ルーカの置き土産
両目を潰され、血まみれで倒れているルーカ。
リーザスが白銀の大剣を構えたまま、ゆっくりとルーカに歩み寄る。
「ルーカ……お前をゾラに帰すわけにはいかない」
「……ふふ」
血を流しながらも、ルーカはまだ笑っていた。
「何がおかしい」
「リーザスさん、僕を殺せますか? 同じ部屋で苦楽を共にした、僕を」
リーザスの剣を握る手が、一瞬だけ止まる。
寮で笑い合った日々。応援に来てくれた朝。それが全部、嘘だったとわかっていても——その手は、簡単には動かなかった。
ルーカは、それを見越していた。リーザスが、根が優しく、仲間を斬れない男だと。その甘さを、最後まで利用しようとしている。わかっていても、リーザスは、止まってしまうのだ。
「迷うな。俺がやる」
ゼファルドが影から現れ、冷徹にルーカへ歩み寄る。
リーザスにはできなくとも、自分にはできる。誰も信じず、情に流されないゼファルドだからこそ、迷いなく止めを刺せる。それが、この男の役割だった。
その瞬間。
ドォォォォンッ!!
山の外壁が内側から爆破され、凄まじい衝撃波が広場を揺らした。
「なっ……!?」
爆破口から、黒い装束に身を包んだ数人の人影が飛び込んでくる。
同時に、広場全体に白い煙幕が、一瞬で充満した。
あまりに、手際が良すぎた。まるで、この瞬間をずっと待っていたかのように。ルーカが倒れた、その隙を、寸分の狂いなく突いてきた。
「ゾラの回収部隊か……! こんなところに潜んでやがったのか!」
カモが、警戒する。
視界がゼロになる。
リーザスは咄嗟にメルナを庇い、剣を構えた。
創世竜の核を持つメルナ。そして、ルーカ。ゾラが狙うものは、明白だった。
◇
「くそっ、何も見えない!」
だが、煙幕の中を、黒装束たちは迷いなく動いている。
ゼファルドが、影潜りで追撃を試みる。
だが、煙幕が光を乱反射させ、広場全体の影がぼやけていた。
(影の境界線が定まらない……! 飛び移る先がないッ)
「くそっ、この煙幕は……俺対策か……!」
ゼファルドが、歯噛みする。
ゾラは、ゼファルドの影潜りまで計算に入れていた。すべては、ルーカを回収するための、周到な準備だったのだ。
影を奪われたゼファルドは、ただの一人の剣士に過ぎない。最強の暗殺者の能力を、完璧に封じる一手。敵の用意周到さに、ゼファルドは初めて、苦い表情を浮かべた。
「ルーカはどこだ!」
クレオが闇雲に拳を振るうが、手応えがない。
黒装束の一人が、小型の爆弾を正確にクレオに投げつける。
ドンッ!
爆風で、クレオが弾き飛ばされた。
ただでさえ満身創痍だったクレオには、もう抵抗する力も残っていなかった。
「奴ら、煙幕の中で正確に動けている。魔導具で索敵しているな」
ゼファルドが、冷静に分析する。
影は使えず、視界も奪われ、敵だけが自在に動く。完全に、こちらの戦力を封じる設計だった。ゾラの周到さが、ここでも牙を剥いていた。
煙幕の中、ルーカの体が、黒装束たちに担ぎ上げられていた。
「逃がすか!」
リーザスが竜爪剣を放とうとする——が、煙幕の中では、味方を巻き込みかねない。
(くそっ……仲間を巻き込む!)
手が、出せない。
あの広範囲の竜爪剣は、ルーカを倒した切り札だ。だが、今この煙幕の中で放てば、近くにいるクレオやゼファルド、そしてメルナまで巻き込んでしまう。最強の一撃が、仲間がいるせいで、振るえない。
煙幕が薄れ始めた時、黒装束たちの姿は、爆破口の向こうに消えかけていた。
◇
「待て、ルーカ!!」
リーザスが、爆破口に向かって走る。
ここで逃せば、二度と捕まえられない。ゾラの内情を知る、唯一の手がかり。そして、仲間を裏切った男への、決着。それが、闇の中へ消えようとしている。
煙幕の向こう、黒装束に担がれたルーカの姿が、かろうじて見える。
「逃げるのか! お前はそれでいいのか!!」
ルーカが、ゆっくりと顔だけをこちらに向ける。
両目を失い、血に塗れた顔で、それでもルーカは穏やかに微笑んでいた。
「リーザスさん」
「……!」
「最後に一つだけ、教えてあげます」
ルーカの声は、不思議と優しかった。
「ビアンカさんは、生きていますよ」
リーザスの足が、止まる。
頭が、真っ白になった。
ビアンカ。死んだはずの、愛した人。戦争で失ったと、もう何年も前に諦めたはずの——その名前が、こいつの口から飛び出した。
「ゾラに、いますよ」
リーザスの手から、力が抜ける。
白銀の大剣が煙を上げてドロリと溶け、小さなトカゲの姿に戻って、地面に転がった。
ルーカの姿が、闇の中に消えていく。
リーザスは、動けない。
追わなければ。問い詰めなければ。本当なのか、と。だが、体が言うことを聞かなかった。たった一言が、リーザスの全身から、力を奪い去っていた。
「ビアンカ……」
その声は、虚しく洞窟の闇に吸い込まれていった。
それが嘘か、真実か。ルーカは、答えを残さずに消えた。残されたのは、リーザスの胸を抉る、残酷な「置き土産」だけだった。




