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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第四章 第七騎士団編
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南へ、そして空の影


 軍事大学校・正門。朝。


 リーザスとメルナが、出発の準備を終え、並んで立っていた。


 リーザスの傍らには、荷物を背負った歴戦の騎獣・マルコ。

 長年連れ添った相棒で、たてがみには白いものが混じり、その瞳には落ち着いた知性が宿っている。

 そしてメルナの傍らには、軍から支給されたばかりの、小柄で大人しい白毛のグランス・ルナ。まだ若く、おどおどと周囲を窺っている。


 竜騎士であっても、長距離の移動には、体力温存のため騎獣を用いるのが軍の常識である。


 マルコの頭の上で、カモが偉そうに腕を組んでいた。


「おい新入り。揺らすなよ。俺様はリーザスを最強の竜騎士に導く——」


 ブルルロッ。


 マルコが鬱陶しそうに頭を振り、カモがポーンと放り出される。


「ぎゃっ! て、てめえこの老いぼれ!」


 カモが噛みつこうとするが、マルコは無視して、ルナに優しく鼻先をすり寄せた。

 先輩風を吹かせている。


「……マルコ、いい子です」


 メルナが撫でると、マルコの喉がゴロゴロと鳴った。

 ルナも、安心したように小さく鳴く。


「くそっ! 俺とどっちが相棒か、分からせてやる!」


 カモが息巻く。


「やめとけ。実戦経験ならマルコの方が上だぞ」


 リーザスは、カモを拾い上げながら言った。


 そして、校舎を見つめる。

 万年雑兵として通い続けた、思い出の場所。喜びも、屈辱も、すべてがここにあった。


「……行くか、南へ」


 二頭のグランスが、並んで地を蹴る。


 目指すは王都南方——対ゾラ最前線、セレスティア砦。


 荒野を進む一行。


(クレオ、アブラナ、ゼファルド……みんな、それぞれの戦場へ行った)


 仲間たちの顔が、脳裏をよぎる。


(俺の配属先、第七騎士団は『空のエリート部隊』らしいが……)


 リーザスは、のんびりと歩く二頭のグランスと、肩で居眠りを始めたカモを見た。


(……まあ、地道に行くしかねえな)


 飛べない竜と、年老いた騎獣と、まだ幼い少女。

 空のエリートとは、およそ程遠い顔ぶれ。それでも、リーザスの足取りは、不思議と軽かった。



   ◇


 夕暮れの荒野。

 岩陰の、小さな野営地。


 パチパチと爆ぜる焚き火。

 メルナが、鞄から取り出した干し肉と香草でスープを作っている。手際が、良い。


「……お前、料理できるのか」


「研究所で、栄養学のデータはインプットされています。味は保証しませんが」


 カモが、鍋を覗き込む。


「おっ、いい匂いじゃねえか! 俺様から食ってやる——」


 横からマルコの首が伸びてきて、鼻先でカモをどかした。


「ぐえっ!」


 リーザスは、その光景に笑う。

 だが、ふと、メルナの表情が暗いことに気づいた。


 火を見つめる、メルナ。


「……ママ。私、怖いんです」


「どうした?」


 リーザスが、優しく問う。


「卒業試験の時……ルーカの毒の中で魔法を使った時、私の中に『私じゃない何か』が溢れそうになりました」


 メルナが、自分の両手を見つめる。


「もし私が、力を制御できずに化け物になってしまったら……ママまで傷つけてしまうかもしれない」


 その声は、震えていた。

 創世竜の核。世界の理を超えた力。それは、メルナにとって誇りではなく、ただ恐怖でしかなかった。


 リーザスは、しばらく黙って火を見ていた。

 やがて、自分の胸元——服の下にあるホロウに手を当てる。


「大丈夫だ。お前は化け物になんかならねえ」


「……」


「もしお前の魔力が溢れそうになったら、俺の『これ』が全部吸い取ってやる」


「ママの……竜の化石が?」


「ああ。だからお前は、安心して俺の隣にいろ」


 リーザスが、ポンとメルナの頭を撫でる。

 メルナの目に、微かに光が戻った。



   ◇


 数日後——。丘の上。


 マルコとルナが、立ち止まる。

 リーザスとメルナが、その背から南を見た。


 地平線の彼方に、巨大な石造りの城塞『セレスティア砦』が屹立している。

 南の空には、わずかに赤黒い雲がたなびいていた。ゾラの瘴気が、この地まで及んでいるのだ。


「……あれが、俺たちの新しい戦場か」


 その時。

 ゴォォォォォンッ!!


 空気を切り裂く轟音が、頭上から降ってきた。


「!?」


 上空を見上げると、雲を突き抜けて「三騎の飛竜」が、凄まじいスピードで飛翔していく。


 真紅の竜、銀の竜、水色の竜。

 それぞれが圧倒的な闘気と魔力を纏い、まるで空を支配しているかのように飛んでいた。


「……なんつー速さだ」


 カモが、唸る。


「普通、長距離はグランスで体力温存するもんだろ。あいつら、ただの竜騎士じゃねえぞ!」


 飛竜たちは、一瞬にしてセレスティア砦の方角へと飛び去っていった。


 圧倒的な「空の力」と「規格外のスタミナ」を見せつけられ、リーザスは言葉を失う。

 あれが、第七騎士団。自分がこれから身を置く、エリートたちの世界。長距離移動で体力を温存する自分たちとは、まるで次元が違う。飛べない竜を相棒に持つ自分が、あの中でやっていけるのか——一抹の不安が、胸をよぎった。


 マルコが、悔しそうに「ブルルッ」と鼻を鳴らし、前足を地面に擦り付けた。

 飛べない者同士。マルコもまた、空を征く飛竜たちに、思うところがあるのだろう。


「……気にするな、マルコ。俺たちは俺たちの戦い方をするだけだ」


 リーザスが、マルコの首筋をポンと叩く。


 空を征くエリートたちが待つ城塞へ。

 地べたを這う、新米特務部隊が、ゆっくりと足を踏み出そうとしていた。

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