お礼参り
ズズン……ッ!!
アシッドドラゴンの巨体が、崩れ落ちる。
強靭な鱗ごと真っ二つに両断された首が、地響きとともに転がった。
「ふぅ……」
白銀の大剣を構えたリーザスが、安堵の息を吐く。
シュゥゥゥ……。
大剣が光を放ちながらドロドロに溶け、元の小さな竜の姿へと戻っていく。
「ゼェ……ゼェ……。すげえ威力だが、やっぱ燃費がバカになんねえな……」
息も絶え絶えのカモが、リーザスの足元にへたり込んだ。
「大丈夫か、カモ。……だが、最高の切れ味だったぞ」
リーザスは、カモを拾い上げて、肩に乗せた。
「ママッ! 怪我はないですか!?」
メルナが、駆け寄ってくる。
「ああ、無傷だ。……これで一応、俺も竜と契約したってことになるんだよな」
リーザスは、自分の胸の石と、肩のカモを見比べた。
「へっ、当たり前よ。お前は立派な『竜騎士』だぜ、おっさん」
「……飛べない竜と、おっさんの竜騎士か。笑えるな」
リーザスは、苦笑する。
夢に見た、銀色の竜の背に乗る竜騎士とは、まるで違う。だが、不思議と悪い気はしなかった。
メルナの目に、涙が溜まっている。
「……本当に良かった、ママ」
リーザスは、メルナの頭をポンと撫でた。
「心配かけたな」
そして、上を見上げる。
「さて、試験の条件は満たした。こんな穴底からは、おさらばしようぜ」
遥か上方に続く、険しい縦穴。
そこを抜けた先に、ようやく、出口がある。
◇
「メルナ、しっかり捕まってろよ」
「はい、ママ」
メルナは、リーザスの背中にしがみつき、幸せそうに顔をくっつけている。
リーザスはメルナを背負い、闘気で身体を強化して、岩壁を跳躍しながら登り始めた。
その身のこなしは、軽やかだった。ホロウの力なのか、契約の力なのか。体に、力が漲っている。
「……それにしても、静かだな」
カモが、肩にしがみつきながら周囲を見渡す。
「俺が気絶してからもう丸一日は経ってる。試験も終盤だ」
リーザスは、岩壁を蹴りながら答えた。
「優秀な奴らは、とっくに脱出してる。ダメだった奴らも、出口に向かってる頃合いだろ」
「底の底にいる俺たちが、一番ビリの居残り組ってわけだ」
「ビリでも、生きて帰れりゃ十分だ」
テンポ良く岩壁を蹴り、どんどん上へと登っていく。
「にしても、おっさん。お前に聞いときたいんだが」
カモが、ふと声をひそめた。
「俺は剣だけじゃねえぞ。槍にも、盾にも、斧にもなれる。万能の武器だ」
「マジか! それはすげえな」
「ただし全部、お前の闘気と、あの石の力次第だがな」
カモは、そう言って、背中にいるメルナを、じっと見た。
「……なあ、姉ちゃん。お前、一体何者だ?」
「え……?」
「お前の体内にある竜核の波動を感じたんだ。古代竜の俺でも、背筋が凍るほどの気配だった」
カモの声が、真剣味を帯びる。
「しかもその竜核のエネルギーが、おっさんの胸の石に流れ込んでやがる。つまり、俺の燃料の大元は、お前ってことだ、姉ちゃん」
メルナの表情が、不安げに曇った。
「もし完全に覚醒したら、とんでもねえ化け物クラスの竜になる。……お前、自分が怖くねえのか?」
メルナは、俯いた。
自分の中に眠る、得体の知れない力。それは、いつもメルナの心に影を落としている。
「……お前がどうなろうと、俺が面倒みる。だからそんな顔すんな」
リーザスが、照れ臭そうに、前を向いたまま言った。
その一言に、メルナの顔が、ぱっと明るくなる。
◇
ダンッ!
リーザスが大きく跳躍し、縦穴を抜けて、上層の回廊へ着地した。
「よし、元のルートに戻ったぞ。このまま進めば、出口の広場だ」
「へっ、ようやくカビ臭い空気とお別れできるぜ」
「ママ、あそこに誰か……」
カツン……、カツン……。
前方から、複数の足音が近づいてくる。
リーザスが警戒し、メルナを庇った。
薄暗い回廊の奥から姿を現したのは——。
「クソが! 上の階層の竜、なんで全部死んでやがる!」
ベルモットだった。
「兄ちゃん、これじゃ俺たち契約できないよぉ……」
バークレーも、後ろからついてくる。
二人の足が、止まった。
「……は?」
リーザスを見て、ベルモットの目が見開かれる。
「おいおい冗談だろ……? あの高さから落ちて、生きてやがったのか」
「あはは! しかも何そのチビトカゲ! そんなゴミと契約したの?」
バークレーが、嘲笑する。
「テメエ、今なんつった……!」
カモが、ぴくりと反応した。
「イラついてたところだ。憂さ晴らしに、肉片にしてやるよ」
二人が、下劣な笑みを浮かべ、武器を構える。
「……カモ」
「おう」
「お前、もう一回剣になれるか」
「……せいぜい、一太刀だぞ」
リーザスは、ニヤリと笑った。
かつての自分なら、武器を持った相手二人を前に、心臓が暴走して震えていただろう。だが今は——不思議と、肝が据わっていた。仲間を傷つけ、騙し、メルナを「贄」にしようとした奴ら。その報いは、きっちり返してやる。
「十分だ。ちょっと『お礼参り』をしてから、帰るとするか」
白銀の光が、再びリーザスの右腕に集まり始めた。




