【外伝】アブラナと、あの日の背中
【外伝】アブラナと、あの日の背中
オラは、竜騎士試験を受けてねえ。
みんなが命がけで山に潜って、三割が死ぬような試験を受けてる間。
オラは、もう竜騎士だった。
ずっと前に。あの、木剣を持って山を登らされた夜に。
……ずるい、って思われてもしょうがねえ。
オラも、そう思うから。
◇
オラは、走るのが遅え。
太ってるからだ。
村じゃ「アブラナは食い意地が張ってる」って笑われてた。悪気はねかったと思う。オラも一緒に笑ってた。
でも、あの夜。
真夜中に叩き起こされて、木剣持って砂漠を走らされて、山に登れって言われて。
オラは、途中で動けなくなった。
みっともねえべ。
汗だくで、岩にしがみついて、息が上がって、それ以上、一歩も動けねかった。
除籍だと思った。
勇者アルベルト様に呼んでもらったのに。
オラみてえな田舎娘に、声をかけてもらったのに。
その一日目で、除籍。
情けなくて、涙が出た。
◇
そこに、あのおっさんが来た。
「おい、どうした。早く行かないと」
オラは、泣きながら言った。
もう動けねっす。オラ、太ってて。
……普通なら、そこで置いていく。
実際、他の連中はみんな、オラを抜かして登っていった。
当たり前だべ。みんな、自分の除籍がかかってるんだから。
なのに、あの人は。
しばらく黙って、それから——オラを、背負った。
太った女を、背中に乗せて、岩山を登り始めた。
オラは、謝った。何回も謝った。
そしたら、あの人は言った。
「泣くなよ。俺はリーザス。君は?」
……たったそれだけだ。
でも、オラは、たぶん一生忘れねえ。
◇
山を降りるとき、日が昇った。
飛竜が、起きた。
真っ赤な炎の竜が、オラたちを追ってきた。
オラは、走れなかった。
どうしても、走れなかった。
だから、言った。
行ってください。オラが竜を引きつけますって。
本心だった。
オラは走れねえ。二人とも死ぬくらいなら、あの人だけでも生きた方がいい。
あの人は、迷ってた。
顔を見りゃ、わかった。
すげえ、迷ってた。
……そんで、走っていった。
オラを、置いて。
◇
オラは、怒ってねえ。
これは本当だ。誰にも信じてもらえねえけど、本当だべ。
だって、当たり前だもん。
あの人は、命がけで騎士になった人だ。
十八年かけて、やっと。
オラみてえな、走れもしねえ、太った田舎娘のために。
そこで死んでいい理由なんて、一つもねえ。
オラは、遠ざかっていく背中を見て、思った。
——よかった。
あの人だけでも、生きられる。
そんで、目をつぶった。
炎の竜の羽音が、近づいてきた。
……ああ、死ぬんだべな。
母ちゃんの、芋の煮っころがし。
もう一回、食いたかったな。
そう思った。
◇
なのに。
「待ってくれ!」
声が、した。
オラは、目を開けた。
……戻ってきてた。
あの人が。走っていったはずの、あの人が。
真っ青な顔で。膝を震わせて。
それでも、まっすぐ、竜の方に歩いていった。
「竜よ! 勝手に住まいにお邪魔してすまない!」
「俺たちはセイラム軍事大学校の騎士です!」
声が、震えてた。
笑顔が、引きつってた。
怖いんだ、って、すぐわかった。
オラより、たぶん、あの人の方が、怖がってた。
なのに。
「何とか、見逃してください」
その背中が、オラの前に、立ってた。
◇
炎が、来た。
あの人は、闘気でガードした。
でも、じりじり焼けていくのが、見えた。
背中が、燃え始めてた。
オラのために。
走れもしねえ、太った、なんの役にも立たねえ女のために。
……その瞬間、オラの中で、何かが壊れた。
気がついたら、前に出てた。
「やめてけろ!」
「オラたちは敵じゃねええ!」
自分でも、なんであんな声が出たのか、わからねえ。
闘気なんて、たいして使えねかったはずだ。
でも、あの時だけは、出た。
燃えてる背中を、見た瞬間に。
オラは、あの人を、庇ってた。
◇
それから、オラは、竜に相撲を挑んだ。
自分でも、馬鹿だと思う。
あとでリーザスさんに「殺されるぞ」って怒られた。その通りだべ。
でも、あの時は、それしか思いつかなかった。
だって、逃げても死ぬ。戦っても死ぬ。
なら、オラが一番得意なことで、勝負するしかねえべ。
オラは、村で一番の相撲取りだった。
……それだけが、オラの取り柄だった。
オラは、竜に言った。
相撲をとってけろ。
もしオラが勝ったら、契約してけろ、って。
周りに、他の竜が集まってきた。
見物してたんだと思う。
炎竜は、しばらく黙ってた。
そんで——首を下げて、構えた。
受けてくれたんだ。
◇
押された。
当たり前だべ。相手は、竜だ。
オラの闘気なんて、あっという間に尽きた。
足が、地面を滑っていく。
もうダメだ、と思った。
そしたら、隣に、あの人が来た。
一緒に、ぶつかってくれた。
二人で、歯を食いしばって。
「だあああああああああああ!」
投げた。
竜が、ズズンと倒れた。
◇
炎竜が、言った。
念話だった。頭ん中に、直接。
『強き者よ。その勇気に、我が魂が震えたぞ』
オラは、信じられなかった。
勇気。
オラが?
オラは、走れもしねえ、太った、泣き虫の田舎娘だべ。
勇気なんて、持ってるわけがねえ。
……でも、炎竜は、そう言った。
そんで、契約してくれた。
◇
ずっと、後ろめてえと思ってた。
試験も受けねえで、竜騎士になった。
クレオさんは、あんなに強えのに、選ばれねかった。
オラは、ずるい。
……でも、最近、ちょっとだけ、わかってきた。
オラの勇気は、オラが出したもんじゃねえ。
あの人が、戻ってきてくれたから。
燃えながら、オラの前に立ってくれたから。
だから、出たんだ。
オラ一人だったら、あの時、目をつぶって死んでた。
オラに勇気をくれたのは、あの人だべ。
◇
卒業式の日。
リーザスさんが、オラに言った。
「お前は、強い」って。
「グレートロックマウンテンで見せた背中は、勇者そのものだった」って。
オラは、泣いた。
だって、あの人は、知らねえんだ。
オラが勇者に見えたなら、それは。
——あの日、オラが見た、あの人の背中を、真似しただけだから。
燃えながら、震えながら、それでも前に立った、あの背中を。
◇
窓の外で、エルニードが低く唸った。
「……なんだべ。まだ寝ねえのか」
『お前が、怯えているからだ』
「怯えてねえべ」
『嘘をつけ』
オラは、笑った。
この竜は、なんでもお見通しだべ。
「……なあ、エルニード」
『なんだ』
「オラ、明日から第一騎士団だ」
「勇者アルベルト様の隊だ。……やってけるべか」
しばらく、間があった。
それから、炎の竜は、ふん、と鼻を鳴らした。
『我が選んだのは、強さではない』
『——お前は、あの男を庇った』
『己の力も知らず、勝てるはずもなく、それでも前に出た』
『あれを勇気と呼ばぬなら、我は何を勇気と呼べばよい』
オラは、また、ちょっとだけ泣いた。
◇
明日から、戦だ。
怖え。
すげえ、怖え。
でも、オラは行く。
誰かが燃えてたら、また、前に出る。
あの人が、そうしてくれたみてえに。
……そんで、いつか。
リーザスさんに、うめえ飯を食わせるべ。
あの日、置いていったことを、たぶん今でも気にしてる、あの優しい人に。
「気にすんな」って、ちゃんと言うために。




