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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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白銀の帰還


「オラァ! オラァ!!」


 渾身のパウンドを、何発もルーカの顔面に叩き込むクレオ。

 骨が砕ける音がする。鼻がひしゃげ、頬骨が陥没する。普通なら、とっくに絶命している一撃の連打。


 だが——ルーカの顔は、潰れても一瞬で元通りに修復していく。

 砕けた骨が戻り、裂けた皮膚が塞がる。まるで、時間が巻き戻るかのように。


「……ははっ、痛いですね。でも」


 ボコボコにされながらも、ルーカは不気味な笑顔を崩さない。


 ルーカの掌の魔眼が光り、至近距離から衝撃波が放たれた。


「がはっ!」


 弾き飛ばされ、地面を転がるクレオ。


「ゼェ……ゼェ……バケモノが……」


 立ち上がろうとするが、全身の傷が開き、大量の血が溢れ出す。

 あれだけ殴り続けても、効いていない。無限の回復力の前では、どんな攻撃も無意味だった。

 拳が、震える。意識が、遠のいていく。ここまで来て、まだ届かない。竜にも選ばれず、力もなく、それでも仲間のために立ち上がった男の限界が、刻一刻と近づいていた。


 限界を迎えたクレオは、ついにガクンと膝をついた。


「ただの人間にしては、よくやりました」


 立ち上がったルーカが、冷たくクレオを見下ろす。


「でも、物理攻撃で僕を殺すことは不可能です」


 ルーカの手刀に、致死量の神聖力が宿る。



   ◇


「やめろ、ルーカ!!」


 動けないリーザスが、血を吐くような声で叫ぶ。


「順番が変わっただけです。次は、あなただ」


 ルーカが、手刀を振り下ろそうとした、その瞬間。


「……おい! 見ろ、おっさん!」


 カモの声に、リーザスが背後を振り返る。


 毒に苦しみ倒れていたメルナの胸元から、眩い『黄金の光』が溢れ出していた。


「メルナ……?」


 その光は、これまでの赤黒い暴走の魔力とは、まるで違った。

 禍々しさは、欠片もない。ただ、温かく、清らかで、見ているだけで心が洗われるような——神々しい光だった。


「あの娘の竜核が、周りの毒を吸い込んでやがる……!」


 黄金の光が、波紋のように広がり、広場を覆っていた紫の瘴気を一掃していく。


「なんだ……空気が……」


 膝をついていたクレオが、顔を上げる。


「なっ……!?」


 ルーカが、初めて激しく動揺し、攻撃の手を止めた。


「あり得ない……対竜の猛毒が……無効化された?」


 メルナの体から放たれる神々しい光が、密室を完全に浄化していく。

 あれほど濃く立ち込めていた瘴気が、嘘のように消えていった。

 竜たちを死に至らしめ、リーザスたちから力を奪った、あの絶望の毒が。たった一人の少女の力で、跡形もなく払われていく。



   ◇


「吸い込んだんじゃねえ……毒そのものを『浄化』しやがったんだ」


 カモの声が、震えていた。


「浄化……? そんなことができる竜が、いるのか?」


「ああ。おとぎ話だと思ってたがな」


 カモは、信じられないという目で、メルナを見つめる。


「あの娘の体にあるのは……この世界に竜を連れてきた始祖。『創世竜』の核だ」


「創世竜……」


 リーザスは、その言葉を繰り返した。

 メルナの竜核が、最高位の個体から移植されたものだとは聞いていた。だが、まさか——この世界の竜すべての、始まりの存在だったとは。

 あの、いつもリーザスに「ママ」と甘えてくる少女。あの華奢な体の中に、世界の竜の起源が眠っている。にわかには、信じられなかった。だが、目の前で繰り広げられる奇跡が、それを証明していた。

 そして同時に、リオンが「葬れ」とまで言った理由も、コーネリアが恐れた理由も、すべてが繋がった。これほどの力を、敵に渡すわけにはいかない。守らなければ。何としても。


「まさか、あの娘が……アズラドール様が探し求めていた……!」


 驚愕で、ルーカの顔が引きつる。

 その動揺ぶりが、メルナの存在がどれほどのものかを、何より雄弁に物語っていた。

 アズラドール——その名は、ゾラの首魁を指すものなのか。メルナは、敵が血眼で探し求める、最重要の存在だったのだ。


 その時——ドクン……!


 リーザスの胸の石、ホロウから、黒い濁りが消え去った。

 メルナの浄化の光が、ホロウをも、蘇らせたのだ。

 ビアンカの愛が宿る石。メルナの竜核の力。二つの想いが、今、一つに重なって、リーザスを再び立ち上がらせる。


 脈動を取り戻し、強烈な光を放ち始めるホロウ。


「……戻ったぞ」


 リーザスの全身に、力が漲っていく。

 あの竜闘気が、再び体を満たしていく。沈黙していた力が、堰を切ったように溢れ出す。膝をつき、守られるだけだった男が、今、立ち上がる。


「へっ! 息苦しいのはご免だぜ! 待たせたな、おっさん!」


 カモが、元気を取り戻して叫ぶ。


「ああ。お前がいないと、始まらねえからな」


 リーザスが、力強くカモの体を握りしめた。


 シュゥゥゥッ!

 強烈な闘気とともに、無敵の「白銀の大剣」が、再び姿を現す。

 刃が、まばゆい光を放つ。その輝きは、絶望に沈んだ仲間たちを照らす、希望の光そのものだった。


 絶望に沈んでいた戦場に、白銀の光が、帰ってきた。

 ——ここから、反撃が始まる。

 誰からも選ばれなかった男と、その相棒の、逆襲が。

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