カモ
「契約だとお?」
リーザスが、訝しげに聞き返す。
「ああ、そうだ。俺の名はカスティリオ・モルガナイト。他の竜からは、カモと呼ばれている」
小さなトカゲのような竜が、胸を張った。
「こう見えても、由緒正しき古代竜種の金剛竜だ」
「金剛竜だと? そんなもん、聞いたことねえぞ」
「そりゃそうさ。世界に何頭もいない、希少種だ」
カモが、ふんぞり返る。
「そんな貴重な俺様から、お前に提案がある。俺と契約して、竜騎士にならないか?」
「!」
(まじかよ。俺が、竜に選ばれた!? ってことは、俺もついに竜騎士に……!)
リーザスの脳内に、巨大な竜に乗って大空を駆ける、ヒロイックな自分のイメージが浮かんだ。
あの夢で見た光景。銀色の竜の背で、風を受ける自分。それが、今、現実になろうとしている——
十年。いや、それ以上、追い求めてきた夢だ。誰からも雑兵と笑われ、ノミの心臓と馬鹿にされてきた自分が、ついに竜騎士になる。その瞬間が、すぐそこに。
「っていや、いやいやいやいや!」
我に返って、リーザスは目の前のチビトカゲを見た。
「お前、そもそも俺を乗せて飛べるのか?」
「……まあ、絶対に無理だな」
カモが、あっさり言う。
「俺は自分自身ですら、ほとんど飛べねえ。お前みたいなおっさん乗せたら、潰れちまう」
「もしかして幼竜って事か? これから成長するとか……」
「舐めんなよ。俺は立派な成竜だ。これ以上、成長するわけねえだろ」
ドヤ顔で、カモが言い切る。
「は?」
リーザスが、真顔になった。
◇
「行こう、メルナ」
「はい、ママ……!」
メルナは、怯えたようにリーザスの腕に、ギュッとしがみついている。
「待て待て待てい! 無視すんな!」
カモが、慌てて追いすがる。
「おっさん、自分を高く見積もってんじゃねえぞ? お前を選ぶ竜が、俺以外にいると思ってんのか?」
「!」
「言っておくが、竜は若い人間の魂を好むんだ。本来、お前みたいなおっさんは、絶対に選ばない」
「ぐぐっ」
痛いところを、突かれた。
「……にも関わらず、お前は俺を拒んだ。何様だよ!」
「いや、だって竜に乗るから、竜騎士なんだって」
「頭が硬い!」
カモが、ぴしゃりと言う。
「だからおっさんはダメなんだ! 固定観念に縛られすぎている! そんな魂だから、お前らおっさんは、竜から相手にされないんだ!」
「……」
「本来、これはお前に渡された、唯一で最高の奇跡なんだよ!」
(た、確かに、こいつの言う通りだ……でも……何か……!)
リーザスは、考え込んだ。
カモの言葉は、いちいち正論だ。誰からも選ばれなかった自分に、唯一声をかけてくれた竜。普通なら、飛びつくべき話だ。
だが——どこかに、引っかかりがあった。
「おかしい……」
「あ?」
「よく考えたら、お前だっていつまでも人間と契約できないのも、おかしいだろ?」
「……!」
カモの動きが、止まった。
「確かに飛べないのはデメリットだ。だが、竜と契約したら本来、人間は何かの能力を手に入れる」
リーザスは、じっとカモを見据える。
「だったら、飛べなくても、お前と契約してくれそうな人間は、今までいたはずだ。なのに、なぜいない!?」
カモの目が、泳いだ。
「お前、何か隠してるな!?」
◇
「ギクッ!」
図星を突かれ、カモが冷や汗を流す。
「……あ、ああ、そうだ。俺の能力は『万能の武器』になることだ。だが……」
カモは、観念したように、白状した。
「燃費が最悪なんだよ! 並の人間じゃ、俺の硬化に魔力を吸われて、一瞬で干からびちまう!」
「!」
「だから俺は、誰からも選ばれなかった! 飛べない、使えない、ただの石ころ扱いだ!」
カモが、自虐的に叫ぶ。
その声には、数百年分の、孤独と屈辱が滲んでいた。
乗れない竜。燃費の悪い竜。そのたびに人間は、嘲笑を残して去っていった。何百年も、何千回も。期待しては裏切られ、また期待しては裏切られ——いつしかカモは、自分のことを「価値のないもの」だと、信じ込むようになっていた。
「だが! お前の胸に埋まった、その石の莫大なエネルギーがあれば……俺は、最高の剣になれる!」
それは、嘆願にも、祈りにも聞こえた。
「この石が……」
リーザスは、胸にめり込んだ石に触れた。
(なんでビアンカから貰った石が、めり込んでるんだ。でも……すげえ力を感じる)
「その石、私の竜の魔力を吸いました。今は、生きています」
メルナが、静かに言った。
「……!」
その時。
ズズン……と、重い足音が、洞窟の奥から近づいてきた。
「ッ……ママ、この気配」
メルナが、リーザスの袖を強く引く。
「さっき志願者を二人、溶かした竜です」
暗闇の中から、全身から不気味な酸を滴らせる巨体が、姿を現した。
「騒がしいですね、カモ。……また人間に媚びているんですか?」
「!!」
(こいつが……あの二人を殺した竜か)
「今日は生贄祭。たくさん人間が殺せる、素晴らしい日です」
アシッドの口の中から、エイリアンのような小さな口が覗き、酸の涎を垂らして迫る。
「まあ、あなたのような飛べない雑魚竜には、関係ないでしょう。目の前で見ていなさい」
アシッドの目が、リーザスたちを舐めるように見た。
「私が、この人間たちを捕食するところを!!」




