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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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女神の駒


 場面は、ゾラの赤黒い空間から一転。

 目が痛くなるほど純白で、無機質な空間。


 セイラム王国、王都の中心にそびえる軍司令部。


 セイラム王国軍の頂点。

 全ての騎士団を統括する最高司令官——大元帥リオン・ベイレン。


 最上階の執務室。

 ガラス張りの窓から、リオンが王都を見下ろしている。


 その美しすぎる瞳には、一切の感情も、光すらも宿っていなかった。

 絶世の美貌。だが、その完璧さが、かえって人形のような不気味さを生んでいた。喜びも、怒りも、慈悲も——人間が当たり前に持つはずの何かが、この女には決定的に欠けている。ただ、勝利という一点だけを見据える、冷徹な機械のような存在。


 壁一面の地図。

 ゾラとの戦線、各騎士団の配置が、緻密に描き込まれている。

 その盤面の上では、一人一人の騎士が、ただの駒として配置されていた。


 扉が開き、軍服姿の女性が入室した。


「閣下。ご報告に参りました」


 大元帥府主席副官、ザイラ・ヴェイン中将。


「軍事大学校卒業生の各騎士団への配属、本日付で完了いたしました」


 リオンは振り向かず、窓の外を見たまま。


「ご苦労」


 ザイラが一礼する。

 だが、立ち去ろうとはしなかった。


「……何か、言いたいことがあるようね、ザイラ」


「……はい」


 ザイラが、意を決したように口を開く。


「閣下のご判断について、一つだけ伺ってもよろしいでしょうか」


「言いなさい」



   ◇


「創世竜の少女メルナと、ホロウを持つリーザス・モートン」


 ザイラが、言葉を選びながら続ける。


「この二人を、対ゾラの最前線『第七騎士団』に、同時配属されました」


「……」


「あの娘の竜核の正体は、最高機密。最も安全な後方に置くべきだったのでは」


「逆です」


 リオンが、即座に否定した。


「……?」


「『理外の力』の存在を知れば、ゾラは必ず奪いに来ます」


 リオンの声は、氷のように冷たい。


「あれは、敵の本軍を釣り出す、極上の餌です」


「……!」


 ザイラが、息を呑む。

 餌。実の娘とも言える創世竜の少女を、そしてようやく夢を叶えた騎士を、リオンは平然と「餌」と呼んだ。味方であるはずの最高司令官が、自国の兵を、敵をおびき寄せるための撒き餌として配置する。その冷酷さに、歴戦のザイラですら、背筋が凍った。


「では、リーザスも……」


「ええ。極限の戦場こそが、彼らの力を研ぎ澄ませる、最大の砥石となります」


 リオンは、淡々と続ける。


「コーネリアに任せれば良い。第七騎士団は、もとより消耗の激しい部隊です」


「閣下……」


 ザイラの拳が、わずかに震えた。


「わかりません。ホロウを持つとはいえ、リーザスは十八年も騎士試験に挑み続け、ようやく合格した男です」


 ザイラの声に、抑えきれない感情が滲む。

 ようやく夢を掴んだ男を、餌として使い捨てる。それが、許せなかった。


 リオンが、ゆっくりと振り向く。


「だから何です?」


 その問いには、一切の温度がなかった。


 リオンが、窓に手を触れる。


「全ては、女神の絶対的な勝利のために」



   ◇


 場面は、ゾラ。玉座の間。


 幹部たちが片膝をついて控えている。

 ルーカは、既に部屋を下がっていた。


「……ヴェルモア」


「はっ」


「セイラム軍の采配、どう見る」


 アズラドールが、問う。


「創世竜の少女を最前線に配属……明らかに、罠です」


 ヴェルモアが、答える。


「あの大元帥リオンは、自国の駒を平気で囮として使う女ですから」


「……いや」


 アズラドールの声が、わずかに変わる。


「あの女は、人間ではないのかもしれぬ」


 幹部たちが、顔を上げた。


「女神エーリアが、この世界に遺した何か……我が長年の敵にして、最も理解し難き存在よ」


 その言葉には、百年生きた魔王の、底知れぬ警戒が滲んでいた。

 あらゆる謀略を見抜き、あらゆる戦場を制してきた魔道大王。その彼をして、リオンという存在は、いまだ正体を掴めぬ脅威だった。創世竜を巡るこの戦いは、単なる国家間の戦争ではない。二つの「人ならざるもの」の、宿命の激突なのかもしれなかった。



   ◇


 場面は、セイラム王国。軍事大学校の中庭。


 夕暮れ。

 荷造りを終えたリーザスとメルナが、空を見上げている。

 肩には、トカゲの姿に戻ったカモ。


「ママ。明日からは、戦場ですね」


「ああ。……怖えよ、正直」


 リーザスは、素直に言った。


「だが、行く」


 その横顔には、確かな覚悟があった。

 ビアンカを探すため。メルナを守るため。そして、自分がようやく掴んだ夢を、全うするため。リーザスは、まっすぐに明日を見据えていた。


 ——だが、リーザスは知らない。

 自分たちが、敵をおびき寄せるための「餌」として、最前線に配置されたことを。味方の頂点に立つリオンが、自分たちを使い捨ての駒としか見ていないことを。


 全く異なる狂気を抱えた、二人の支配者。

 メルナの「理外の力」を渇望する魔王アズラドール。そして、勝利のためなら味方すら餌にする大元帥リオン。

 その二人の盤上に立たされているとは露知らず——リーザスとメルナは、明日へと歩き始めた。


 夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。

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