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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第四章 第七騎士団編
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嵐の前


 数日後。

 砦の訓練場、朝。

 朝日が、石畳を白く照らしている。


 木剣を構える、ラズとリーザス。


「約束通り、稽古つけてもらうぜ。……竜爪剣を、俺にも教えろ」


「お前も竜騎士志望ってことか」


「そりゃそうだ。騎士になった以上、目指さねえやつはいねえ」


 ラズが、木剣を握り直す。


「ってあんたも、一応竜騎士だもんな」


「一応、ってのはいらねえな」


 言うが早いか、リーザスが木剣を振った。


 ガッ。

 ラズが、慌てて受ける。


「お前は飛竜剣を使える。ならば、可能性はある」


 ラズの攻撃を捌きながら、リーザスは続けた。


「まあ、俺が出来たのは、三十をとっくに超えてからだけどな」


「……そんなに待てねえよ」


 ラズの声が、真剣になる。


「……俺は、カーラカレットさんが目標なんだ。早く辿り着きてえ」


 その言葉には、若者らしい焦りがあった。


「それでいい。諦めなければ、夢は叶う」


 リーザスは、静かに言う。


「俺は、十八年間諦めなかった」


 それは、慰めではなかった。

 誰よりも遠回りをした男の、実感のこもった言葉だった。何度落ちても、何度笑われても、剣を置かなかった。だから、今ここにいる。


「だから、そんなに待てねえっつーの!」


 ラズが、木剣を振り下ろす。

 その若さが、リーザスには少し眩しかった。


 見物に来ていたシエルが、柵に頬杖をついた。


「ふーん……おじさん、教えるのうまいじゃん」


「おうシエル、見学料は銀貨一枚だぜ」


「あら、トカゲちゃん」


「トカゲじゃねーよ。俺は金剛竜・カスティリオ・モルガナイトだっつーの」


 シエルの動きが、ぴたりと止まった。


(モルガナイト……聞いたことあるような……)


 その和やかな空気の上を——一羽の伝令鳥が、南から横切っていった。

 誰も、それに気づかない。平穏が終わる合図が、すでに空を渡っていたことに。



   ◇


 昼。リーザスの自室。


 届いた手紙の封を切る。


 差出人の名は、ない。

 だが、その簡潔すぎる筆跡でわかる。


(ゼファルド……!)


 手紙には、こう記されていた。


『例の件、記録は存在する。ただし閲覧は大元帥府級の最高機密。時間をくれ』


「……生きてるとも、死んでるとも、書いてねえ」


 リーザスは、手紙を握りしめた。

 記録は、存在する。それだけでも、大きな前進だ。ビアンカという名が、ゾラに関わる書類のどこかに、確かに残っている。

 だが、その中身は闇の中。生きているのか。死んでいるのか。あるいは——それ以上に、恐ろしい何かなのか。


 南の空を、見つめる。


(ビアンカ。……もう少しだけ、待っててくれ)


 ——一方、団長室。


 地図を挟んで立つ、コーネリアとシルヴィア。


「大元帥府から届いた対毒装具『竜面』——全竜への装着訓練、完了しました」


「グレートロックマウンテンの借りだ。同じ毒は、二度と食わないよ」


 コーネリアの目が、鋭く光る。


「それと……国境の監視哨が、三つ沈黙しました。来ますね」


「ああ。狙いも分かってる」


(メルナ。リオンはあの子を“餌”に使う気だ。……狙いは、大物ね)


 コーネリアの胸中は、複雑だった。

 守るべき部下を、囮として差し出す。それが、上からの命令だった。

 だが、それを部下に悟らせるわけにはいかない。団長とは、そういうものだ。


「コー。なんだか嬉しそうね」


 シルヴィアが、訝しげに言う。


「……こっちは戦力が増えたんだ。次の戦いが楽しみなだけよ」


 夕方。

 厩舎で、マルコとルナに餌をやるメルナとエミリア。

 言葉は少ない。だが、その並んだ横顔には、確かな親しみがあった。同い年の友。メルナが初めて手に入れた、当たり前の関係。

 ささやかな、日常。


 その時——南門の方から、悲鳴のようなざわめきが起こった。



   ◇


 砦の南門。


 ボロボロのグランスが、倒れ込むように駆け込んでくる。


 鞍の上の斥候騎士は、矢を三本受けたまま、気を失いかけていた。


「すぐに治癒を!」


 ソランジュが叫び、騎士たちが駆け寄る。


「……ほう……こく……」


 斥候が、掠れた声を絞り出す。


「敵……ゾラの大軍……死体兵と、魔道兵……数千……!」


 ざわ、と砦が凍りついた。


「死体兵の海の中に……黒い、馬車……そして……」


 斥候の目が、恐怖に見開かれる。


「大将軍セリウスの……軍旗が……!」


 その名に、砦中の騎士が息を呑んだ。

 ゾラ第一の剣。魔道大王に次ぐ最強の男。その男が、自ら軍を率いて来る。


 報告を受けるコーネリア。

 その片目が、すっと細くなった。


「……セリウス。第一の剣か。大物にも程があるな」


 リーザスの胸が、ドクンと鳴る。


(数千の軍勢。……この前の戦いとは、規模が違う)


 隣で、メルナがリーザスの袖をそっと掴んだ。

 その指先が、わずかに震えている。この少女もまた、恐れているのだ。


「……大丈夫だ。俺がいる」


 リーザスは、その手に自分の手を重ねる。

 怖いのは、自分も同じだ。だが、この子の前でだけは、震えるわけにいかない。


 コーネリアが、城壁の上に立ち、全軍を見下ろした。


「第七騎士団、全軍——戦闘配置ッ!!」


 夕焼けの向こう、地平線が黒く染まり始めていた。

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