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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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ルーカの置き土産


 両目を潰され、血まみれで倒れているルーカ。


 リーザスが白銀の大剣を構えたまま、ゆっくりとルーカに歩み寄る。


「ルーカ……お前をゾラに帰すわけにはいかない」


「……ふふ」


 血を流しながらも、ルーカはまだ笑っていた。


「何がおかしい」


「リーザスさん、僕を殺せますか? 同じ部屋で苦楽を共にした、僕を」


 リーザスの剣を握る手が、一瞬だけ止まる。

 寮で笑い合った日々。応援に来てくれた朝。それが全部、嘘だったとわかっていても——その手は、簡単には動かなかった。

 ルーカは、それを見越していた。リーザスが、根が優しく、仲間を斬れない男だと。その甘さを、最後まで利用しようとしている。わかっていても、リーザスは、止まってしまうのだ。


「迷うな。俺がやる」


 ゼファルドが影から現れ、冷徹にルーカへ歩み寄る。

 リーザスにはできなくとも、自分にはできる。誰も信じず、情に流されないゼファルドだからこそ、迷いなく止めを刺せる。それが、この男の役割だった。


 その瞬間。


 ドォォォォンッ!!


 山の外壁が内側から爆破され、凄まじい衝撃波が広場を揺らした。


「なっ……!?」


 爆破口から、黒い装束に身を包んだ数人の人影が飛び込んでくる。

 同時に、広場全体に白い煙幕が、一瞬で充満した。

 あまりに、手際が良すぎた。まるで、この瞬間をずっと待っていたかのように。ルーカが倒れた、その隙を、寸分の狂いなく突いてきた。


「ゾラの回収部隊か……! こんなところに潜んでやがったのか!」


 カモが、警戒する。


 視界がゼロになる。

 リーザスは咄嗟にメルナを庇い、剣を構えた。

 創世竜の核を持つメルナ。そして、ルーカ。ゾラが狙うものは、明白だった。



   ◇


「くそっ、何も見えない!」


 だが、煙幕の中を、黒装束たちは迷いなく動いている。


 ゼファルドが、影潜りで追撃を試みる。

 だが、煙幕が光を乱反射させ、広場全体の影がぼやけていた。


(影の境界線が定まらない……! 飛び移る先がないッ)


「くそっ、この煙幕は……俺対策か……!」


 ゼファルドが、歯噛みする。

 ゾラは、ゼファルドの影潜りまで計算に入れていた。すべては、ルーカを回収するための、周到な準備だったのだ。

 影を奪われたゼファルドは、ただの一人の剣士に過ぎない。最強の暗殺者の能力を、完璧に封じる一手。敵の用意周到さに、ゼファルドは初めて、苦い表情を浮かべた。


「ルーカはどこだ!」


 クレオが闇雲に拳を振るうが、手応えがない。


 黒装束の一人が、小型の爆弾を正確にクレオに投げつける。


 ドンッ!

 爆風で、クレオが弾き飛ばされた。

 ただでさえ満身創痍だったクレオには、もう抵抗する力も残っていなかった。


「奴ら、煙幕の中で正確に動けている。魔導具で索敵しているな」


 ゼファルドが、冷静に分析する。

 影は使えず、視界も奪われ、敵だけが自在に動く。完全に、こちらの戦力を封じる設計だった。ゾラの周到さが、ここでも牙を剥いていた。


 煙幕の中、ルーカの体が、黒装束たちに担ぎ上げられていた。


「逃がすか!」


 リーザスが竜爪剣を放とうとする——が、煙幕の中では、味方を巻き込みかねない。


(くそっ……仲間を巻き込む!)


 手が、出せない。

 あの広範囲の竜爪剣は、ルーカを倒した切り札だ。だが、今この煙幕の中で放てば、近くにいるクレオやゼファルド、そしてメルナまで巻き込んでしまう。最強の一撃が、仲間がいるせいで、振るえない。


 煙幕が薄れ始めた時、黒装束たちの姿は、爆破口の向こうに消えかけていた。



   ◇


「待て、ルーカ!!」


 リーザスが、爆破口に向かって走る。

 ここで逃せば、二度と捕まえられない。ゾラの内情を知る、唯一の手がかり。そして、仲間を裏切った男への、決着。それが、闇の中へ消えようとしている。


 煙幕の向こう、黒装束に担がれたルーカの姿が、かろうじて見える。


「逃げるのか! お前はそれでいいのか!!」


 ルーカが、ゆっくりと顔だけをこちらに向ける。


 両目を失い、血に塗れた顔で、それでもルーカは穏やかに微笑んでいた。


「リーザスさん」


「……!」


「最後に一つだけ、教えてあげます」


 ルーカの声は、不思議と優しかった。


「ビアンカさんは、生きていますよ」


 リーザスの足が、止まる。

 頭が、真っ白になった。

 ビアンカ。死んだはずの、愛した人。戦争で失ったと、もう何年も前に諦めたはずの——その名前が、こいつの口から飛び出した。


「ゾラに、いますよ」


 リーザスの手から、力が抜ける。

 白銀の大剣が煙を上げてドロリと溶け、小さなトカゲの姿に戻って、地面に転がった。


 ルーカの姿が、闇の中に消えていく。

 リーザスは、動けない。

 追わなければ。問い詰めなければ。本当なのか、と。だが、体が言うことを聞かなかった。たった一言が、リーザスの全身から、力を奪い去っていた。


「ビアンカ……」


 その声は、虚しく洞窟の闇に吸い込まれていった。

 それが嘘か、真実か。ルーカは、答えを残さずに消えた。残されたのは、リーザスの胸を抉る、残酷な「置き土産」だけだった。

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