南へ、そして空の影
軍事大学校・正門。朝。
リーザスとメルナが、出発の準備を終え、並んで立っていた。
リーザスの傍らには、荷物を背負った歴戦の騎獣・マルコ。
長年連れ添った相棒で、たてがみには白いものが混じり、その瞳には落ち着いた知性が宿っている。
そしてメルナの傍らには、軍から支給されたばかりの、小柄で大人しい白毛のグランス・ルナ。まだ若く、おどおどと周囲を窺っている。
竜騎士であっても、長距離の移動には、体力温存のため騎獣を用いるのが軍の常識である。
マルコの頭の上で、カモが偉そうに腕を組んでいた。
「おい新入り。揺らすなよ。俺様はリーザスを最強の竜騎士に導く——」
ブルルロッ。
マルコが鬱陶しそうに頭を振り、カモがポーンと放り出される。
「ぎゃっ! て、てめえこの老いぼれ!」
カモが噛みつこうとするが、マルコは無視して、ルナに優しく鼻先をすり寄せた。
先輩風を吹かせている。
「……マルコ、いい子です」
メルナが撫でると、マルコの喉がゴロゴロと鳴った。
ルナも、安心したように小さく鳴く。
「くそっ! 俺とどっちが相棒か、分からせてやる!」
カモが息巻く。
「やめとけ。実戦経験ならマルコの方が上だぞ」
リーザスは、カモを拾い上げながら言った。
そして、校舎を見つめる。
万年雑兵として通い続けた、思い出の場所。喜びも、屈辱も、すべてがここにあった。
「……行くか、南へ」
二頭のグランスが、並んで地を蹴る。
目指すは王都南方——対ゾラ最前線、セレスティア砦。
荒野を進む一行。
(クレオ、アブラナ、ゼファルド……みんな、それぞれの戦場へ行った)
仲間たちの顔が、脳裏をよぎる。
(俺の配属先、第七騎士団は『空のエリート部隊』らしいが……)
リーザスは、のんびりと歩く二頭のグランスと、肩で居眠りを始めたカモを見た。
(……まあ、地道に行くしかねえな)
飛べない竜と、年老いた騎獣と、まだ幼い少女。
空のエリートとは、およそ程遠い顔ぶれ。それでも、リーザスの足取りは、不思議と軽かった。
◇
夕暮れの荒野。
岩陰の、小さな野営地。
パチパチと爆ぜる焚き火。
メルナが、鞄から取り出した干し肉と香草でスープを作っている。手際が、良い。
「……お前、料理できるのか」
「研究所で、栄養学のデータはインプットされています。味は保証しませんが」
カモが、鍋を覗き込む。
「おっ、いい匂いじゃねえか! 俺様から食ってやる——」
横からマルコの首が伸びてきて、鼻先でカモをどかした。
「ぐえっ!」
リーザスは、その光景に笑う。
だが、ふと、メルナの表情が暗いことに気づいた。
火を見つめる、メルナ。
「……ママ。私、怖いんです」
「どうした?」
リーザスが、優しく問う。
「卒業試験の時……ルーカの毒の中で魔法を使った時、私の中に『私じゃない何か』が溢れそうになりました」
メルナが、自分の両手を見つめる。
「もし私が、力を制御できずに化け物になってしまったら……ママまで傷つけてしまうかもしれない」
その声は、震えていた。
創世竜の核。世界の理を超えた力。それは、メルナにとって誇りではなく、ただ恐怖でしかなかった。
リーザスは、しばらく黙って火を見ていた。
やがて、自分の胸元——服の下にあるホロウに手を当てる。
「大丈夫だ。お前は化け物になんかならねえ」
「……」
「もしお前の魔力が溢れそうになったら、俺の『これ』が全部吸い取ってやる」
「ママの……竜の化石が?」
「ああ。だからお前は、安心して俺の隣にいろ」
リーザスが、ポンとメルナの頭を撫でる。
メルナの目に、微かに光が戻った。
◇
数日後——。丘の上。
マルコとルナが、立ち止まる。
リーザスとメルナが、その背から南を見た。
地平線の彼方に、巨大な石造りの城塞『セレスティア砦』が屹立している。
南の空には、わずかに赤黒い雲がたなびいていた。ゾラの瘴気が、この地まで及んでいるのだ。
「……あれが、俺たちの新しい戦場か」
その時。
ゴォォォォォンッ!!
空気を切り裂く轟音が、頭上から降ってきた。
「!?」
上空を見上げると、雲を突き抜けて「三騎の飛竜」が、凄まじいスピードで飛翔していく。
真紅の竜、銀の竜、水色の竜。
それぞれが圧倒的な闘気と魔力を纏い、まるで空を支配しているかのように飛んでいた。
「……なんつー速さだ」
カモが、唸る。
「普通、長距離はグランスで体力温存するもんだろ。あいつら、ただの竜騎士じゃねえぞ!」
飛竜たちは、一瞬にしてセレスティア砦の方角へと飛び去っていった。
圧倒的な「空の力」と「規格外のスタミナ」を見せつけられ、リーザスは言葉を失う。
あれが、第七騎士団。自分がこれから身を置く、エリートたちの世界。長距離移動で体力を温存する自分たちとは、まるで次元が違う。飛べない竜を相棒に持つ自分が、あの中でやっていけるのか——一抹の不安が、胸をよぎった。
マルコが、悔しそうに「ブルルッ」と鼻を鳴らし、前足を地面に擦り付けた。
飛べない者同士。マルコもまた、空を征く飛竜たちに、思うところがあるのだろう。
「……気にするな、マルコ。俺たちは俺たちの戦い方をするだけだ」
リーザスが、マルコの首筋をポンと叩く。
空を征くエリートたちが待つ城塞へ。
地べたを這う、新米特務部隊が、ゆっくりと足を踏み出そうとしていた。




