表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
PR
92/110

【外伝】クレオと、名もなき竜

――クレオ視点――

――卒業式のあと、第四騎士団へ発つ前の夜――


 俺は、顔がいい。


 これは自惚れじゃない。事実だ。

 鏡を見りゃわかる。鼻筋は通ってるし、目つきも悪くない。鬣みてえな髪も、自分じゃ気に入ってる。


 ……ただ一つ、顎が割れてる。


 ダミアンのクソ教官は、それをネタに俺を「アゴ」だの「アゴワレ」だのと呼びやがった。

 最初は腹が立った。だが、途中で気づいた。


 あいつは、俺を見てる。

 見てるから、いじる。


 俺は、見られる男でいたい。


 ……だから、目立つ場所にしか、立ちたくなかった。



   ◇



 だから、あのおっさんが来たとき、正直、目障りだった。


 三十五。十八年落ち続けた男。

 なのに、竜騎士志望だと言う。


 ふざけんな、と思った。


 竜の数は、限られてる。

 枠は少ない。俺は第八騎士団の内定を取って、ここまで来た。譲る気なんてない。


 だから、走りながら言ってやった。


 夜中に急に走ると、中年には心臓に負担がかかるんじゃないのか、って。


 あんたみたいなおっさんには、辞退してもらいたい、って。


 ……我ながら、みっともねえ。


 あれは要するに、怖かったんだ。

 枠を、取られるのが。



   ◇



 格技で、負けた。


 完敗だった。


 俺の裂爪旋風拳は捌かれた。極穿螺旋掌は、岩をも貫くはずの俺の切り札は、あのおっさんの胸板で止まった。


 そんで、名前も知らねえ技を食らって、意識が飛んだ。


 目を覚ましたら、あのおっさんが立ってた。


 俺を、見下ろして。


 ……ああ、終わったな、と思った。


 どうせ「おっさんに負けた気分はどうだ」とでも言われるんだろう。


 なのに、あの人は、手を差し出して、こう言った。


 「俺の名前はリーザスだ」


 ……それだけだ。


 勝ち誇りもしねえ。俺を笑いもしねえ。


 俺が「おっさん」と呼び続けたことを、たった一言で、返してきた。


 俺は、その手を取った。


 悔しかったけど。

 ……ちょっとだけ、かっこいいと思っちまった。



   ◇



 竜騎士試験の日。


 声が、聞こえた。


 頭の中に、まっすぐ響いた。


 『こっちだ』


 俺は、走った。


 仲間なんて、目に入らなかった。

 あの時の俺は、たぶん、生まれて初めて、本気で嬉しかった。


 選ばれた。

 この俺が、竜に、選ばれた。


 洞窟の奥。


 そこにいたのは——きれいな竜だった。


 翠色の鱗。長い鬣。


 俺と、ちょっと似てた。


 俺は、笑った。


 なるほど。趣味がいい。

 こいつは、俺を選ぶだけの目を持ってる。


 俺は、手を伸ばした。



   ◇



 竜が、言った。


 『我が名は——』


 そこまでだった。


 急に、その体が、ぐらついた。


 俺は、意味がわからなかった。


 鱗の色が、抜けていく。

 瞳の光が、濁っていく。


 息が、荒くなる。


 俺は、叫んだ。おい、どうした、と。


 竜は、答えなかった。


 ただ、俺を見て——最後まで、俺を見て。


 崩れ落ちた。


 名前を、言い終わる前に。



   ◇



 俺は、あの場に、どれくらいいたのか、覚えてねえ。


 冷たくなっていく巨体に、手を当てて。

 何度も、名前を呼ぼうとして。


 ……呼べなかった。


 知らねえんだ。


 俺は、俺の相棒になるはずだった竜の、名前すら、知らねえ。


 外傷は、一つもなかった。


 あとで知った。

 毒だ。ルーカが撒いた、竜を殺す毒。


 俺の竜は、俺に名乗ってる最中に、内側から蝕まれて死んだ。



   ◇



 屍の山に、埋もれていた。


 起き上がる気力もなかった。


 俺は、竜騎士になれなかった。

 選ばれたはずなのに、契約できなかった。


 こんな半端な男が、生きてる意味なんてあるか。


 そう思ってたところに、声が聞こえた。


 あのおっさんの声だ。


 ……あいつが、殺されかけてた。


 気がついたら、俺は立ってた。


 骨の刃を、素手で弾いてた。


 「勝手に殺してんじゃねえぞ、クソ野郎」


 自分でも驚くくらい、腹の底から声が出た。



   ◇



 ルーカが、笑いながら言った。


 「未契約という挫折が、皮肉にも貴方を救ったわけですか」


 毒は、竜と、その契約者にしか効かない。


 俺は、契約できなかった。


 だから、動けた。


 ……その意味に気づいた時、俺は、膝から崩れそうになった。


 あいつが。


 俺の名もなき竜が。


 名前を言い終わっていたら。


 俺も、あの毒で、死んでた。


 あいつは、名乗れなかったんじゃない。


 ——名乗らなかったんだ。


 いや、そんなわけねえ。ただの偶然だ。

 わかってる。わかってるけど。


 俺は、そう思うことにした。


 でなきゃ、あの死に、意味がなさすぎる。



   ◇



 だから、俺は戦った。


 ボロボロになりながら、あの化け物を殴り続けた。

 全視の目とやらは、一度に一人しか追えねえ。それを見抜いて、隙をついた。


 寝技も使った。

 おっさんに負けてから、死ぬほど練習した技だ。


 ……効かなかった。


 結局、あいつを倒したのは、おっさんとメルナだった。


 俺は、また、届かなかった。


 いつも、そうだ。


 格技でも、竜でも、あの戦いでも。


 俺は、いつも、あと一歩のところにいる。



   ◇



 卒業式。


 「クレオ! 竜との契約はならず」


 わかってた。

 わかってたけど、声に出して言われると、こたえる。


 「特例として、第四騎士団・重装騎士として配属する」


 第八じゃなく、第四。

 竜騎士じゃなく、重装騎士。


 拾われたんだ。


 実力を評価された、とは言われた。


 でも俺は、知ってる。

 これは、選ばれたんじゃない。余ったから、拾われたんだ。



   ◇



 ……でも、まあ。


 俺は、腐らねえ。


 だって、あいつが、俺を選んだんだ。


 あの翠色の竜が。

 名前も告げられずに死んだ、俺の、相棒が。


 あいつの目は、確かだった。


 この俺を選んだんだから。



   ◇



 だから、おっさんと拳をぶつけた時、俺は言った。


 次に会う時は、俺は竜騎士になってる、と。


 あの人は、何も言わなかった。

 ただ、拳を返してきた。


 それでいい。


 あの人は、十八年、諦めなかった男だ。

 俺が「諦めねえ」と言った意味を、たぶん、誰よりもわかってる。



   ◇



 明日、俺は第四騎士団に行く。


 鬼騎士セルゲオの下だ。

 厳しいらしい。竜も飛ばねえ。地面を這いずり回る、重装騎士だ。


 上等だ。


 地べたで力をつけて、必ず空に上がってやる。


 ……そんで、いつか竜と契約したら。


 真っ先に、聞くんだ。


 お前の名前は、なんだ、って。


 あの日、聞けなかった名前を、今度こそ。



   ◇



 鏡を見る。


 顎の割れた、いい男が映ってる。


 ……ちょっと、痩せたな。


 まあいい。


 俺は、まだ、あいつの名前を知らねえ。


 だから、死ねねえんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ