影潜りの暗殺
「ゼファルド……! なぜお前がここに」
「俺は最速で竜と契約した。貴様が結界を張る前に竜を外へ逃がし、異変を探るべく、この山に残っていた」
ゼファルドが、淡々と答える。
「……竜と契約した貴方が、なぜこの瘴気の中で平気なんですか?」
ルーカが、訝しげに問う。
「俺の一族は、幼少期からあらゆる毒を体に取り込んで、耐性を作る。この程度の瘴気、少し息苦しいだけだ」
淡々とした口調だった。
幼い頃から毒を飲まされ続ける。それがどれほど過酷な育ち方か、想像に難くない。だが、その異常な生い立ちが、今この瞬間、彼を唯一の戦力にしていた。
「……厄介ですね」
「最初から貴様には違和感があった」
ゼファルドの目が、鋭くなる。
「聖騎士志望の男が、わざわざ竜騎士試験に来る必要はない」
「やだなあ。素直に、仲間への労いだと思ってくれなかったんですか?」
「悪いが俺は、誰も信用しない。それが第六騎士団だ」
ゼファルドの言葉に、迷いはなかった。
誰も信じない。その孤独な信条が、今この瞬間、ルーカの正体を見抜く目になっていた。
仲間を信じることが美徳とされる中で、ゼファルドだけは、最初から誰のことも疑い続けていた。皮肉なことに、その冷たさが、この惨劇の中で、唯一の正解だった。リーザスのように人を信じる者は、ルーカに欺かれる。ゼファルドのように人を疑う者だけが、罠を見抜ける。
「……なるほど。でも、竜もいないあなたに、何ができるんですか?」
ゼファルドの周囲に、黒いオーラが立ち上る。
「わかっていないのは貴様だ。俺は既に、竜と契約したんだぞ?」
ルーカが指を鳴らす。
死体兵たちが、一斉にゼファルドへ襲いかかった。
その瞬間、ゼファルドの足元から影が広がり、体が闇に沈み込んでいく。
(つまり既に、竜から与えられしスキルが使える)
死体兵の刃が、空を切る。
ゼファルドの姿が、完全に消えていた。
「消えた……!?」
リーザスが、絶句する。
◇
死体兵の一体の足元の影が、ゆらりと揺れる。
影の中から、ゼファルドが上半身を現した。
ズバッ!
手刀が、死体兵の首を正確に刈り取る。
ゼファルドは再び影に潜り、別の死体の影から飛び出した。
次々と、死体兵の首が飛ぶ。一体、二体、三体——。
「影から影へ、瞬間移動してやがる……! あれが奴の竜の能力か!」
カモが、声を上げる。
「存在ごと消えてる……暗殺者に、これ以上ない能力だ」
リーザスは、戦慄した。
影に潜れば、気配も、姿も、完全に消える。そこから、好きな影へ瞬間移動する。防ぐ術が、ない。
こんな力を持った男が、味方であってよかった。もし敵だったら、と思うと、ぞっとする。あの試験で、彼が真っ先に竜に選ばれたのも、頷ける話だった。
メルナが、リーザスの腕にしがみつきながら、戦場を見ている。
「すごい……一人で全部……」
ルーカの操る死体兵の反応速度では、影からの奇襲に、全くついていけない。
瞬きする間に、広場を埋め尽くしていた死体兵たちが、次々と切り刻まれていく。
無言のまま、殲滅を続けるゼファルド。
その顔に、感情はない。ただ、機械のように、正確に首を刈り取っていく。
怒りも、喜びも、ない。仲間を助けるためですらないのかもしれない。ただ、目の前の脅威を、淡々と排除しているだけ。その冷徹さが、かえって凄みを生んでいた。
最後の死体兵が、崩れ落ちた。
広場が、再び静寂に包まれる。
(こいつ……一人で全滅させやがった……)
リーザスは、呆然とした。
ゼファルドが、ルーカの背後の影から、ぬるりと姿を現す。
◇
ゼファルドの手刀が、ルーカの首筋にピタリと添えられた。
「少しでも動けば、その首を落とす」
「やったか……!」
リーザスが、思わず期待する。
だが——刃を突きつけられたルーカは、微動だにせず、ただ微笑んでいた。
「さすがゼファルドさん。やはり同期最強は、あなたでしたか」
「……」
「だが、僕には勝てない」
「この期に及んで、強がりか?」
その時、ルーカの体が、カッと光を放った。
「強がりではありませんよ。ただ、相性が悪い」
「何?」
ルーカが、手の甲で、ゼファルドのナイフをカチ上げる。
その動きは、先ほどまでとは別人のように、力強かった。
ルーカが、蹴りの構えを取る。
「僕の目は、まだ本気を出していませんから」
ドゴッ、と蹴りが放たれた。
「神聖力による身体強化が、これほどとはな……」
ゼファルドが、わずかに後退する。
「だが……」
再び、影に沈んでいくゼファルド。
(影の中を移動しているのか? こんなの、誰も勝てねえんじゃ……)
リーザスが、固唾を呑む。
影を、目で追うルーカ。
その第三の目が、ぎょろりと、影の動きを捉えていた。
「逃げても無駄ですよ。僕には『全部』見えていますから」
その言葉に、リーザスの背筋が凍った。
影潜りは、見えない相手への奇襲が真骨頂だ。だが、その姿が「見えて」いるなら——奇襲は、奇襲でなくなる。最強の暗殺者の能力が、ルーカの目の前では、丸裸にされてしまう。
相性が悪い。ルーカは、確かにそう言った。その意味が、今、最悪の形で証明されようとしていた。




