血戦
「竜が、俺たちを殺せと!?」
リーザスは、信じられないという顔をした。
「そうだ。契約の条件は『ライバルの排除』」
ベルモットが、こめかみをトントンと指差す。
「さっきから、頭の中にガンガン響いてくるんだよ」
そして、凶悪な笑みを浮かべた。
「『我を欲すれば、力を示せ。贄を捧げよ』ってね」
「贄だと……?」
「要は『強い竜と契約したけりゃ、仲間の首を持ってこい』ってことだ」
「アタシたちの狙ってる竜、グルメだからぁ♡」
バークレーが、舌なめずりをする。
二人から、ドス黒い闘気が溢れ出した。
(マジかよ……竜ってのは、そんな野蛮な生き物なのか?)
リーザスは、冷や汗を流しながら後退る。
契約のために、人を殺す。竜の世界の論理は、人間のそれとは、根本から違っていた。
いや——と、リーザスは思い直す。
ベルモットたちが、本当にその命令に従っているのか。それとも、もともと奪う気だった奴らに、竜の声がちょうど都合のいい口実を与えただけなのか。どちらにせよ、結果は同じだ。目の前の二人は、本気でこちらの首を狙っている。
遊びでも、脅しでもない。
ここで負ければ、自分もメルナも、文字通り「贄」として喰われる。
(落ち着け……落ち着けリーザス。あがってる場合じゃねえ)
それでも、心臓は早鐘のように打っていた。
最悪のタイミングで顔を出す、あがり症。その悪癖が、今まさに、指先の震えとなって現れている。
ヒュンッ!!
ベルモットが、踏み込んだ。
突き出された「舌の剣」が、槍のようにリーザスを襲う。
「うおっ!?」
リーザスは、紙一重で首を逸らした。
それでも、頬が裂け、つっと血が滲む。
(はええ! 布だと思って油断すると、死ぬぞ!)
「アタシも混ぜてよぉ!」
ブンッ!
奪われた「鱗の剣」が、豪快な横薙ぎで迫る。
「くそっ!」
リーザスは、バックステップでかわす——が、背中は既に壁だった。
ドォォン!
鱗の剣が、壁の岩を粉砕する。砕けた岩片が、四方に飛び散った。
(威力おかしいだろ! こいつ、闘気量がやべえ!)
ヒュンヒュンと、ベルモットが剣を鞭のようにしならせる。
「へっ、逃げ場はねえぞ。大人しく首を置いてけ!」
ズオオと、バークレーが闘気を噴出させた。
「ずるいよ。そいつの首は、アタシがもらうわぁ」
リーザスは構えるが、その手は震えていた。
(こっちは素手、相手は武器持ちの二人……やべえ)
◇
「……加速」
メルナが、低く呟いた。
ギュンッ!
その姿が、かき消えるほどの速度で動く。
ドゴッ!!
「ぐえっ!?」
反応できずに顔面を殴られ、ベルモットが吹き飛んだ。
「ママをいじめる奴は……許しません」
メルナの瞳が、赤く発光する。
その頬に、「竜の鱗」が、ぞわりと浮き上がり始めた。
「この女ぁ!」
バークレーが、鱗の剣で殴りかかる。
ガシィッ!
メルナは、片手でその剣の腹を、受け止めた。
「!?」
ミシッ……ミシッ……。
メルナの指が、鋼鉄の鱗に、めり込んでいく。
「嘘でしょ……素手で……!?」
ドォォン!!
空いた手で、メルナがバークレーの腹に拳を叩き込む。
「グッふうぅぅ!!」
巨体が、くの字に折れた。
「バカ! メルナ! 魔法は使うなと言ったろ!」
リーザスが、駆け寄る。
「ママは……私が……守る……コロス……」
メルナの焦点が、合っていない。
こめかみから、小さな「角」が、生えかけていた。
(ヤベえ、竜化が進んでる!)
「バカ野郎! 娘を守るのは、親の役目だ!」
リーザスは、メルナの肩を掴んで揺さぶった。
「お前が人じゃなくなったら……俺は耐えられねえ!」
「ッ……」
リーザスの声に、メルナの瞳から、赤い光が少し引いた。
(って、あれ、俺何言ってんだ?)
言ってから、リーザスは我に返る。
(ママ、ママって懐かれたから、親心出ちまったのか?)
立ち上がってくるバークレーたちを見る。
(親じゃねえのに。てか、ママどころか、おっさんなのに!)
それでも、体は動いた。
メルナを背に庇うように、リーザスは構える。
理屈ではない。この子を、人でなくしてはならない。その一心だった。
◇
ダダダッ!
構えながら、リーザスが走り出す。
(こうなったら、全闘気を飛ばして、目くらましにするしかねえ!)
「食らえ! 竜爪……爆撃掌ッ!!」
リーザスの掌から、暴風のような闘気の塊が放たれた。
「小賢しい!」
ベルモットが、蛇腹剣を回転させ、全ての闘気弾を叩き落とす。
「まとめて死になさいよぉ!」
バークレーが、剣に闘気を乗せ、巨大な斬撃を飛ばした。
カッ!
回避不能の斬撃が、動けないメルナへと迫る。
(くっ!)
ドンッ!
リーザスは、両手を広げて、メルナの前に立ち塞がった。
背中で全てを受け止める、仁王立ち。
ズバァァァン!!
リーザスの背中が、深々と切り裂かれる。
「ごおおおおおッ!!」
「ママ!」
「大丈……夫、だ……」
ドサッ……。
リーザスが、膝から崩れ落ちる。
背中から、大量の血が流れ出していた。
(やべえ……意識が飛ぶ……大ダメージだ……)
視界が、霞んでいく。
「ママァァァァァ――ッ!!」
メルナの絶叫。
その体が、再び竜へと変わろうとする。
「なんだ? この女、気味悪い……」
ベルモットとバークレーが、トドメを刺しに歩み寄る。
「逃げろ……メルナ……」
リーザスは、必死で顔を上げる。だが、力が入らない。
(ダメか……このままじゃ、二人とも……)
絶望が、心を支配しかけた——その時。
『……おい』
リーザスの頭に、直接「声」が響いた。
『助けてやろうか?』
(え……?)
霞む視界。
天井を見上げたリーザスの目に映ったのは——。




