傷痕の卒業式
軍事大学校・大講堂。
重苦しい静寂が、空間を支配していた。
包帯を巻かれた者。松葉杖をつく者。
誰もが一様に、険しい顔つきをしている。本来なら、夢を叶えた誇らしい門出のはずだった。だが、ここにいる誰の顔にも、喜びはなかった。仲間を、あまりにも多く失ったから。
演壇に立つヴィクトール校長が、沈痛な面持ちで口を開く。
「……君たちは、我が校の歴史上、最も過酷で悲惨な試験を生き抜いた」
その声は、静かに講堂に響いた。
「散っていった同胞たちの無念は、決して忘れてはならない」
壁際に立つダミアン教官が、ギリッと唇を噛み締める。
彼が手塩にかけて育てたゼミ生たちも、その大半が、あの山で命を落としていた。
「だが、生き残った君たちを、王国は必要としている。これより、配属を発表する!」
ヴィクトールの声に、力が込もる。
悲しみに沈むだけでは、散った者たちが浮かばれない。生き残った者には、生き残った者の責務がある。
「アブラナ! 第一騎士団へ、竜騎士としての配属を命ずる」
「はい!」
「ゼファルド! 竜騎士として、第六騎士団!」
「はっ!」
「クレオ! 竜との契約はならず。だが、その傑出した戦闘力を評価し……」
一拍、間を置いて。
「特例として、第四騎士団・重装騎士として配属する!」
「……はい」
クレオの返事には、わずかな悔しさが滲んでいた。
(クレオ……第八じゃなく、第四か)
リーザスは、友の横顔を見た。
竜に選ばれなかった男。それでも、その実力は、特例の配属を勝ち取るほどに、認められていた。
「そして、リーザス! メルナ!」
「!」
「リーザスは竜騎士として、そしてメルナは、我が国初の魔法騎士として」
ヴィクトールの声が、講堂に響き渡る。
「第七騎士団への配属を命ずる!」
「はっ!」
「はい!」
リーザスが力強く返事をして、立ち上がった。
万年雑兵だった男が、ついに、正式な騎士団へ。長い、長い道のりだった。
十年以上、試験に落ち続けた。ノミの心臓と笑われ、自分の実力すら信じられずにいた。それでも諦めなかった先に、この瞬間がある。隣には、メルナがいる。肩には、相棒のカモがいる。一人ではない。それが、何よりも誇らしかった。
◇
式典が終わり、生徒たちが荷造りのために散っていく、広い廊下。
その片隅を、ベルモットとバークレーが、つまらなそうに歩いている。
「……チッ。あんなトカゲでも、あのおっさん、一応竜騎士なんだな」
ベルモットが、リーザスとカモを遠目に見る。
「くそう。僕たちの竜は、死んじゃったもんね」
バークレーが、肩を落とす。
「諦めるな! 竜騎士にはなれなかったが、俺たちはエリートの第二騎士団に配属だ。一番に出世してやる!」
その時、背後から声がかかった。
「……ベルモット、バークレー」
「ダミアン教官!」
「お前らは、ダミアンゼミ……たった二人の、生き残りだ……」
ダミアンの声が、震えていた。
「頼む……みんなの仇を」
涙ぐむ、ダミアン。
いけ好かない教官だと思っていた。だが、彼もまた、教え子たちを心から愛していたのだ。
「教官!」
ベルモットとバークレーが、声を上げる。
ひしっと、三人が抱き合った。
遠くから、それを見ているリーザス。
(あんな嫌な奴らでも……奴らなりの絆は、あったって事か)
あの山で、自分を殺そうとした連中。だが、その彼らにも、守りたい仲間がいて、悼むべき死があった。リーザスは、複雑な思いでその光景を見つめた。
「リーザス、メルナ!」
振り向くリーザスの前に、クレオ、アブラナ、ゼファルドが立っていた。
「同期同士で、卒業パーティでもやろうぜ」
クレオが、にっと笑った。
◇
外の広場。
集まっている、五人。
酒を飲んでいるリーザス。
「クレオ。……セルゲオさんは、いい人だ。第四騎士団でも、うまくやれるさ」
「ああ、いずれ竜騎士になるチャンスも、また来るだろう」
クレオが、前を向く。
「それまでは剣と拳で、戦場で無双してやるさ」
「……無茶はするなよ。お前は強いが、戦争は違う」
「おっさんこそな。第七騎士団って、空を飛ぶエリート部隊だろ? そんな飛べもしない竜で、大丈夫なのか」
「うるせーよ。飛べなかろうが、竜は竜」
カモが、口を挟む。
「俺がリーザスを、最強の竜騎士にしてみせるぜ」
「生意気だな、このトカゲ」
「うるせーんだよ。このアゴ割れ!」
軽口を叩き合う一同。
だが、その温かい時間も、長くは続かない。
「さて、俺はそろそろ出発させてもらう」
「!」
「ルーカの件で、新人の俺にも、第六騎士団から緊急召集が入った」
ゼファルドが、淡々と言う。
「ルーカは、本当に裏切り者だったんだべか。オラには、ルーカの全部が嘘だとは思えねえ」
アブラナが、寂しげに呟いた。
「……セルエル団長は今、どうされてるんだろうな」
「誰とも会わず、鍛錬に没頭していると聞く」
ゼファルドが答える。
「ゼファルド。第六騎士団に行ったら、頼みがある」
「!?」
リーザスの声が、低くなった。
「『ビアンカ』という女が、ゾラにいる。……生きてるか、死んでるか。それだけでいい。調べてくれ」
その言葉に込められた切実さに、ゼファルドは無言で頷いた。




