未契約の盾と暗殺者の刃
「第八騎士団の騎士として、俺がお前を倒す」
クレオが、ぎろりとルーカを睨む。
「クレオさん……」
「おっさん、メルナ、全部俺がなんとかしてやるからな」
クレオの声には、確かな覚悟が宿っていた。
いつものふざけた調子は、消えていた。仲間が殺されかけている。その一点だけで、この男は命を張る覚悟を決めていた。
「クレオ……この瘴気の中で、なぜお前だけ動けるんだ!」
リーザスは、信じられないという顔をした。
竜であるカモも、竜核を持つメルナも、ホロウを宿す自分でさえ、この毒に蝕まれて動けない。なのに、クレオだけが、平然と立っている。
「へっ……」
クレオが、自嘲気味に笑った。
「俺が竜と契約できなかったからだよ!」
「なるほど……ドラゴサイドは、竜とその契約者にしか効きませんからね」
ルーカが、納得したように頷く。
「未契約という挫折が、皮肉にも貴方を救ったわけですか」
竜に選ばれなかったこと。それは、クレオにとって最大の屈辱だったはずだ。
あの日、誰よりも喜んで竜の声に駆けていったクレオ。それなのに、契約には至らなかった。夢破れて、屍の山に倒れていた男。
だが今、その挫折が、彼を唯一の動ける戦力にしていた。皮肉という言葉では、片付けられない。選ばれなかった痛みを抱えた男だけが、今、ここで戦える。
「お前のせいで、俺が契約したかった竜が死んじまった」
クレオの声に、怒りが滲む。
あの竜は、クレオを呼んだのだ。確かに、呼んだ。なのに、契約を交わす前に、この男の毒で殺された。クレオにとって、それは仲間を奪われたのと同じだった。
「とにかく、ぶっ潰す!」
クレオが、死体兵に殴りかかった。
拳が、骨の刃を粉砕する。一体目の死体兵が、崩れ落ちた。
だが、二体目、三体目が群がってくる。
クレオの腕に、骨の刃が切りつけた。
「この程度……!」
傷を無視して、反撃。蹴りで死体兵を吹き飛ばす。
(クレオ……お前、こんなに強かったのか……)
リーザスは、目を見張った。
いつも軽口ばかり叩いていた、あのクレオが。竜にも選ばれず、自分と同じ「選ばれざる者」だと思っていた男が、今、満身の力で仲間を守ろうとしている。
だが、数が多すぎる。四体、五体と、押し寄せてくる。
そして何より——リーザス自身が、動けない。ホロウは沈黙し、闘気は一片も湧かない。守られるばかりの自分が、情けなかった。
◇
背後から、切りつけられる。
「がはっ……!」
クレオが、膝をついた。
「頑張りましたね。でも、彼らは何体壊されても、僕が魔力を注ぐ限り、何度でも立ち上がります」
ルーカの魔眼が、光る。
その第三の目へと、魔力が移動していくのが見えた。
「おっさんの、その胸の石に似てるな」
カモが、苦しげに言う。
「!」
「魔眼が生み出す莫大な魔力が、神聖力に変換されている」
「バカな、魔力と神聖力は水と油だぞ。交わるわけが……」
リーザスは、信じられなかった。
魔力と神聖力。本来、決して交わらない二つの力。それを融合させる——それこそが、ゾラの恐るべき技術なのだ。
「それをなんとかする技術なんだろうよ」
「!」
崩れたはずの死体兵が、再び立ち上がる。
そして、クレオもまた、立ち上がった。
「クレオ! やめろ、死ぬぞ!」
「うるせえ! 俺は第八騎士団の内定者だぞ! この程度で死ぬかよ!」
血を吐きながらも、クレオは立ち上がる。
だが、その足は、震えていた。
「無駄な抵抗です。大人しく、彼らの仲間入りをしてください」
ルーカが指を鳴らすと、死体たちがクレオとリーザスへ、一斉に殺到した。
◇
万事休すと思われた、その時。
ヒュンッ……!
闇の中から、音もなく、鋭い刃の閃光が走った。
ドサッ!
クレオに迫っていた死体兵の首が、切り飛ばされる。
ドササッ!
続けて二体、三体の死体兵が、崩れ落ちた。
誰も、その斬撃を捉えられなかった。気配すら、なかった。まるで、闇そのものが牙を剥いたかのように。
広場が、一瞬、静まり返る。全員が、息を呑んだ。
「な……誰だ……!?」
クレオが、目を見開く。
「……!」
リーザスも、言葉を失う。
「……!?」
ルーカの笑顔さえ、消えていた。
闇の中から、血を払いながら、男のシルエットが姿を現す。
冷徹な、目。
ゼファルドだった。
常に一匹狼で、誰とも群れず、誰も信用しない男。あの竜騎士試験でも、真っ先に竜の声を聞いて、一人で闇の奥へと消えていった。その彼が、今、ここにいる。
「ゼファルド……!」
リーザスは、思わず声を上げた。
なぜ、こいつがここに。なぜ、毒の中で平然と立っていられる。疑問は尽きないが、今はただ、その登場が、地獄に差した一筋の光のように思えた。
「こいつ……毒の中で、平気な顔してやがる……!」
カモが、驚愕する。
竜であるカモがこれほど苦しんでいる瘴気の中、ゼファルドは眉一つ動かしていない。それが、どれほど異常なことか。
「やはり貴様がネズミだったか、ルーカ」
ゼファルドの声が、静かに広場に響いた。
その双眸は、氷のように冷たく、ルーカだけを見据えていた。




