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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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空白(ホロウ)


 暗闇の中を、リーザスは漂っていた。


 寒くて、重い。死の淵で、意識が、ゆっくりと沈んでいく。

 その時、懐かしい声が、闇の奥から響いてきた。


『……ザス……リーザスさん』


 一通の手紙の文面が、闇の中に浮かんでは、消える。


『こっちの地方では、「竜の心臓」と呼ばれている石です』


 ビアンカ。

 その笑顔が、まぶたの裏に蘇る。

 もう、二度と会えない人。それでも、忘れたことなど一日もなかった、愛しい人。


『ただの石かもしれませんが、私の愛情はたっぷり込めておきました。だからきっと、効果があるはずです。試験の時も、これを握りしめて頑張ってくださいね』


(ああ……そうだ。これは、お前がくれた……)


 胸の奥が、じんわりと熱くなっていく。

 死にかけて、ようやく思い出した。この石は、ただのお守りじゃない。あの人の愛情そのものだったのだ。何度試験に落ちても、捨てずに持ち続けてきた、たった一つの宝物。


『心から愛しています』


 その「愛」の熱さが、胸元の石を通じて、全身へと広がっていく。

 そして、別の声が、重なった。


『ママ! 死なないで!!』


「……メルナ?」


 二つの声が重なり合い、胸の石が——激しく、脈打ち始めた。



   ◇


 現実世界。


 シュゴオォォォ!!

 リーザスの胸のペンダントが、メルナから溢れ出る赤い魔力を、掃除機のように吸い込み始めた。


「なっ!? 魔力を吸ってやがる!?」


 カモが、目を丸くする。


「吸い込まれた、禍々しい破壊の魔力が……石の中で濾過され、生命の力へと変換されてやがる……!」


 カモの声が、驚愕に震えた。


「信じられねえ……そいつは『空白』か!?」


 人間の姿に戻ったメルナが、首を傾げる。


「ホロウ……?」


「太古に滅んだ、古代の竜の化石だ!」


 カモが、興奮してまくしたてる。


「そいつは、空っぽの器だ! だが、強力すぎる魔力を吸うと——本来の竜の力を発揮しやがる!」



   ◇


「姉ちゃんの、そのバカでかい魔力が、枯渇した石の燃料になったんだ!」


 光が、リーザスの全身を包み込んでいく。

 青白かった頬に、じわじわと赤みが差していく。


 背中の傷が、信じられない速度で細胞分裂を起こし、新しい皮膚が再生していった。

 そして傷が塞がるのと同時に、胸のペンダントの「石」が、ずぶずぶとリーザスの肉体へと沈み込んでいく。


 光が収まると、リーザスの呼吸は、穏やかな寝息へと変わっていた。


「……んぅ……」


 うっすらと、リーザスが目を開ける。


 夢の残滓が残る、ぼやけた視界。

 そこに、泣き顔のメルナが映った。


「……ビ……アンカ?」


「ビアンカ?」


 メルナの表情が、固まる。


「……違います。ママ、私はメルナです。メルナ!」


 必死に、呼びかける。


「メル……ナ」


 視界が、はっきりとしてくる。


「!!」


 リーザスは、ハッと我に返り、ガバッと上半身を起こした。


「ここはどこだ!? あいつらは!?」


 激しい動作にも、痛みはない。

 ふと、自分の胸元が、赤く光っていることに気づいた。


「……ん? なんだこの光……って、うおおおおッ!?」


 リーザスは、絶句した。


「なんだこりゃあああ!? ペンダントの石が……胸に埋まってるぞ!?」


 リーザスの胸の中央に、竜の心臓——ホロウが、完全に一体化していた。


「ママ……! よかったぁぁぁ!」


 混乱するリーザスに構わず、メルナが泣きながら抱きついた。

 その小さな体は、まだ震えていた。リーザスが死にかけている間、この子がどれほどの恐怖と絶望を味わったのか——その震えが、何より雄弁に物語っていた。



   ◇


「いってぇ! 急に抱きつくな! ……って、背中痛くねえぞ?」


 自分の完治した体に、リーザスが驚く。

 あれほどの深手だったはずなのに、傷跡ひとつ、残っていない。


 その様子を、カモは離れた場所から、じっと見ていた。

 その視線は、リーザスの胸に埋まった「石」に、釘付けだった。


(あの石……肉体と同化しやがった。とんでもねえ古代遺物だ)


 カモの目が、商人のように、怪しく細められる。


(俺の「硬さ」と、あの胸に埋まった石の「エネルギー」……)


(……組み合わせりゃ、化けるぞ)


 カモが、ニヤリと笑った。


(へっ……こいつは拾いモンだ。あのおっさん、とんでもない「燃料」を、その身に宿しやがった)


 数百年、待ち続けた。乗れない、使えないと、誰からも見捨てられてきた。

 だが、あの石さえあれば——状況は、ひっくり返るかもしれない。あの男は、ただの瀕死の中年ではない。自分が外の世界へ羽ばたくための、唯一無二の「鍵」なのだ。


 「ただのカモ」から、「利用価値のある投資対象」へ。

 リーザスを見るカモの目が、その瞬間、決定的に変わった。


 カモは、岩陰から飛び出し、ズカズカと二人の元へ歩み寄った。


「おいおっさん! 生きてるなら、さっさと起きろ!」


 偉そうに、声をかける。


「あん?」


 抱きつくメルナを引き剥がしながら、リーザスが振り向く。


「感動の再会は、そこまでだ」


 カモは、瓦礫の上で仁王立ちした。


「命の恩人の俺様と、大事な話があるだろ?」


 リーザスは、胸の石を気にしつつ、怪訝な顔をする。


「……な、なんだこの喋るトカゲは?」


 カモが、不敵に笑った。


「契約の話を、しようじゃねえか」

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