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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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別れ

 軍事大学校・卒業の夜。


 酒場の表に立つゼファルド。

 背を向けたまま、片手を上げる。


 ゼファルドは、第六騎士団からの緊急召集を受け、その夜のうちに発っていった。

 ルーカの件、その情報網の再構築のため、新人の彼にも声がかかったのだ。


 彼の背中を見送る、四人——リーザス、メルナ、クレオ、アブラナ。


 夜風に消えていく、ゼファルドの背中。

 言葉少なな男だった。だが、あの戦いで、確かに背中を預け合った仲間だ。その別れは、あっけないほど静かだった。

 振り返りもせず、別れの言葉もなく。それが、ゼファルドらしかった。誰も信じないと言いながら、それでも最後の戦いでは、確かに共に戦ってくれた男。リーザスは、その背中に、声には出さず「ありがとう」と告げた。


 ——そして、三日後の朝。


 軍事大学校の寮。

 窓から、朝日が差し込む。


 リーザスの部屋。

 荷物がほとんど梱包され、床に並べられている。


 ベッドの縁に座っているリーザス。

 まだ、着替えていない。


 その視線の先——もう一つの、空っぽのベッド。

 シーツが、綺麗にたたまれている。


 肩の上のカモが、欠伸をする。


「ふぁあ……おっさん、今日は出発の日だぜ。寝ぼけてんのか」


「……いや」


(たった、十週間か)


 リーザスは、空のベッドを見つめる。


(あいつと同じ部屋で、あいつの『おはようございます』で起きてた毎日が……もう、ねえんだな)


 ルーカ。

 裏切り者となった、後輩。それでも、共に過ごした日々は、確かにそこにあった。憎しみだけでは、割り切れない。空っぽのベッドが、その複雑な想いを、静かに突きつけてくる。


「……ルーカ」


 リーザスは、小さく呟いた。


「……おっさん」


 カモが、何かを察したように声をかける。


 その時、扉がコンコンと叩かれた。


「ママ。準備できましたか?」


 メルナの、明るい声だった。



   ◇


 寮の食堂。

 広いテーブルに、リーザス、メルナ、クレオ、アブラナの四人が、朝食をとっている。


 パンを頬張る、クレオ。


「あー、これで最後の食堂飯か。意外と寂しいもんだな」


 アブラナは、ニンジン色の漬物のようなものを、ぽりぽり食べている。


「オラはここの飯、まーまーだったべ。村の母ちゃんの方が、うめえ」


「お前の故郷、相当な田舎なんだろうな」


 クレオが、豪快に笑う。


「んだ。山に囲まれてて、川の水がキラキラしてんだ」


 アブラナが、胸を張る。

 ふと、その手が止まった。箸を、置く。


「……オラ、第一騎士団に行くんだべ」


「おう、エリート中のエリートだな」


 アブラナの表情が、ふっと曇った。


「アルベルトさんって、勇者なんだべ? オラみたいなのが、ついていけるべか」


 不安げに、俯く。

 あの豪快なアブラナにも、不安はある。最強の勇者が率いる部隊で、自分がやっていけるのか。


 リーザスが、顔を上げた。


「アブラナ」


 その声が、優しい。


「お前は、強い。グレートロックマウンテンで、お前が見せた背中は……勇者そのものだったよ」


 アブラナの目が、わずかに潤む。


「……リーザスさん」


 ぐいっと、涙を拭って。


「ありがとう。オラ、行くべ。やってやるべ」


 顔を上げたアブラナの目に、もう迷いはなかった。


「リーザスもメルナも、達者でな。いつか戦場で会うべ」


 アブラナは、ぐいっと最後のパンを口に押し込み、立ち上がる。

 その背中が、もう田舎少女のものではなかった。一人の、立派な竜騎士のものだった。

 山に囲まれた小さな村から出てきた娘が、今、勇者の部隊へと旅立つ。不安を振り切って、前を向いて。その姿に、リーザスは静かなエールを送った。



   ◇


 寮の門前。

 荷物を背負ったクレオが、立っている。


 重装騎士の制服姿。

 第四騎士団の紋章が、肩で揺れる。


 リーザスが、歩み寄った。


 クレオが、フッと口の端を上げる。


「おっさん。第七騎士団で、せいぜい頑張れよ」


「お前こそ。セルゲオさんは厳しいぞ」


「上等だ。あの鬼騎士に、俺の拳、認めさせてやる」


 クレオが、ぐっと拳を突き出す。


「……」


 リーザスも、ぐっと拳を出す。


 ゴッ。

 拳と拳が、ぶつかった。


「次に会う時はな」


 クレオが、拳を握ったまま、言う。


「俺は、竜騎士になってる」


「!」


「あの試験で受からなかったのは、俺の不徳の致すところだ。だが、諦めねえ」


 その目に、強い光が宿る。


「セルゲオさんの下で力をつけて、必ず空に上がる。その時はおっさん、俺と同格だ」


 クレオが背を向け、片手を上げて去っていく。


(クレオ……お前なら、本当にやりやがるな)


 竜に選ばれなかった男。リーザスと同じ、「選ばれざる者」だったはずのクレオ。だが、こいつは挫折を言い訳にせず、まっすぐ前を向いている。いつか必ず、空に上がってみせると。その不屈さが、まぶしかった。


 残されたリーザスの拳は、まだ熱かった。

 仲間たちは、それぞれの戦場へ。

 ゼファルドは情報の闇へ。アブラナは勇者の部隊へ。クレオは鬼騎士の下へ。そして、自分とメルナは、最前線の第七騎士団へ。

 別れは寂しい。だが、いつかまた、戦場で巡り会う。その日まで、それぞれの道で、強くなる。

 明日からは、新たな日々が始まる。

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