白銀の帰還
「オラァ! オラァ!!」
渾身のパウンドを、何発もルーカの顔面に叩き込むクレオ。
骨が砕ける音がする。鼻がひしゃげ、頬骨が陥没する。普通なら、とっくに絶命している一撃の連打。
だが——ルーカの顔は、潰れても一瞬で元通りに修復していく。
砕けた骨が戻り、裂けた皮膚が塞がる。まるで、時間が巻き戻るかのように。
「……ははっ、痛いですね。でも」
ボコボコにされながらも、ルーカは不気味な笑顔を崩さない。
ルーカの掌の魔眼が光り、至近距離から衝撃波が放たれた。
「がはっ!」
弾き飛ばされ、地面を転がるクレオ。
「ゼェ……ゼェ……バケモノが……」
立ち上がろうとするが、全身の傷が開き、大量の血が溢れ出す。
あれだけ殴り続けても、効いていない。無限の回復力の前では、どんな攻撃も無意味だった。
拳が、震える。意識が、遠のいていく。ここまで来て、まだ届かない。竜にも選ばれず、力もなく、それでも仲間のために立ち上がった男の限界が、刻一刻と近づいていた。
限界を迎えたクレオは、ついにガクンと膝をついた。
「ただの人間にしては、よくやりました」
立ち上がったルーカが、冷たくクレオを見下ろす。
「でも、物理攻撃で僕を殺すことは不可能です」
ルーカの手刀に、致死量の神聖力が宿る。
◇
「やめろ、ルーカ!!」
動けないリーザスが、血を吐くような声で叫ぶ。
「順番が変わっただけです。次は、あなただ」
ルーカが、手刀を振り下ろそうとした、その瞬間。
「……おい! 見ろ、おっさん!」
カモの声に、リーザスが背後を振り返る。
毒に苦しみ倒れていたメルナの胸元から、眩い『黄金の光』が溢れ出していた。
「メルナ……?」
その光は、これまでの赤黒い暴走の魔力とは、まるで違った。
禍々しさは、欠片もない。ただ、温かく、清らかで、見ているだけで心が洗われるような——神々しい光だった。
「あの娘の竜核が、周りの毒を吸い込んでやがる……!」
黄金の光が、波紋のように広がり、広場を覆っていた紫の瘴気を一掃していく。
「なんだ……空気が……」
膝をついていたクレオが、顔を上げる。
「なっ……!?」
ルーカが、初めて激しく動揺し、攻撃の手を止めた。
「あり得ない……対竜の猛毒が……無効化された?」
メルナの体から放たれる神々しい光が、密室を完全に浄化していく。
あれほど濃く立ち込めていた瘴気が、嘘のように消えていった。
竜たちを死に至らしめ、リーザスたちから力を奪った、あの絶望の毒が。たった一人の少女の力で、跡形もなく払われていく。
◇
「吸い込んだんじゃねえ……毒そのものを『浄化』しやがったんだ」
カモの声が、震えていた。
「浄化……? そんなことができる竜が、いるのか?」
「ああ。おとぎ話だと思ってたがな」
カモは、信じられないという目で、メルナを見つめる。
「あの娘の体にあるのは……この世界に竜を連れてきた始祖。『創世竜』の核だ」
「創世竜……」
リーザスは、その言葉を繰り返した。
メルナの竜核が、最高位の個体から移植されたものだとは聞いていた。だが、まさか——この世界の竜すべての、始まりの存在だったとは。
あの、いつもリーザスに「ママ」と甘えてくる少女。あの華奢な体の中に、世界の竜の起源が眠っている。にわかには、信じられなかった。だが、目の前で繰り広げられる奇跡が、それを証明していた。
そして同時に、リオンが「葬れ」とまで言った理由も、コーネリアが恐れた理由も、すべてが繋がった。これほどの力を、敵に渡すわけにはいかない。守らなければ。何としても。
「まさか、あの娘が……アズラドール様が探し求めていた……!」
驚愕で、ルーカの顔が引きつる。
その動揺ぶりが、メルナの存在がどれほどのものかを、何より雄弁に物語っていた。
アズラドール——その名は、ゾラの首魁を指すものなのか。メルナは、敵が血眼で探し求める、最重要の存在だったのだ。
その時——ドクン……!
リーザスの胸の石、ホロウから、黒い濁りが消え去った。
メルナの浄化の光が、ホロウをも、蘇らせたのだ。
ビアンカの愛が宿る石。メルナの竜核の力。二つの想いが、今、一つに重なって、リーザスを再び立ち上がらせる。
脈動を取り戻し、強烈な光を放ち始めるホロウ。
「……戻ったぞ」
リーザスの全身に、力が漲っていく。
あの竜闘気が、再び体を満たしていく。沈黙していた力が、堰を切ったように溢れ出す。膝をつき、守られるだけだった男が、今、立ち上がる。
「へっ! 息苦しいのはご免だぜ! 待たせたな、おっさん!」
カモが、元気を取り戻して叫ぶ。
「ああ。お前がいないと、始まらねえからな」
リーザスが、力強くカモの体を握りしめた。
シュゥゥゥッ!
強烈な闘気とともに、無敵の「白銀の大剣」が、再び姿を現す。
刃が、まばゆい光を放つ。その輝きは、絶望に沈んだ仲間たちを照らす、希望の光そのものだった。
絶望に沈んでいた戦場に、白銀の光が、帰ってきた。
——ここから、反撃が始まる。
誰からも選ばれなかった男と、その相棒の、逆襲が。




