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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第四章 第七騎士団編
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空の砦と実力主義

第87話 空の砦と実力主義



   ◇


 巨大な城塞・セレスティア砦の南門。

 重い扉が開き、リーザスとメルナ、二頭のグランスが、内部に足を踏み入れた。


 ドドドドドッ!!

 入った瞬間、凄まじい熱気と爆音が、リーザスを襲う。


 広大な訓練場。

 上空では幾騎もの飛竜が模擬戦を行い、地上では騎士たちが凄まじい闘気をぶつけ合っていた。


(……すげえ熱量だ。これが対ゾラ最前線、空のエリート部隊)


 リーザスは、圧倒された。

 軍事大学校の訓練とは、密度が違う。ここにいる誰もが、実戦を生き抜いてきた歴戦の猛者なのだ。


 その時、頭上に巨大な影が落ちた。

 三騎の飛竜——真紅、銀、水色が、地響きを立てて着陸する。


 第七騎士団・主力空挺隊。

 団長直下の最精鋭にして、南部戦線の空を支配する竜騎士たちである。


 水色の飛竜から、身軽な少年が飛び降りた。

 まだ十代半ばだろう。細身で敏捷そうな体つきに、悪戯っぽい笑み。


 ——空挺隊最年少、「氷刃」のシエル。


「うわっ、ほんとに来たよ! 十八年落ち続けたっていう、噂のおじさん!」


 シエルが、遠慮なく声を上げる。


「しかも何そのグランス? 片耳ないし、傷だらけじゃん。うちの砦に粗大ゴミ置き場は——」


 ゴッ。


 背後から伸びた手が、シエルの頭を鷲掴みにした。


「いだだだだ!」


 真紅の飛竜の前に立つ、長身の男。

 鋭い眼光と、微塵の隙もない立ち姿。全身から、静かな威圧感が漂っている。


 ——主力空挺隊隊長、「紅蓮」のフェルナン。


「よせ。弱者を嘲るのは、貴様自身が弱い証拠だ」


 その声は、冷たく、しかし筋が通っていた。

 シエルが、しゅんと縮こまる。


 フェルナンが、リーザスの正面に立った。

 冷たい、だが——まっすぐな目だった。


「リーザス・モートン。噂は聞いている」


「……」


「十八年の不合格は事実。竜騎士試験を突破したのも事実。俺は、事実しか信じない」


 その言葉には、私情も、侮蔑もなかった。

 ただ、事実だけを積み上げる男。


「だが——戦場での実績はゼロだ。ゼロは、何を掛けてもゼロ」


 フェルナンの目が、鋭く光る。


「戦果を挙げてみせろ。そうすれば俺は、貴様を騎士と呼ぶ」


 リーザスは、その目をまっすぐ受け止めた。


(なるほど。実力主義者ってことか)


 嫌味でも、いじめでもない。

 実績を出せば認める。出せなければ、認めない。ただ、それだけ。ある意味で、これほど公平な物差しもなかった。



   ◇


 その横を、銀の飛竜から降りた女が、無言で通り過ぎる。


 ——「銀閃」のアイリス。

 感情の読めない、涼やかな横顔。口数は、極端に少ない。


 アイリスは、リーザスを一瞥し——ぽつりと呟いた。


「…………三十八」


「……?」


「で、出たー! アイリスさんの採点!!」


 シエルが、大げさに叫ぶ。

 周囲の騎士たちが、どよめいた。


「初見で二桁だと!?」

「マジかよ、あのおっさん……」


 ざわめきが、広がっていく。


「アイリスさん、初見の相手を採点するんだよ」


 シエルが、頭を押さえながら説明する。


「ちなみにオレ、最初『十二』だった……ぐすっ」


(何の数字だ、それは……)


 リーザスは、内心で首を傾げた。

 どうやら、この銀髪の女の採点は、この砦では一種の権威らしい。


「おい女! 俺様の点数は!?」


 カモが、肩の上から叫ぶ。

 アイリスは、振り向きもしない。


「無視かよ!」


 その時。


「がはははは! 相変わらず賑やかだなあ、うちの空挺隊は!」


 豪快な笑い声とともに、黄金の飛竜から、大柄な男が飛び降りてきた。

 見上げるほどの巨漢。岩を思わせる筋肉に、人懐っこい笑顔。


 ——特務遊撃班隊長、「雷迅」のカーラカレット。


「フン。貴様の班の新入りだ。しっかり躾ろ」


 フェルナンたちが、去っていく。


 カーラカレットが、ドスドスと足音を鳴らして、リーザスの目の前まで歩み寄った。

 巨漢が、リーザスを見下ろす。


「お前がリーザスか。俺が隊長のカーラカレットだ」


「……よろしく頼む」


「ああ! よろしくな、おっさん!」


 満面の笑みを浮かべた、その瞬間。

 カーラカレットの右腕が、唐突に膨れ上がった。


 凄まじい「闘気」を纏った大振りの右ストレートが、一切の予備動作なしで——リーザスの顔面に放たれる。



   ◇


「!!」


 メルナが、息を呑む。


 ドゴォォォォンッ!!

 風圧で周囲の砂埃が吹き飛び、メルナが思わず目を瞑る。


 訓練場の騎士たちが、何事かと振り返った。


 砂埃が、晴れる。


 カーラカレットの巨大な拳は——リーザスの顔面、数センチのところで、ピタリと止まっていた。


 リーザスが、無表情のまま、その拳を「片手」でガッチリと受け止めていたのだ。

 その手には、分厚く、そして極めて静かな闘気が、練り込まれている。


 周囲の騎士たちが、息を呑んだ。


(ウソだろ……!? カーラカレット隊長の闘気の一撃を、片手で!?)


 カーラカレットの、気さくな笑顔が消える。

 獰猛な肉食獣のような瞳で、至近距離からリーザスを見据えた。


「……へえ。まばたき一つ、しねえのか」


 リーザスは、目を逸らさない。


「……手荒な挨拶だな、隊長」


 ギリッ……と、拳と掌が軋む音。

 数秒の、沈黙。


「——がはははは!! 合格だ! 噂通りの『ノミの心臓』じゃねえみたいだな!」


 カーラカレットが拳を引き、快活に笑った。


 あがり症で、本番に弱い男。それが、リーザスのはずだった。

 だが今、エリートたちの注視という極限の「本番」の中で、彼は微塵も動じなかった。守るべきメルナがいて、相棒のカモがいる。その事実が、リーザスを変えていた。


 その時。

 遠くの通路で、立ち止まったアイリスが、肩越しに一瞥した。


「…………六十一」


 ぽつりと、それだけ。


「上がった!?」


 シエルが、素っ頓狂な声を上げる。


「初日で採点上がったの、初めて見た!!」


 空のエリートたちがひしめく城塞で。

 地べたを這う万年雑兵は、確かな「一歩」を刻みつけていた。

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