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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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一太刀


「メルナ、下がってろ」


 リーザスが、低く言った。


「でもママ……!」


「いいから。……お前は絶対に、魔法を使うな」


 振り返らずに、静かに言い切る。


「……はい」


 メルナが、壁際まで後退した。


 ベルモットが、蛇腹剣をしならせる。


「随分余裕じゃねえか、おっさん。前は泣きベソかいて倒れてたくせによ」


「今度こそバラバラにしてあげるわぁ♡」


 奪われたソードドラゴンの鱗剣を構えるバークレー。


(相手は二人とも武器持ち。こっちは素手。カモが剣になれるのは、一太刀だけ)


 リーザスは、冷静に状況を整理する。

 不思議だった。本来なら、こんな二対一の死合いを前にすれば、心臓が暴走して、指先まで震えていたはずだ。あがり症のリーザスにとって、こういう「本番」こそが最大の敵だった。

 だが今は、心が凪いでいた。守るべきメルナがいて、背中には相棒がいる。それだけで、こんなにも違うのか。


(外したら、終わる。……だから絶対に外さねえタイミングで使う)


「行くぞバークレー!」


「はぁい♡」


 ヒュンッ!

 ベルモットの蛇腹剣が鞭のようにしなり、リーザスの首を狙う。

 四方から、不規則な軌道で連撃が襲いかかる。


(あれ?)


 リーザスは、闘気を纏った腕で、それを弾いた。

 拍子抜けするほど、あっさりと。


「!!」


 ベルモットが、目を見開く。


「前言撤回だ、カモ。もう剣も必要ねえかもしれない」



   ◇


「な、なんだ急に余裕出しやがって」


 ベルモットとバークレーが、たじろぐ。


 肩の上で、カモが何かを察したように笑った。


「おいおい、せっかくなんだ。出し惜しみすんなよ」


「そうか」


「……?」


 メルナが、首を傾げる。


「おい、お前ら。普通の騎士と、竜騎士が使う技の差ってわかるか?」


 リーザスが、問いかける。


「りゅ……竜爪剣の事か?」


「ああ」


「竜爪剣だったら、バークレーが使える」


「うふ」


 バークレーが、得意げに笑う。


「じゃあ見せてあげる。アタシの……竜爪剣を!」


 バークレーが、複数の斬撃を飛ばす。


 リーザスは、それを避けなかった。


 ドカン、と直撃する。


「バカめ! 直撃しやがった」


 ベルモットが、勝ち誇る。


「……って」


 砂煙の向こう、リーザスの足元。


 平然と、リーザスが立っていた。


「無傷だと!?」


「違うんだよ」


 リーザスが、静かに言う。


「確かに、複数の斬撃を飛ばすぐらいは、俺もできた。だけど、本物の竜騎士の竜爪剣は……竜と契約した人間が放つ、竜闘気じゃなきゃいけない」


 そして、手を差し出す。


「カモ!」


「応ッ!!」


 カモが、リーザスの手に飛び乗った。


 ドクンッ!!

 リーザスの胸のホロウから、莫大なエネルギーがカモに流れ込む。

 全身が熱い。血が沸き立つようだ。今までの闘気とは、根本から質が違う。これが、竜と契約した者だけが扱える力——竜闘気。


「お前らに、初めて見せてやるよ」


 カモの体が、白銀の大剣へと変貌していく。

 リーザスの体を、いつもとは違う質の闘気が覆った。


「竜闘気による——本物の竜爪剣を……」



   ◇


「なっ!? なんだその剣は!」


 ベルモットが、叫ぶ。


「ずっと素振りで練習してきた技だ。……実戦は初めてだがな!」


 リーザスが、剣を構える。

 白銀の刃から、竜の爪を模した巨大な闘気の斬撃が放たれた。


「竜爪剣!!」


 セイラム王国の竜騎士が放つという竜爪剣。

 その斬撃は、一振りで数十もの斬撃を放つという。さらにその一撃一撃には、竜と契約した者の闘気が込められており——射程圏内に入った者が逃げることなど。


「ぶぎゃあああああ!」


 吹き飛ぶ、バークレーとベルモット。


 ——絶対に、不可能なのである。


 リーザスは、刃を返した。


「安心しろ。峰打ちだ」


 白煙が晴れる。

 白目を剥いて倒れている、ベルモットとバークレー。


 リーザスは、倒れた二人を見下ろした。

 ベルモットが、うっすらと目を開ける。


「……なんで、殺さねえんだ……」


 リーザスは、背を向けた。


「俺らは同じ学校の生徒同士だぞ? 何いってんだ?」


 殺し合いを仕掛けてきた相手だ。だが、リーザスにとっては、それでも同じ夢を追う仲間だった。竜に「贄を捧げろ」とそそのかされ、道を踏み外しただけ。憎みきることなど、できなかった。


「……チッ」


 悔しそうに、ベルモットが目を閉じる。


 メルナが、駆け寄ってきた。

 カモも、元の姿に戻っている。


「ママ! すごかったです!」


「ああ、実は俺も驚いている。俺がこんなに——強くなるなんて」


 自信。

 その感覚を持つのは、いつ以来だろうか。

 若い頃には、確かに持っていたであろう、その感覚を。リーザスは、久しぶりに実感していた。


 十年間、試験に落ち続けた。ノミの心臓と笑われ、自分の実力を、自分自身が一番信じられずにいた。練習では百発百中なのに、本番では震えて何も出せない。そんな自分が、ずっと嫌いだった。


 だが今、リーザスは確かに、自分の力で二人を退けた。

 誰に媚びることもなく、誰の影に隠れることもなく。

 ——あの夜、月明かりの下で剣を振り続けた、三十歳の自分に、教えてやりたかった。お前の努力は、無駄じゃなかったぞ、と。

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