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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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血の海

 上層の回廊を、三人は進んでいた。

 天井から光が差し込み、空気が変わっていく。湿った洞窟の匂いに、外の風が混ざり始めた。


「出口が近いぞ。この先が、山頂の広場だ」


 リーザスが、足を速める。


「ようやくカビ臭い空気とお別れだな」


 カモが、肩の上で伸びをする。


「ママ、外の空気です。……でも何か、変な匂いが」


 メルナが、ふと顔をしかめた。


(……鉄の匂い?)


 リーザスも、それに気づく。

 むせ返るような、生臭い匂い。嗅ぎ慣れない、それでいて、本能が拒絶する匂いだった。


 巨大な門が見えてきた。

 その先の広場に、リーザスは足を踏み入れる。


 ——足が、止まった。


 そこは、凄惨な血の海だった。


 無数の受験者たちの死体が、転がっている。

 若い騎士志願者たち。ついさっきまで、夢を抱いてこの山に挑んでいたはずの者たちが、物言わぬ骸となって、累々と横たわっていた。


 リーザスは、その光景に、言葉を失った。

 あの広場で、覚悟を示すために剣を突き立てた連中。ゼファルドに続いて、次々と地面に刃を刺していった、あの若者たち。彼らの剣もまた、いつか「墓標」になる——そう思った、あの予感が、現実になっていた。あまりにも、早く。


「ッ……!」


 メルナが、口を押さえる。


 そして、その奥に——巨大な飛竜たちの骸が、何体も横たわっていた。


「竜が……死んでる?」


 リーザスは、信じられないという顔をした。


「受験者だけじゃなく、竜もか……!?」


(試験で人間が死ぬのは、わかる。だが竜が大量に死ぬなんて、聞いたことがない。何があった)


 あれほど強大な竜たちが、傷一つ見当たらないまま、命を失っている。

 異常だった。明らかに、ただの試験の光景ではない。


「……おい、おっさん。嫌な予感がする。ちょっとあの竜を調べさせろ」


 カモの声が、緊張していた。



   ◇


 カモが、リーザスの肩から飛び降りた。

 最も近い飛竜の骸に駆け寄り、その胸元に、前足を当てる。

 目を閉じて、集中する。


「……やっぱりだ。こいつの体内の魔力炉が、完全に壊れてやがる」


 カモは、別の竜にも前足を当てた。


「こいつもだ。魔力を、根こそぎ吸い尽くされてる」


「外傷で死んだんじゃないのか……」


「外傷なんか一つもねえ。全部、体の中から蝕まれて死んでやがる」


 カモの声に、ぞくりとするものが混じっていた。

 同じ竜として、その死に様は、見ているだけで恐ろしいのだろう。爪も牙も、何の役にも立たずに、ただ内側から命を吸い尽くされて死ぬ。それは、戦って死ぬよりも、はるかに無惨な最期だった。


「何が、そんなことを……」


 その時、メルナが、竜の骸の近くで立ち止まっていた。

 その右手が、微かに震えている。


「……ママ」


「メルナ?」


「この竜たちの近くにいると……私の竜核が、ざわつきます」


「! メルナ、離れろ!」


 リーザスが、メルナの腕を引いて、竜の骸から遠ざける。


「……おっさん、ただの試験の事故じゃねえぞ、こりゃ」


 カモが、険しい顔でリーザスを見た。


「この山全体に、何かが仕掛けられてやがる。……竜を殺す、毒だ」


「毒……だと?」


 リーザスの背筋に、冷たいものが走った。

 竜を殺す毒。そんなものが、この世界に存在するのか。そして、それを撒いたのは、誰だ。



   ◇


「と、とにかく外に出るぞ!」


 リーザスが、出口へと走る。


(これは異常事態だ。外に出て、ヴィクトール校長たちに知らせないと……!)


 バアンッ!

 見えない壁に、リーザスたちが弾き飛ばされた。


「な、なんだこれは!」


 巨大な魔法陣の壁が、門の前にバリアのように展開されていた。


「これは魔法です。誰かが、外に出られないように結界を……!」


 メルナが、青ざめる。


 その時、暗がりから、よろめく影が現れた。


「リ、リーザスさん……」


「ルーカ! なんでお前がここに!? お前は外で待っていたはずだろ!」


「ゾラが、攻めてきたんです。僕は避難のために、出口から山に入りました」


 ルーカが、息も絶え絶えに言う。


「そしたら、閉じ込められてしまったんです……」


「ゾラが……!」


 敵国ゾラ。長きにわたり、セイラムと戦争を続けてきた、宿敵。


「ヴィクトール校長や、ダミアンはどうなったんだ!?」


「わかりません。僕も、無我夢中で……」


 ルーカは、力なく俯いた。

 いつもの、人懐っこい後輩の顔。寮で「頑張ってください、待ってますから」と見送ってくれた、あのルーカだ。リーザスは、混乱しながらも、彼が無事だったことに、わずかな安堵を覚えていた。


 メルナが、リーザスの袖を強く掴んだ。


「ママ……この結界、普通の魔法じゃないです。竜の魔力で出来ています」


「竜の魔力だと……?」


 リーザスは、改めて目の前の魔法陣を見上げた。

 禍々しく脈打つ、その壁。死んだ竜たちと、同じ気配がする。


(ゾラの侵攻。竜の大量死。竜の魔法で閉じられた結界。……一体、何が起きてるんだ)


 断片的な情報が、頭の中で繋がりそうで、繋がらない。

 だが、一つだけ確かなことがあった。これは、偶然などではない。誰かが、明確な意図を持って、この惨劇を引き起こしたのだ。


 驚愕する、リーザス、メルナ、カモ。

 血の海の中に閉じ込められ、出口は塞がれた。

 最悪の状況が、静かに牙を剥こうとしていた。

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