全視の絶望
ルーカが、あちこちを、第三の目を発動しながら見ている。
右を見る。
左を見る。
その魔眼が、ぎょろぎょろと、広場のあらゆる影を監視していた。
スッと、影から顔を出したゼファルドに、ルーカが剣を振り下ろす。
「そこだ!」
剣で、それを防ぐゼファルド。
「!」
「モグラ叩きみたいで、面白いですね」
ルーカが、嗤う。
影に潜って奇襲をかけるたび、先回りされる。完全に、動きを読まれていた。
「だが、遊びは終わりだ」
またもや、激しいルーカの蹴り。
強烈な一撃が、ゼファルドの脇腹を捉えた。
「ガッ!」
吹き飛んで、体勢を整えるゼファルド。
(ゼファルドの影潜りが……完全に読まれてる……!)
リーザスは、絶望的な気持ちで戦いを見ていた。
最強の暗殺者の能力が、まったく通用しない。あの「全部見える」目の前では、影に隠れることが、何の意味も持たない。
「舐めるなよ」
ゼファルドが、低く呟いた。
「うおおおおおお!」
闘気を、燃やす。
黒いオーラが、爆発的に膨れ上がった。
「竜爪剣!」
鋭い斬撃が、飛ぶ。
「!」
斬撃が、ルーカの顔を切り裂いた。
「ぐああああああああ!」
ドシャッと、ルーカが倒れる。
◇
「そうか。ゼファルドも、竜騎士になったんだ」
リーザスが、ハッとする。
「竜騎士、それもゼファルドの竜爪剣なら……」
あの竜爪剣だ。自分がベルモットたちを一蹴した、あの技。ゼファルドほどの実力者が放てば、その威力は計り知れない。これで、決まった——そう思った。
「ククククク、これが本物の竜爪剣か」
寝たまま、ルーカが笑った。
「!!」
リーザスとゼファルドが、息を呑む。
身体中が刻まれた状態で——脳まで見えるほどの重傷で、ルーカが、むくりと起き上がった。
「一度、受けてみたかったんだ」
「……貴様、不死身か」
ゼファルドが、警戒する。
「不死身じゃありませんよ。ただ、強力な治癒魔法をかけ続けているだけです」
ルーカの傷が、見る間に塞がっていく。
「もちろん、身体強化魔法も同時にね」
戦闘の構えを取るルーカ。
両腕を交差させた、ブラッディクロスの構え。
ダブルの飛竜剣——二連の斬撃波が、ゼファルドを襲う。
「ぐはっ!」
ゼファルドが、大ダメージで崩れ落ちた。
メルナが、リーザスの腕にしがみつきながら、苦しい息の中で戦場を見ている。
「ゼファルドさん……」
ルーカが、近づいていく。
恍惚とした表情で。
「聞いたことが、ありますよね。たまに竜騎士より強い聖騎士がいるって」
その目が、異様に輝いていた。
「それが僕です。僕はゾラの力で、最強の聖騎士になったんだ!」
「そうだ。僕が最強だ。あのセルエルより……」
ぶつぶつと、呟く。
目が、完全に据わっていた。狂気が、その横顔を覆っている。
幼馴染のセルエル。大好きだと言っていた、その相手。だが、その口ぶりには、愛情と同じだけの、暗い対抗心が滲んでいた。最強になりたい。誰よりも。あのセルエルよりも。ゾラの力に手を染めたのも、その歪んだ渇望ゆえだったのかもしれない。
その時——凄まじい踏み込みの音とともに、血まみれの男が、ルーカの側面に肉薄した。
「……!?」
クレオの拳が、ルーカの側頭部を、完璧に打ち抜く。
「俺を忘れてんじゃねえぞ、クソ野郎!!」
◇
吹き飛ばされ、地面を転がるルーカ。
リーザスとカモが、その光景を見ている。
「ふん、今俺が殴れたのは、テメエがゼファルドに夢中だったからだろ?」
クレオが、不敵に笑う。
「一度に一人しか追えねえんだな、その目」
クレオは、見抜いていた。
ルーカの「全部見える」目にも、限界がある。意識を一点に集中している時は、他が手薄になる。ゼファルドを追うのに夢中になっていた、その隙。竜に頼れない男だからこそ、観察と頭脳で、その綻びを突いたのだ。
「あなたごときが……今更」
クレオが、闘気弾を連発する。
「くっ」
ガードする、ルーカ。
「あなたごときだあ? 舐めてんじゃねえぞ」
ダッシュする、クレオ。
「俺は最前線で戦う、第八騎士団の内定者だ!」
クレオの右ストレートが迫る。ルーカは、下に避ける。
だが、その直後——クレオの膝が、ルーカの顔面に突き刺さった。
「テメエごときが、本来勝てる相手じゃねえんだよ」
回復しながら、手刀を振ろうとするルーカ。
その動きを、クレオは許さなかった。
タックルで、胴に組みつく。
「おっさんに負けてから、散々格技は練習したんだ!」
いつだったか、格技でリーザスに手合わせで負けたことがあった。あの悔しさを忘れず、クレオは黙々と格闘技を磨いてきた。竜に頼れない今、その地道な努力だけが、武器だった。
ルーカを、地面に叩きつける。
「こうやって相手の動きを封じて——」
四方固めから、馬乗りへ。
「自分の優位な体勢を作る!」
完璧な、寝技の体勢。
神聖力で身体強化したルーカでも、この体勢からは、容易に抜け出せない。どれほど治癒魔法を使おうと、動きを封じられては、反撃のしようがない。物理で殺せないなら、動きを止め続ければいい。クレオは、頭を使っていた。
「無限に回復するのか? 試してやろうじゃねえか」
クレオの渾身のマウントパンチが、ルーカの顔面を完璧に打ち抜いた。
「オラァ!!」




