空の砦と実力主義
第87話 空の砦と実力主義
◇
巨大な城塞・セレスティア砦の南門。
重い扉が開き、リーザスとメルナ、二頭のグランスが、内部に足を踏み入れた。
ドドドドドッ!!
入った瞬間、凄まじい熱気と爆音が、リーザスを襲う。
広大な訓練場。
上空では幾騎もの飛竜が模擬戦を行い、地上では騎士たちが凄まじい闘気をぶつけ合っていた。
(……すげえ熱量だ。これが対ゾラ最前線、空のエリート部隊)
リーザスは、圧倒された。
軍事大学校の訓練とは、密度が違う。ここにいる誰もが、実戦を生き抜いてきた歴戦の猛者なのだ。
その時、頭上に巨大な影が落ちた。
三騎の飛竜——真紅、銀、水色が、地響きを立てて着陸する。
第七騎士団・主力空挺隊。
団長直下の最精鋭にして、南部戦線の空を支配する竜騎士たちである。
水色の飛竜から、身軽な少年が飛び降りた。
まだ十代半ばだろう。細身で敏捷そうな体つきに、悪戯っぽい笑み。
——空挺隊最年少、「氷刃」のシエル。
「うわっ、ほんとに来たよ! 十八年落ち続けたっていう、噂のおじさん!」
シエルが、遠慮なく声を上げる。
「しかも何そのグランス? 片耳ないし、傷だらけじゃん。うちの砦に粗大ゴミ置き場は——」
ゴッ。
背後から伸びた手が、シエルの頭を鷲掴みにした。
「いだだだだ!」
真紅の飛竜の前に立つ、長身の男。
鋭い眼光と、微塵の隙もない立ち姿。全身から、静かな威圧感が漂っている。
——主力空挺隊隊長、「紅蓮」のフェルナン。
「よせ。弱者を嘲るのは、貴様自身が弱い証拠だ」
その声は、冷たく、しかし筋が通っていた。
シエルが、しゅんと縮こまる。
フェルナンが、リーザスの正面に立った。
冷たい、だが——まっすぐな目だった。
「リーザス・モートン。噂は聞いている」
「……」
「十八年の不合格は事実。竜騎士試験を突破したのも事実。俺は、事実しか信じない」
その言葉には、私情も、侮蔑もなかった。
ただ、事実だけを積み上げる男。
「だが——戦場での実績はゼロだ。ゼロは、何を掛けてもゼロ」
フェルナンの目が、鋭く光る。
「戦果を挙げてみせろ。そうすれば俺は、貴様を騎士と呼ぶ」
リーザスは、その目をまっすぐ受け止めた。
(なるほど。実力主義者ってことか)
嫌味でも、いじめでもない。
実績を出せば認める。出せなければ、認めない。ただ、それだけ。ある意味で、これほど公平な物差しもなかった。
◇
その横を、銀の飛竜から降りた女が、無言で通り過ぎる。
——「銀閃」のアイリス。
感情の読めない、涼やかな横顔。口数は、極端に少ない。
アイリスは、リーザスを一瞥し——ぽつりと呟いた。
「…………三十八」
「……?」
「で、出たー! アイリスさんの採点!!」
シエルが、大げさに叫ぶ。
周囲の騎士たちが、どよめいた。
「初見で二桁だと!?」
「マジかよ、あのおっさん……」
ざわめきが、広がっていく。
「アイリスさん、初見の相手を採点するんだよ」
シエルが、頭を押さえながら説明する。
「ちなみにオレ、最初『十二』だった……ぐすっ」
(何の数字だ、それは……)
リーザスは、内心で首を傾げた。
どうやら、この銀髪の女の採点は、この砦では一種の権威らしい。
「おい女! 俺様の点数は!?」
カモが、肩の上から叫ぶ。
アイリスは、振り向きもしない。
「無視かよ!」
その時。
「がはははは! 相変わらず賑やかだなあ、うちの空挺隊は!」
豪快な笑い声とともに、黄金の飛竜から、大柄な男が飛び降りてきた。
見上げるほどの巨漢。岩を思わせる筋肉に、人懐っこい笑顔。
——特務遊撃班隊長、「雷迅」のカーラカレット。
「フン。貴様の班の新入りだ。しっかり躾ろ」
フェルナンたちが、去っていく。
カーラカレットが、ドスドスと足音を鳴らして、リーザスの目の前まで歩み寄った。
巨漢が、リーザスを見下ろす。
「お前がリーザスか。俺が隊長のカーラカレットだ」
「……よろしく頼む」
「ああ! よろしくな、おっさん!」
満面の笑みを浮かべた、その瞬間。
カーラカレットの右腕が、唐突に膨れ上がった。
凄まじい「闘気」を纏った大振りの右ストレートが、一切の予備動作なしで——リーザスの顔面に放たれる。
◇
「!!」
メルナが、息を呑む。
ドゴォォォォンッ!!
風圧で周囲の砂埃が吹き飛び、メルナが思わず目を瞑る。
訓練場の騎士たちが、何事かと振り返った。
砂埃が、晴れる。
カーラカレットの巨大な拳は——リーザスの顔面、数センチのところで、ピタリと止まっていた。
リーザスが、無表情のまま、その拳を「片手」でガッチリと受け止めていたのだ。
その手には、分厚く、そして極めて静かな闘気が、練り込まれている。
周囲の騎士たちが、息を呑んだ。
(ウソだろ……!? カーラカレット隊長の闘気の一撃を、片手で!?)
カーラカレットの、気さくな笑顔が消える。
獰猛な肉食獣のような瞳で、至近距離からリーザスを見据えた。
「……へえ。まばたき一つ、しねえのか」
リーザスは、目を逸らさない。
「……手荒な挨拶だな、隊長」
ギリッ……と、拳と掌が軋む音。
数秒の、沈黙。
「——がはははは!! 合格だ! 噂通りの『ノミの心臓』じゃねえみたいだな!」
カーラカレットが拳を引き、快活に笑った。
あがり症で、本番に弱い男。それが、リーザスのはずだった。
だが今、エリートたちの注視という極限の「本番」の中で、彼は微塵も動じなかった。守るべきメルナがいて、相棒のカモがいる。その事実が、リーザスを変えていた。
その時。
遠くの通路で、立ち止まったアイリスが、肩越しに一瞥した。
「…………六十一」
ぽつりと、それだけ。
「上がった!?」
シエルが、素っ頓狂な声を上げる。
「初日で採点上がったの、初めて見た!!」
空のエリートたちがひしめく城塞で。
地べたを這う万年雑兵は、確かな「一歩」を刻みつけていた。




