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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第三章 竜騎士試験編
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選ばれざる者たち

 天井の岩陰から、眼下の戦いを見下ろしている、小さな影があった。


 その生き物は、一見すると、ただのトカゲのようだった。

 だが、全長一メートルにも満たないその背中には、申し訳程度の——小さな翼が、生えていた。


 彼は、グレートロックマウンテンに住まう「竜」であった。


 子竜ではない。生まれ落ちて数百年、既に成熟した成竜である。

 突然変異か、あるいは呪いか。生まれつきの小さな体と、飛べない翼ゆえに、彼は同族から、ずっと侮蔑されてきた。


 いつか竜騎士と契約して、この山を出たい。

 それが、彼の唯一の願いだった。だが、人間たちは誰一人として、「乗れない」彼を、竜とは認めなかった。乗れない竜に、価値はない。そう言わんばかりに、誰もが彼を素通りしていった。


 そんな彼の前に——その男は、現れた。


 血まみれになりながら、メルナを庇うリーザス。

 カモは、その姿を、じっと見下ろしていた。


 数百頭の竜から、選ばれなかった中年男。

 誰からも声がかからなかった、「残り物」。


 カモには、わかった。同じ匂いがする、と。

 乗れない竜。選ばれない男。どちらも、世界から「お前は要らない」と告げられ続けてきた存在だ。だからこそ、誰よりも惨めで、誰よりも、外の世界に焦がれている。


(……本来、あんな中年とは契約したくねえ)


 カモは、ニヤリと笑った。


(だが、この山を出られるなら、贅沢は言ってられねえ!)


 乗れない竜と、選ばれない男。

 吐き捨てられた者同士。それでも、互いを必要とすることはできる。

 数百年待った。たった一人でいい。自分を「相棒」と呼んでくれる人間が。あの満身創痍の男が、その最後の希望かもしれないのだ。


 カモが、天井から身を躍らせた。



   ◇


 視点は、リーザス。


 霞む視界。背中を焼くような、激痛。


(もう……ダメか……?)


 意識が、急速に遠のいていく。

 ベルモットとバークレーが、トドメを刺しに歩み寄ってくるのが、ぼんやりと見えた。


 その時、頭上から「影」が落ちてくるのが見えた。


(岩……?)


 ドゴォォォォォン!!


 凄まじい衝撃音とともに、落下物がバークレーの脳天を直撃した。


「ぶぎゅっ!?」


 バークレーが、白目を剥いて卒倒する。


「なっ、なんだ!?」


 ベルモットが、ぎょっとして身構えた。

 もうもうと立ちのぼる煙の中から、何かが、ころころと転がり出てくる。



   ◇


「いってぇぇ……タイミング間違えた!」


 現れたのは、小さなトカゲのような竜だった。


(トカゲ……? こいつが、落ちてきたのか?)


 薄れゆく意識の中で、リーザスは、その小さな背中を目撃する。


「チッ、なんだこのトカゲは。……邪魔だ!」


 ベルモットが、ゴミを払うように蛇腹剣を振るった。


「ひぃぃぃ!」


 カモが、頭を抱える。


 ガギィィィン!!

 激しい金属音とともに、火花が散った。


 カモは、恐る恐る目を開ける。

 無傷だった。剣のような鱗が、ベルモットの斬撃を、勝手に弾いていたのだ。


(あ、助かった……)


 そして、カモは、ベルモットが驚いている隙を見逃さなかった。

 二足歩行で、立ち上がる。


「おいそこの女! その瀕死のおっさん抱えて、ついてこい!」


「え!?」


 メルナが、目を見開く。


 二足歩行で、エリマキトカゲのように走りながら、カモが振り返った。


「さっさとしろ! 死にたいのかバカ女!」


「は……はい」


 涙目のメルナが、とっさにリーザスを抱える。


「その右奥の亀裂に飛び込むぞ!」


 カモが指し示す先に、地面の亀裂が見えた。

 底は、見えない。


「亀裂!?」


「行くぞ!」


 カモは、躊躇なく飛び込んだ。


「!」


「逃がすか!」


 気を取り直したベルモットが、再び剣を突き出す。


 メルナは、奈落のような亀裂を見て、一瞬、迷った。



   ◇


 剣が、飛んでくる。


「死ね!」


 メルナは、リーザスを抱えたまま、頭から亀裂へと滑り込んだ。


 ズザザザザッ!


 ガギンッ!

 ベルモットの剣先が、亀裂の入り口の岩を、ガリッと削る。


 暗闇の滑り台を、猛スピードで滑り落ちていく三人。


「がはっ……ぐぅ……」


 衝撃で、リーザスの傷口から、血が飛び散る。


(や、やべえ……)


 朦朧とするリーザス。


(意識が……)


 視界が、暗転していく。



   ◇


 亀裂の入り口。


 ベルモットが、穴の中を覗き込む。

 底は見えず、冷たい風が吹き上げてくるだけだった。


「……チッ。逃げられたか」


 倒れているバークレーを、ちらりと見る。


「おい、起きろハゲ。置いてくぞ」


 バークレーが、頭を振りながら起き上がる。

 その隣で、ベルモットは冷酷に呟いた。


「まあいい。内定者を仕留めたんだ。少なくとも、ダミアンは喜ぶだろう」


 仕留めた、と彼は言った。

 あの傷だ。生きてはいまい。そう確信していた。


「……まずはとにかく、強い竜と契約するんだ」



   ◇


 亀裂の、底。


 ピチョン……。

 水滴が、洞窟の水溜まりに落ちる音が、静寂に響く。


 倒れている、メルナとリーザス。

 二人とも、ぐったりと動かない。


 それを、少し離れた岩の上から見下ろしているカモがいた。

 その目が、暗闇で、怪しく光っていた。


 助けたのは、善意からではない。

 この男が死ねば、また数百年、独りに戻るだけ。それが、嫌だっただけだ。


(おい、おっさん。頼むから、くたばるなよ)


 カモは、ぴくりとも動かないリーザスの背中を見つめながら、心の中で呟いた。


(お前は……俺の、最後のチャンスなんだからな)

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