一太刀
「メルナ、下がってろ」
リーザスが、低く言った。
「でもママ……!」
「いいから。……お前は絶対に、魔法を使うな」
振り返らずに、静かに言い切る。
「……はい」
メルナが、壁際まで後退した。
ベルモットが、蛇腹剣をしならせる。
「随分余裕じゃねえか、おっさん。前は泣きベソかいて倒れてたくせによ」
「今度こそバラバラにしてあげるわぁ♡」
奪われたソードドラゴンの鱗剣を構えるバークレー。
(相手は二人とも武器持ち。こっちは素手。カモが剣になれるのは、一太刀だけ)
リーザスは、冷静に状況を整理する。
不思議だった。本来なら、こんな二対一の死合いを前にすれば、心臓が暴走して、指先まで震えていたはずだ。あがり症のリーザスにとって、こういう「本番」こそが最大の敵だった。
だが今は、心が凪いでいた。守るべきメルナがいて、背中には相棒がいる。それだけで、こんなにも違うのか。
(外したら、終わる。……だから絶対に外さねえタイミングで使う)
「行くぞバークレー!」
「はぁい♡」
ヒュンッ!
ベルモットの蛇腹剣が鞭のようにしなり、リーザスの首を狙う。
四方から、不規則な軌道で連撃が襲いかかる。
(あれ?)
リーザスは、闘気を纏った腕で、それを弾いた。
拍子抜けするほど、あっさりと。
「!!」
ベルモットが、目を見開く。
「前言撤回だ、カモ。もう剣も必要ねえかもしれない」
◇
「な、なんだ急に余裕出しやがって」
ベルモットとバークレーが、たじろぐ。
肩の上で、カモが何かを察したように笑った。
「おいおい、せっかくなんだ。出し惜しみすんなよ」
「そうか」
「……?」
メルナが、首を傾げる。
「おい、お前ら。普通の騎士と、竜騎士が使う技の差ってわかるか?」
リーザスが、問いかける。
「りゅ……竜爪剣の事か?」
「ああ」
「竜爪剣だったら、バークレーが使える」
「うふ」
バークレーが、得意げに笑う。
「じゃあ見せてあげる。アタシの……竜爪剣を!」
バークレーが、複数の斬撃を飛ばす。
リーザスは、それを避けなかった。
ドカン、と直撃する。
「バカめ! 直撃しやがった」
ベルモットが、勝ち誇る。
「……って」
砂煙の向こう、リーザスの足元。
平然と、リーザスが立っていた。
「無傷だと!?」
「違うんだよ」
リーザスが、静かに言う。
「確かに、複数の斬撃を飛ばすぐらいは、俺もできた。だけど、本物の竜騎士の竜爪剣は……竜と契約した人間が放つ、竜闘気じゃなきゃいけない」
そして、手を差し出す。
「カモ!」
「応ッ!!」
カモが、リーザスの手に飛び乗った。
ドクンッ!!
リーザスの胸のホロウから、莫大なエネルギーがカモに流れ込む。
全身が熱い。血が沸き立つようだ。今までの闘気とは、根本から質が違う。これが、竜と契約した者だけが扱える力——竜闘気。
「お前らに、初めて見せてやるよ」
カモの体が、白銀の大剣へと変貌していく。
リーザスの体を、いつもとは違う質の闘気が覆った。
「竜闘気による——本物の竜爪剣を……」
◇
「なっ!? なんだその剣は!」
ベルモットが、叫ぶ。
「ずっと素振りで練習してきた技だ。……実戦は初めてだがな!」
リーザスが、剣を構える。
白銀の刃から、竜の爪を模した巨大な闘気の斬撃が放たれた。
「竜爪剣!!」
セイラム王国の竜騎士が放つという竜爪剣。
その斬撃は、一振りで数十もの斬撃を放つという。さらにその一撃一撃には、竜と契約した者の闘気が込められており——射程圏内に入った者が逃げることなど。
「ぶぎゃあああああ!」
吹き飛ぶ、バークレーとベルモット。
——絶対に、不可能なのである。
リーザスは、刃を返した。
「安心しろ。峰打ちだ」
白煙が晴れる。
白目を剥いて倒れている、ベルモットとバークレー。
リーザスは、倒れた二人を見下ろした。
ベルモットが、うっすらと目を開ける。
「……なんで、殺さねえんだ……」
リーザスは、背を向けた。
「俺らは同じ学校の生徒同士だぞ? 何いってんだ?」
殺し合いを仕掛けてきた相手だ。だが、リーザスにとっては、それでも同じ夢を追う仲間だった。竜に「贄を捧げろ」とそそのかされ、道を踏み外しただけ。憎みきることなど、できなかった。
「……チッ」
悔しそうに、ベルモットが目を閉じる。
メルナが、駆け寄ってきた。
カモも、元の姿に戻っている。
「ママ! すごかったです!」
「ああ、実は俺も驚いている。俺がこんなに——強くなるなんて」
自信。
その感覚を持つのは、いつ以来だろうか。
若い頃には、確かに持っていたであろう、その感覚を。リーザスは、久しぶりに実感していた。
十年間、試験に落ち続けた。ノミの心臓と笑われ、自分の実力を、自分自身が一番信じられずにいた。練習では百発百中なのに、本番では震えて何も出せない。そんな自分が、ずっと嫌いだった。
だが今、リーザスは確かに、自分の力で二人を退けた。
誰に媚びることもなく、誰の影に隠れることもなく。
——あの夜、月明かりの下で剣を振り続けた、三十歳の自分に、教えてやりたかった。お前の努力は、無駄じゃなかったぞ、と。




