器は、兵器ではない」
セリウスが、静かに言う。
「ハハッ! やっぱあんたは最高だぜ、大将軍!」
ヴォルクが、歓喜する。
セリウスが、整列した全軍へ向き直った。
「——出るぞ。目標、セイラム南部・セレスティア砦。『創世竜の核』を奪取する」
その声は、決して大きくなかった。
だが、数百体の死体兵を統べる号令として、それは十分すぎるほどの威圧を持っていた。
◇
——場面は変わり、ゾラ・生体研究施設。
薄暗い廊下に、緑色の培養槽がずらりと並んでいる。
大導師エヴェリンドラが管轄する、生体研究施設。
ここでは捕虜を用いた「実験」が、日夜行われている。
培養槽の中に、ぼんやりと浮かぶ人影たち。
もはや人の形を保っていないものも、あった。獣の腕を継がれた者。頭部が複数ある者。かつては、どこかの国の兵士だったのだろう。今はもう、名前すら失っている。
その最奥。
白い部屋の椅子に、一人の少女が座っている。
——被検体番号N-7。通称「ノナ」。
人形のように整った顔立ち。だがその瞳には、光がない。喜びも、恐れも、何も映していない、ただの硝子玉のような目だった。
エヴェリンドラが、微笑みながら歩み寄った。
「ノナちゃん、お仕事よ」
「……任務内容を」
少女の声には、抑揚がなかった。
「大将軍の侵攻軍に同行。目標は——『創世竜の核』を持つ少女の、確保」
ノナが、音もなく立ち上がる。
「確保対象、確認。……実行します」
(アズラドール様から頂いた魔核を移植された、特別な魔導士。魔力量を上げるために、余計な感情は消し去ったけど……いい感じよね)
エヴェリンドラが、うっとりと少女を見つめる。
その時、研究員が駆け込んできた。
「エヴェリンドラ様! 例の照会の件、結果が出ました」
「ああ、ルーカちゃんに頼まれてた『ビアンカ』ね」
研究員が、一枚の記録票を差し出す。
その手が、微かに震えていた。
「それが……その……」
エヴェリンドラが記録票を受け取り、目を通す。
——その目が、すうっと細くなった。
「……あらあら」
彼女の口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「これは——ルーカちゃん、泣いて喜ぶかしら? それとも……ふふ」
記録票に記された、その内容。
それが何を意味するのか、この時、知る者は誰もいなかった。




