別れ
軍事大学校・卒業の夜。
酒場の表に立つゼファルド。
背を向けたまま、片手を上げる。
ゼファルドは、第六騎士団からの緊急召集を受け、その夜のうちに発っていった。
ルーカの件、その情報網の再構築のため、新人の彼にも声がかかったのだ。
彼の背中を見送る、四人——リーザス、メルナ、クレオ、アブラナ。
夜風に消えていく、ゼファルドの背中。
言葉少なな男だった。だが、あの戦いで、確かに背中を預け合った仲間だ。その別れは、あっけないほど静かだった。
振り返りもせず、別れの言葉もなく。それが、ゼファルドらしかった。誰も信じないと言いながら、それでも最後の戦いでは、確かに共に戦ってくれた男。リーザスは、その背中に、声には出さず「ありがとう」と告げた。
——そして、三日後の朝。
軍事大学校の寮。
窓から、朝日が差し込む。
リーザスの部屋。
荷物がほとんど梱包され、床に並べられている。
ベッドの縁に座っているリーザス。
まだ、着替えていない。
その視線の先——もう一つの、空っぽのベッド。
シーツが、綺麗にたたまれている。
肩の上のカモが、欠伸をする。
「ふぁあ……おっさん、今日は出発の日だぜ。寝ぼけてんのか」
「……いや」
(たった、十週間か)
リーザスは、空のベッドを見つめる。
(あいつと同じ部屋で、あいつの『おはようございます』で起きてた毎日が……もう、ねえんだな)
ルーカ。
裏切り者となった、後輩。それでも、共に過ごした日々は、確かにそこにあった。憎しみだけでは、割り切れない。空っぽのベッドが、その複雑な想いを、静かに突きつけてくる。
「……ルーカ」
リーザスは、小さく呟いた。
「……おっさん」
カモが、何かを察したように声をかける。
その時、扉がコンコンと叩かれた。
「ママ。準備できましたか?」
メルナの、明るい声だった。
◇
寮の食堂。
広いテーブルに、リーザス、メルナ、クレオ、アブラナの四人が、朝食をとっている。
パンを頬張る、クレオ。
「あー、これで最後の食堂飯か。意外と寂しいもんだな」
アブラナは、ニンジン色の漬物のようなものを、ぽりぽり食べている。
「オラはここの飯、まーまーだったべ。村の母ちゃんの方が、うめえ」
「お前の故郷、相当な田舎なんだろうな」
クレオが、豪快に笑う。
「んだ。山に囲まれてて、川の水がキラキラしてんだ」
アブラナが、胸を張る。
ふと、その手が止まった。箸を、置く。
「……オラ、第一騎士団に行くんだべ」
「おう、エリート中のエリートだな」
アブラナの表情が、ふっと曇った。
「アルベルトさんって、勇者なんだべ? オラみたいなのが、ついていけるべか」
不安げに、俯く。
あの豪快なアブラナにも、不安はある。最強の勇者が率いる部隊で、自分がやっていけるのか。
リーザスが、顔を上げた。
「アブラナ」
その声が、優しい。
「お前は、強い。グレートロックマウンテンで、お前が見せた背中は……勇者そのものだったよ」
アブラナの目が、わずかに潤む。
「……リーザスさん」
ぐいっと、涙を拭って。
「ありがとう。オラ、行くべ。やってやるべ」
顔を上げたアブラナの目に、もう迷いはなかった。
「リーザスもメルナも、達者でな。いつか戦場で会うべ」
アブラナは、ぐいっと最後のパンを口に押し込み、立ち上がる。
その背中が、もう田舎少女のものではなかった。一人の、立派な竜騎士のものだった。
山に囲まれた小さな村から出てきた娘が、今、勇者の部隊へと旅立つ。不安を振り切って、前を向いて。その姿に、リーザスは静かなエールを送った。
◇
寮の門前。
荷物を背負ったクレオが、立っている。
重装騎士の制服姿。
第四騎士団の紋章が、肩で揺れる。
リーザスが、歩み寄った。
クレオが、フッと口の端を上げる。
「おっさん。第七騎士団で、せいぜい頑張れよ」
「お前こそ。セルゲオさんは厳しいぞ」
「上等だ。あの鬼騎士に、俺の拳、認めさせてやる」
クレオが、ぐっと拳を突き出す。
「……」
リーザスも、ぐっと拳を出す。
ゴッ。
拳と拳が、ぶつかった。
「次に会う時はな」
クレオが、拳を握ったまま、言う。
「俺は、竜騎士になってる」
「!」
「あの試験で受からなかったのは、俺の不徳の致すところだ。だが、諦めねえ」
その目に、強い光が宿る。
「セルゲオさんの下で力をつけて、必ず空に上がる。その時はおっさん、俺と同格だ」
クレオが背を向け、片手を上げて去っていく。
(クレオ……お前なら、本当にやりやがるな)
竜に選ばれなかった男。リーザスと同じ、「選ばれざる者」だったはずのクレオ。だが、こいつは挫折を言い訳にせず、まっすぐ前を向いている。いつか必ず、空に上がってみせると。その不屈さが、まぶしかった。
残されたリーザスの拳は、まだ熱かった。
仲間たちは、それぞれの戦場へ。
ゼファルドは情報の闇へ。アブラナは勇者の部隊へ。クレオは鬼騎士の下へ。そして、自分とメルナは、最前線の第七騎士団へ。
別れは寂しい。だが、いつかまた、戦場で巡り会う。その日まで、それぞれの道で、強くなる。
明日からは、新たな日々が始まる。




