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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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【外伝】アブラナと、あの日の背中

【外伝】アブラナと、あの日の背中



 オラは、竜騎士試験を受けてねえ。


 みんなが命がけで山に潜って、三割が死ぬような試験を受けてる間。

 オラは、もう竜騎士だった。


 ずっと前に。あの、木剣を持って山を登らされた夜に。


 ……ずるい、って思われてもしょうがねえ。


 オラも、そう思うから。



   ◇



 オラは、走るのが遅え。


 太ってるからだ。

 村じゃ「アブラナは食い意地が張ってる」って笑われてた。悪気はねかったと思う。オラも一緒に笑ってた。


 でも、あの夜。


 真夜中に叩き起こされて、木剣持って砂漠を走らされて、山に登れって言われて。


 オラは、途中で動けなくなった。


 みっともねえべ。

 汗だくで、岩にしがみついて、息が上がって、それ以上、一歩も動けねかった。


 除籍だと思った。


 勇者アルベルト様に呼んでもらったのに。

 オラみてえな田舎娘に、声をかけてもらったのに。


 その一日目で、除籍。


 情けなくて、涙が出た。



   ◇



 そこに、あのおっさんが来た。


 「おい、どうした。早く行かないと」


 オラは、泣きながら言った。

 もう動けねっす。オラ、太ってて。


 ……普通なら、そこで置いていく。


 実際、他の連中はみんな、オラを抜かして登っていった。

 当たり前だべ。みんな、自分の除籍がかかってるんだから。


 なのに、あの人は。


 しばらく黙って、それから——オラを、背負った。


 太った女を、背中に乗せて、岩山を登り始めた。


 オラは、謝った。何回も謝った。


 そしたら、あの人は言った。


 「泣くなよ。俺はリーザス。君は?」


 ……たったそれだけだ。


 でも、オラは、たぶん一生忘れねえ。



   ◇



 山を降りるとき、日が昇った。


 飛竜が、起きた。


 真っ赤な炎の竜が、オラたちを追ってきた。


 オラは、走れなかった。

 どうしても、走れなかった。


 だから、言った。


 行ってください。オラが竜を引きつけますって。


 本心だった。

 オラは走れねえ。二人とも死ぬくらいなら、あの人だけでも生きた方がいい。


 あの人は、迷ってた。


 顔を見りゃ、わかった。

 すげえ、迷ってた。


 ……そんで、走っていった。


 オラを、置いて。



   ◇



 オラは、怒ってねえ。


 これは本当だ。誰にも信じてもらえねえけど、本当だべ。


 だって、当たり前だもん。


 あの人は、命がけで騎士になった人だ。

 十八年かけて、やっと。


 オラみてえな、走れもしねえ、太った田舎娘のために。

 そこで死んでいい理由なんて、一つもねえ。


 オラは、遠ざかっていく背中を見て、思った。


 ——よかった。

 あの人だけでも、生きられる。


 そんで、目をつぶった。


 炎の竜の羽音が、近づいてきた。


 ……ああ、死ぬんだべな。


 母ちゃんの、芋の煮っころがし。

 もう一回、食いたかったな。


 そう思った。



   ◇



 なのに。


 「待ってくれ!」


 声が、した。


 オラは、目を開けた。


 ……戻ってきてた。


 あの人が。走っていったはずの、あの人が。


 真っ青な顔で。膝を震わせて。


 それでも、まっすぐ、竜の方に歩いていった。


 「竜よ! 勝手に住まいにお邪魔してすまない!」


 「俺たちはセイラム軍事大学校の騎士です!」


 声が、震えてた。

 笑顔が、引きつってた。


 怖いんだ、って、すぐわかった。


 オラより、たぶん、あの人の方が、怖がってた。


 なのに。


 「何とか、見逃してください」


 その背中が、オラの前に、立ってた。



   ◇



 炎が、来た。


 あの人は、闘気でガードした。


 でも、じりじり焼けていくのが、見えた。

 背中が、燃え始めてた。


 オラのために。


 走れもしねえ、太った、なんの役にも立たねえ女のために。


 ……その瞬間、オラの中で、何かが壊れた。


 気がついたら、前に出てた。


 「やめてけろ!」


 「オラたちは敵じゃねええ!」


 自分でも、なんであんな声が出たのか、わからねえ。


 闘気なんて、たいして使えねかったはずだ。


 でも、あの時だけは、出た。


 燃えてる背中を、見た瞬間に。


 オラは、あの人を、庇ってた。



   ◇



 それから、オラは、竜に相撲を挑んだ。


 自分でも、馬鹿だと思う。


 あとでリーザスさんに「殺されるぞ」って怒られた。その通りだべ。


 でも、あの時は、それしか思いつかなかった。


 だって、逃げても死ぬ。戦っても死ぬ。


 なら、オラが一番得意なことで、勝負するしかねえべ。


 オラは、村で一番の相撲取りだった。


 ……それだけが、オラの取り柄だった。


 オラは、竜に言った。


 相撲をとってけろ。

 もしオラが勝ったら、契約してけろ、って。


 周りに、他の竜が集まってきた。

 見物してたんだと思う。


 炎竜は、しばらく黙ってた。


 そんで——首を下げて、構えた。


 受けてくれたんだ。



   ◇



 押された。


 当たり前だべ。相手は、竜だ。


 オラの闘気なんて、あっという間に尽きた。

 足が、地面を滑っていく。


 もうダメだ、と思った。


 そしたら、隣に、あの人が来た。


 一緒に、ぶつかってくれた。


 二人で、歯を食いしばって。


 「だあああああああああああ!」


 投げた。


 竜が、ズズンと倒れた。



   ◇



 炎竜が、言った。


 念話だった。頭ん中に、直接。


 『強き者よ。その勇気に、我が魂が震えたぞ』


 オラは、信じられなかった。


 勇気。


 オラが?


 オラは、走れもしねえ、太った、泣き虫の田舎娘だべ。


 勇気なんて、持ってるわけがねえ。


 ……でも、炎竜は、そう言った。


 そんで、契約してくれた。



   ◇



 ずっと、後ろめてえと思ってた。


 試験も受けねえで、竜騎士になった。

 クレオさんは、あんなに強えのに、選ばれねかった。


 オラは、ずるい。


 ……でも、最近、ちょっとだけ、わかってきた。


 オラの勇気は、オラが出したもんじゃねえ。


 あの人が、戻ってきてくれたから。

 燃えながら、オラの前に立ってくれたから。


 だから、出たんだ。


 オラ一人だったら、あの時、目をつぶって死んでた。


 オラに勇気をくれたのは、あの人だべ。



   ◇



 卒業式の日。


 リーザスさんが、オラに言った。


 「お前は、強い」って。

 「グレートロックマウンテンで見せた背中は、勇者そのものだった」って。


 オラは、泣いた。


 だって、あの人は、知らねえんだ。


 オラが勇者に見えたなら、それは。


 ——あの日、オラが見た、あの人の背中を、真似しただけだから。


 燃えながら、震えながら、それでも前に立った、あの背中を。



   ◇



 窓の外で、エルニードが低く唸った。


 「……なんだべ。まだ寝ねえのか」


 『お前が、怯えているからだ』


 「怯えてねえべ」


 『嘘をつけ』


 オラは、笑った。

 この竜は、なんでもお見通しだべ。


 「……なあ、エルニード」


 『なんだ』


 「オラ、明日から第一騎士団だ」


 「勇者アルベルト様の隊だ。……やってけるべか」


 しばらく、間があった。


 それから、炎の竜は、ふん、と鼻を鳴らした。


 『我が選んだのは、強さではない』


 『——お前は、あの男を庇った』


 『己の力も知らず、勝てるはずもなく、それでも前に出た』


 『あれを勇気と呼ばぬなら、我は何を勇気と呼べばよい』


 オラは、また、ちょっとだけ泣いた。



   ◇



 明日から、戦だ。


 怖え。

 すげえ、怖え。


 でも、オラは行く。


 誰かが燃えてたら、また、前に出る。


 あの人が、そうしてくれたみてえに。


 ……そんで、いつか。


 リーザスさんに、うめえ飯を食わせるべ。


 あの日、置いていったことを、たぶん今でも気にしてる、あの優しい人に。


 「気にすんな」って、ちゃんと言うために。

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