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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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魔眼の開眼

 魔法陣の結界の前に、リーザスたちは佇んでいた。

 紫の魔法陣が、脈打つように明滅している。


「僕の神聖魔法で、結界を中和してみます。背中を守ってください」


「ああ、頼む」


 ルーカが結界に手をかざし、リーザスが背後を警戒する。


(……待てよ?)


 ふと、リーザスの中に、引っかかりが生まれた。


「なあ、ルーカ。一つ、おかしくないか?」


「何がですか?」


「ゾラが麓の砦を襲ったなら、普通は学園側に逃げるはずだ」


 リーザスは、ゆっくりと言葉を続ける。


「なんでわざわざ険しい山を登って、行き止まりの山頂の出口から、逃げ込んだんだ?」


 ピタリと、結界に手をかざしていたルーカの動きが、止まった。


「……なるほど」


 ルーカが、ゆっくりと振り返る。

 いつもの、温厚な笑顔のままだった。


「咄嗟の言い訳にしては、少し無理がありましたね」


 その声色は、変わらない。

 優しいまま。だからこそ、ぞっとした。

 いつもの後輩の顔で、いつもの口調で、しかしその目の奥には、見たこともない冷たさが宿っていた。


「さすがですね、リーザスさん」


 ルーカが、手の甲を見せた。



   ◇


 メリメリッ……!


 ルーカの手の甲から、魔眼が開いた。

 皮膚を裂いて現れた、それは——眼球だった。人間のものではない。縦に裂けた瞳孔を持つ、異形の目。


 その目から、禍々しい紫色の瘴気が、ドクドクと噴き出し、広場を包み込んでいく。

 空気が、淀む。視界が、紫に染まる。呼吸をするだけで、肺の奥が灼けるようだった。


「ゲホッ……! な、なんだこの瘴気は……!」


 カモが、苦しげにむせる。


「あ、頭が……痛い……!」


 メルナも、頭を抱えてうずくまった。


 竜であるカモと、竜核を持つメルナが、激しく苦しみ、倒れ込む。


 リーザスが闘気を練ろうとするが——胸の石、ホロウが黒く濁り、沈黙した。


「ダメだ……おっさんの石も、竜の化石だ……! 毒にあてられて、エネルギーが……」


 力が、抜けていく。

 あれほど漲っていた竜闘気が、嘘のように引いていった。ベルモットたちを退けた、あの力。それが、今は一片も湧いてこない。立っているのが、やっとだった。


「ふざけるな……ルーカ、お前一体何をした!」


「どうせここから生きては出られませんから、教えてあげますよ」


 ルーカは、穏やかに語り出す。


「この毒は、竜にだけ効く『ドラゴサイド』。ゾラの新兵器です」


 いつもの優しい笑顔のまま、恐ろしい事実を口にする。


「こちらの竜にも、効果は抜群でしたね。かなりの竜を殺せました」


 あの竜たちの死は、こいつの仕業だったのか。

 リーザスの中で、点が線へと繋がっていく。


「僕の任務は、セイラムの空の戦力をここで削ることですから」


 リーザスが、戦慄する。

 空の戦力——つまり、竜だ。竜騎士試験という、国中の有望な竜と騎士が一箇所に集まる、この機会。それを狙って、ルーカは紛れ込んでいた。何年も前から、この一日のために。


「任務だと……!」



   ◇


「お前……ゾラの人間だったのか……!」


「ええ、この学校に入る、ずっと前から」


「バカな! お前はだって、騎士団長セルエルの幼馴染じゃないか」


「ええ。だから、セルエルには本当に申し訳ないと思っていますよ」


 ルーカは、寂しげに微笑んだ。


「僕は彼が大好きですしね。本当のことを言えないのは、辛かったなあ」


「何言ってんだ! 奴らは俺たちの仲間を、たくさん殺してるんだぞ」


「でも、いつか彼もわかってくれると思いますよ。ゾラの理念の、正しさを」


 その口ぶりに、迷いはなかった。

 罪悪感を口にしながら、まるで矛盾を感じていない。仲間を愛していると言いながら、その仲間を平然と裏切り、殺す。ルーカという男の、底知れない異質さが、リーザスの背筋を凍らせた。


「本当なのかよ……だってお前は……」


 かつての優しかったルーカとの日々が、リーザスの脳裏をよぎる。

 一緒に訓練した日。寮で笑い合った夜。応援に駆けつけてくれた、あの朝。

 あれは、全部、嘘だったのか。

 いや——嘘ではなかったのかもしれない。だからこそ、余計に救いがない。本心から慕いながら、本心から裏切る。そんな人間が、目の前にいる。


「ああ、リーザスさんの彼女さんも、この戦争で亡くなったんですよね」


「!」


 ビアンカ。

 その名を、こいつの口から出されたくはなかった。


「でも、それが戦争です。仕方がないじゃないですか?」


 むかつくほど、平然とした顔。


 リーザスの拳が、震える。

 歯を食いしばっても、言葉が出ない。怒りが、喉の奥で渦巻いている。


「ああ、そうだ。一応、聞きます」


 ルーカが、首を傾げた。


「僕と一緒に、ゾラに入りませんか」


「は?」


「歳は関係ない。ゾラの技術があれば、リーザスさんは、無敵の戦士になれますよ?」


 その誘いは、甘く、そして——どこまでも、冒涜的だった。

 ビアンカを奪った国。仲間を殺した国。今まさに、目の前で竜の死骸を量産した国。そこへ来い、と。よりにもよって、その彼女の名を口にした直後に。

 リーザスの中で、何かが、静かに燃え始めていた。

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