魔王の玉座
場面は、セイラム王国から遥か南方。
赤茶けた荒野が、地平線まで広がっていた。
空には常に、赤黒い雲が垂れ込めている。
——魔道国家ゾラ。
百年前、世界四大魔術師の一人、アズラドール・メルノックスが、この不毛の大地に興した国である。
日々生み出される魔道具は、世界中で使われ、ゾラを巨万の富で潤した。
無数の魔道具を背負った行商人たちが、街道を行き交う。
だが、その繁栄には、代償があった。
魔道具が垂れ流す魔素が、大地を蝕んでいく。魔素に汚染された地では魔物が異常発生し、瘴気が広がり続けた。
首都ゾラディア。
巨大な歯車と尖塔が組み合わさった、機械仕掛けの異形の都市。
通りを歩く兵士たち。
その肉体には、魔物の臓器が移植されていた。腕が獣のもの。目が三つ。首から触手が伸びている者まで——。
ゾラ兵は皆、魔物との融合手術を受けた『魔道兵』だった。
路地裏では、鎖に繋がれた捕虜たちが、研究施設へと連行されていく。
他国から拉致された捕虜は、生体実験の素材とされ、新たな魔道兵や死体兵に作り変えられる。
血と魔素の上に成り立つ、文字通りの地獄の国——。
都市の中心。
他の建物を圧倒する、巨大な王宮がそびえ立っている。
その頂点に君臨するのが、初代にして、現代まで生き続ける建国王。
魔道大王、アズラドール・メルノックス。
王宮の最深部。
光を完全に拒絶した、漆黒の闇が空間を分断していた。
グチャ……、ズズッ……。
闇の奥から、何か巨大で悍ましい肉塊が蠢き、食事をするような音が響く。
「……そうか。もっと食べたいか、私の愛しい……」
闇の中から響くその声だけで、玉座の間の空気が、ビリビリと震えた。
◇
ギィィィ……。
重厚な扉が、開く。
ゾラの四人の最高幹部たちが入室し、一斉に片膝をついた。
ゾラ第一の剣・大将軍セリウス。
闇の宰相・ヴェルモア。
大導師・エヴェリンドラ。
魔導兵器開発局長・コルヴァル。
「大王様。セイラム軍事大学校に潜入させていた『目』が、帰還いたしました」
セリウスが、報告する。
柱の陰から、全身に痛々しい包帯を巻き、両目を眼帯で覆ったルーカが、杖をついて現れた。
「ごめんなさい、大王様」
ルーカが、頭を垂れる。
「グレートロックマウンテンの竜は『半分』しか殺せませんでした。新兵器の毒の秘密も割れ、あなたから賜った魔眼も、学生たちに潰されてしまいました」
「……チッ。セイラムの制空力を完全に削ぐ任務だったはず。学生相手に、無様な」
ヴェルモアが、冷たく吐き捨てる。
「魔眼まで失うとは。あれを再生するのに、どれだけの素材が必要か、わかっているのか」
コルヴァルも、苛立ちを隠さない。
「怖い怖い。でも、代わりに最高の獲物を見つけましたよ」
ルーカは、動じなかった。
むしろ、その失態を補って余りある「土産」を、持ち帰っていた。
「あの国に……世界の理を外れた力を持つ少女がいます」
幹部たちの視線が、ルーカに集まる。
「それは——」
ルーカは、静かに告げた。
「『創世竜の核』」
その言葉に、闇の奥で、二つの赤い眼光が、カッと見開かれた。
◇
「……『理外』の力」
アズラドールの声が、震える。
闇の奥の肉塊が、王の感情に呼応するように、ビチビチと歓喜の音を立てた。
「それさえあれば、この世界の死のルールを破壊し、完全なる蘇生が……!」
「で、その娘はどこにいる?」
セリウスが、問う。
「セイラム王国軍、第七騎士団に配属されました」
ルーカは、すらすらと答えた。
そして、ふと、思い出したように付け加える。
「ところで、大導師エヴェリンドラ様。一つ、探してほしい捕虜がいるんですが。『ビアンカ』という名前の、セイラムの女性です。生体研究施設にいませんか?」
「さあねえ。山ほどいる捕虜の名前なんて、いちいち覚えていないわ」
エヴェリンドラが、気だるげに答える。
「生きていたとしても、もう実験に使って、死体兵になってるかもしれないわよ?」
「ぜひ探してください。もし彼女が生きていれば、最高のエサになります」
ルーカの口元が、歪んだ。
「創世竜の少女の傍には、ビアンカを探すおっさんが、必ず護衛についている。彼女をチラつかせれば、あの理外の力も、いとも簡単に手に入りますよ」
(あの時、おっさんには『生きている』ってハッタリかましたけど……使えるから、生きててほしいな)
ルーカの言葉が、すべて計算ずくだったことが、明かされる。
リーザスに告げた「ビアンカは生きている」は、確証のない揺さぶりだった。だが、それすらも、ルーカは餌として利用しようとしていた。
愛する者を探す男の、その必死さすら、駒として使う。ルーカにとって、人の情とは、操るための道具に過ぎなかった。あの優しい笑顔の裏で、彼は常に、誰かを利用する算段を巡らせている。
「……良かろう。全力で『理外の力』を奪取せよ」
アズラドールの声が、玉座の間に轟く。
「我が悲願——『あれ』の完全なる蘇生のために」
幹部全員が、深く頭を下げた。
闇の奥の肉塊が、歓喜の音を立てて、ぐちゃりと蠢いた。




