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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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ビアンカへの想い


 ルーカが去った直後、門を塞いでいた赤黒い魔法陣が、パリンと音を立てて砕け散った。


「結界が……消えた。ルーカが離れたからか」


 カモが、呟く。


 メルナの体から溢れていた黄金の光も、静かに収束していく。

 すべてを浄化した、創世竜の力。それが、嘘のように静まっていった。


 動けないリーザス。

 トカゲに戻ったカモを拾い上げる力も、もう残っていない。


 その時、遠くから雄叫びが響いた。


『グオオオオオオッ!!』


 ドゴォォォンッ!!


 爆破された外壁の穴から、炎をまとった巨体が突入してくる。


『おのれ……我が同胞たちを……!』


 炎竜エルニード。死んだ竜たちを悼むように、その瞳が怒りに燃えていた。

 かつてリーザスを「おっさんの魂じゃ輝けない」と拒んだ、あの竜。だが今、同胞を殺された怒りに、その威容は凄まじいものになっていた。


「リーザスさーん! みんなー! 無事かぁ!?」


 炎竜エルニードの背から飛び降りる、アブラナ。


「外で異変を感じて、急いで来たんだ! 結界が邪魔で入れなかったが……」


「おーせえんだよ、デブ」


 力なく笑う、クレオ。


「……お前が無事で良かった」


 珍しく、ゼファルドが安堵の言葉を漏らす。


「みんな、ボロボロでねえか! オラが運ぶっぺ!」


 アブラナが、ボロボロのリーザスを見る。

 そして、メルナを抱き上げ、リーザスの肩を支えた。


 一同は、エルニードの背中に乗り込んだ。



   ◇


 場面は、山の外。

 学園の本部テント。


 ヴィクトール校長とダミアンが、山から救出された生存者たちを迎える。


「……なんということだ」


 広場に運ばれてきた竜の死骸の数に、ヴィクトールが絶句する。


「山の竜の半数が死んでやがる……! こんな事態、建国以来ありえねえ」


 ダミアンが、呆然と呟いた。


 横たわるクレオ、ゼファルド、メルナ。

 神聖術師たちが、必死に治療を施している。


 リーザスは、壁に背を預け、胸のホロウを握りしめたまま、動かなかった。

 その目は、虚ろだった。ルーカの最後の言葉が、頭の中で、何度も繰り返されている。ビアンカは、生きている——。

 信じたくない。信じたい。相反する想いが、胸の中で渦巻いていた。死んだと諦めたからこそ、ここまで生きてこられた。その諦めを、たった一言で、ぐちゃぐちゃにされてしまった。


「リーザスさん、何か食うか? オラが握り飯作ったけど」


 リーザスは、答えない。


 ヴィクトール校長が、リーザスの前に立つ。


「リーザス・モートン。報告を聞いた。ルーカ・ミルヴァン……まさか、あの子が」


「校長……俺は、あいつを信じていました」


 リーザスの声は、掠れていた。


「気に病むな。奴は国も、騎士団も、誰もが騙された」


 ヴィクトールが、静かに言う。


「セルエル団長にも、伝えなければならんな……」


 痛ましい顔で、ヴィクトールが呟いた。


「俺の、ゼミ生たちが……」


 ダミアンが、ゼミ生の死体の前で、ショックを受けている。

 その後ろで、辛うじて生き残ったベルモットとバークレーが、無念そうに立っていた。


「……元帥閣下に、至急報告する。あれは、国家の最重要事項だ」


 ヴィクトールの声に、重い決意が滲んでいた。



   ◇


 場面は変わる。

 夕暮れ。軍事大学校の訓練場。


 一人、リーザスが柵に寄りかかり、茜色の空を見上げている。

 肩には、トカゲの姿に戻ったカモ。


「……おっさん、ビアンカってのは誰だ」


「……俺が愛した女だ」


「その女が、ゾラにいるって?」


「まあ、八、九割は……俺を動揺させるための、嘘だろうな」


 リーザスは、静かに言う。


「だが、本当かもしれない」


「……」


「お前のおかげで、一応、俺も竜騎士になれた。これで、第七騎士団で、戦場の最前線で活躍できる」


「!」


「戦況によっては、ゾラの本土に進撃する機会もあるだろう」


 ドックン、ドックン。


「もしかしたら、囚われているビアンカを、救出できるかもしれねえ」


「おお!」


 カモが、声を上げる。


 だが、リーザスの胸中は、複雑だった。


(仮にビアンカが生きていたとして、そのままとは限らねえ)


(もしゾラの、生体実験に使われていたら……)


 魔物と融合した、変わり果てたビアンカのイメージ。

 最悪の想像が、頭をよぎる。あの優しかった彼女が、人ならざるものに変えられている。考えるだけで、吐き気がした。


 ドクドクドクドクドク——心臓が、恐怖の想像で高鳴る。

 あがり症のリーザスにとって、この心臓は、いつも恐怖を増幅させる装置だった。今も、最悪の未来を想像して、暴れ出している。


(いや……行くんだ。何があろうと)


 震える手を、リーザスはぐっと握り込んだ。

 怖い。本当のことを知るのが、何より怖い。だが、それでも——確かめずには、いられない。たとえどんな姿になっていても、彼女がそこにいるのなら。


(俺は、ビアンカを愛してるのだから)


 決意を秘めた瞳で、リーザスは茜色の空を見つめる。

 万年雑兵だった男は、もういない。竜騎士となり、相棒を得て、守るべき者のために戦う男が、ここにいる。

 その胸には、ビアンカの形見が宿り、新たな決意が燃えていた。

 ——長い、長い戦いの、これは始まりに過ぎなかった。

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