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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第四章 第七騎士団編
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大将軍の一太刀

 魔道国家ゾラ・南部進発拠点。


 荒野に、数百体の死体兵が、整然と並んでいた。

 大将軍セリウスの号令の下、南方侵攻軍の編成が進んでいる。


 その死体兵の列の間を、大剣を担いだ男が、だるそうに歩いていく。


 ——セリウス直属、「剣鬼」ヴォルク。

 筋骨隆々の巨躯。血に飢えた獣のような目つき。歩くだけで、周囲の空気がざわつく。


 ヴォルクが、死体兵の頭をコツコツと叩いた。


「あーあ、つまんねえ。どいつもこいつも、死人ばっかりだ」


 斬っても手応えがない。斬られても悲鳴を上げない。ヴォルクにとって、死体兵の相手など、藁人形を斬るのと変わらなかった。


「触らないでいただけますか。調整済みの兵です」


 慇懃な声が、背後から響く。


 黒いローブの男が、帳面を片手に立っていた。


 ——屍術将、モルテス。

 痩身。青白い顔。作り物のような笑み。


「彼らは文句も言わず、恐怖もせず、死んでも補充が利く。理想の兵士ですよ」


「そこがつまんねえっつってんだよ。俺は生きてる強えヤツと、斬り合いてえの」


 命のやり取り。互いの技と気迫がぶつかり合う、あの瞬間。それだけが、この男を生かしている。


「野蛮ですねえ。ですから“剣鬼”などと呼ばれるのです」


「褒め言葉だろ、それは」


 ヴォルクが、獰猛に笑う。


 その時——拠点の奥から、轟音が響いた。


 ドゴオオオン!!


 巨大な影が、拘束の鎖を引きちぎって暴れている。


「……おやおや。試作三号機が、また暴走ですか」


 巨大な合成死体兵の試作機が、咆哮を上げた。


 ヴォルクが、ニイッと笑う。


「お——いいねえ」



   ◇


 暴走する試作機。

 周囲の死体兵を薙ぎ払い、踏み潰していく。


「セイラムの騎士どもを改造して作ったこの身体。奴らの闘気術も使えます」


 モルテスが、他人事のように解説する。


 ヴォルクが、大剣を担ぎ直して歩き出した。


「よーし、俺が遊んでやる——」


 その横を、静かに通り過ぎる影があった。


「あ?」


 黒い甲冑の男が、暴れる試作機へと、まっすぐ歩いていく。

 一切の気負いも、殺気もない。ただ、散歩のような足取りで。


 ——ゾラ第一の剣、大将軍セリウス。

 全身を覆う漆黒の甲冑。その隙間から覗く目は、凪いだ湖面のように静かだった。魔道大王に次ぐ、ゾラ最強の男。


 試作機の巨腕が、セリウスめがけて振り下ろされる。


 セリウスは、立ち止まらない。

 避けもしない。構えもしない。ただ、歩き続ける。


 ——ギン。


 音は、それだけだった。


 試作機が、縦一文字に両断され、左右にずれ落ちる。


 静まり返る、拠点。


(……再生しない。超濃縮された魔力による、斬撃……)


 モルテスの背筋に、冷たいものが走る。

 あの巨体を、一太刀。しかも、再生機構ごと破壊した。人間業ではない。


「コルヴァルに伝えろ。制御できん兵器は、兵器ではない」


 セリウスが、静かに言う。


「ハハッ! やっぱあんたは最高だぜ、大将軍!」


 ヴォルクが、歓喜する。


 セリウスが、整列した全軍へ向き直った。


「——出るぞ。目標、セイラム南部・セレスティア砦。『創世竜の核』を奪取する」


 その声は、決して大きくなかった。

 だが、数百体の死体兵を統べる号令として、それは十分すぎるほどの威圧を持っていた。



   ◇


 ——場面は変わり、ゾラ・生体研究施設。


 薄暗い廊下に、緑色の培養槽がずらりと並んでいる。


 大導師エヴェリンドラが管轄する、生体研究施設。

 ここでは捕虜を用いた「実験」が、日夜行われている。


 培養槽の中に、ぼんやりと浮かぶ人影たち。

 もはや人の形を保っていないものも、あった。獣の腕を継がれた者。頭部が複数ある者。かつては、どこかの国の兵士だったのだろう。今はもう、名前すら失っている。


 その最奥。

 白い部屋の椅子に、一人の少女が座っている。


 ——被検体番号N-7。通称「ノナ」。

 人形のように整った顔立ち。だがその瞳には、光がない。喜びも、恐れも、何も映していない、ただの硝子玉のような目だった。


 エヴェリンドラが、微笑みながら歩み寄った。


「ノナちゃん、お仕事よ」


「……任務内容を」


 少女の声には、抑揚がなかった。


「大将軍の侵攻軍に同行。目標は——『創世竜の核』を持つ少女の、確保」


 ノナが、音もなく立ち上がる。


「確保対象、確認。……実行します」


(アズラドール様から頂いた魔核を移植された、特別な魔導士。魔力量を上げるために、余計な感情は消し去ったけど……いい感じよね)


 エヴェリンドラが、うっとりと少女を見つめる。


 その時、研究員が駆け込んできた。


「エヴェリンドラ様! 例の照会の件、結果が出ました」


「ああ、ルーカちゃんに頼まれてた『ビアンカ』ね」


 研究員が、一枚の記録票を差し出す。

 その手が、微かに震えていた。


「それが……その……」


 エヴェリンドラが記録票を受け取り、目を通す。


 ——その目が、すうっと細くなった。


「……あらあら」


 彼女の口元が、ゆっくりと吊り上がる。


「これは——ルーカちゃん、泣いて喜ぶかしら? それとも……ふふ」


 記録票に記された、その内容。

 それが何を意味するのか、この時、知る者は誰もいなかった。

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