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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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剣竜


 目の前の闇から現れたのは、全身が刃物のような、鋭利な鱗で覆われた竜だった。


剣竜ソードドラゴン……!」


 リーザスは、思わず呟いた。


(こんなの、竜図鑑でしか見たことがねえ。この山には、こんな竜もいるのか!?)


 体表のあらゆる場所から、無数の刃が突き出している。触れただけで、皮膚が裂けるだろう。


(だが、あんな体表じゃ、騎竜としては使えない。ここは何とかやり過ごして……)


 この山に住む竜の全てが、騎竜に向いているわけではない。そもそも竜騎士が乗る騎竜の多くは、スタンダードな飛竜タイプだ。だがこの山には、翼すらない竜も、こうして生息している。乗れない竜は、敵でしかない。


 剣竜が、リーザスたちを敵と認識し、低い唸り声を上げた。


「!」


「下がってください、ママ。私が雷撃で……」


 メルナが右手を掲げると、バチバチと、不穏な黒い雷が走った。


 ——竜が騎士の実力を測る竜騎士試験において、竜との戦闘は禁じられていない。

 ただし、帯刀は禁止。騎士には、己の力のみで戦うことが求められる。


(だが、魔法が使えるメルナがいるのは、圧倒的に有利!)


 リーザスは、内心で胸を撫で下ろした。


(俺、メルナがいれば、余裕で生き残れるんじゃね?)


「サンダーソー——」


 直後。

 ドクンッ!


「ぐっ……!?」


 メルナが、胸を押さえて膝をついた。

 苦悶の表情。詠唱が、途中で止まる。


「しまった! やめろメルナ、魔法を使うな!」


 リーザスは、ハッとした。


(そうだった! 今のメルナは……)


 脳裏に、リオンの言葉が蘇る。


『いいか、先日の暴走で、竜核との癒着が進んでいる。次に理性を失って竜化すれば、二度と人には戻れないと思え』


「魔法は使うな! また暴走するぞ! ここは俺が、なんとかする!」


 リーザスは、前に出た。

 頼みの綱だったメルナの力が、封じられた。

 ——つまり、自分が、やるしかない。


 剣竜が、巨大な尾を振り上げる。

 その尾の先には、巨大な剣のような棘が、ずらりと生えていた。



   ◇


 ブンッ!!


 空気を切り裂く音とともに、尾が薙ぎ払われた。


「くっ!」


 リーザスは、うずくまるメルナを背に庇い、咄嗟に飛び退いた。

 すぐ眼前を、刃の塊が通り過ぎる。風圧だけで、頬が切れそうだった。


「こっちだ!」


 リーザスは、メルナをその場に残し、竜を挑発するように駆け出した。

 メルナから引き離す。彼女を、戦いに巻き込まないために。


「ママ……!」


 メルナの不安げな声が、背中に届く。


 剣竜が、リーザスを追う。

 だが——逃げ込んだ先は、行き止まりだった。壁に追い詰められる。


 逃げ場が、ない。

 剣の尻尾が、頭上で振り上げられた。


(防ぐしかねえ! コーネリアさんの言葉を信じろ!)


 あの言葉を、信じるしかない。あんたぐらい闘気が強ければ、竜の一撃ぐらい耐えられる——


 リーザスは、両腕をクロスさせた。

 全身の闘気を、その一点に、ありったけ集中させる。


「闘気硬化ッ!!」


 ガギィィィン!!


 激しい金属音と、火花が散った。

 リーザスの腕が——剣竜の刃を、受け止めていた。


「ぐぐぐぐ……ッ!」


(お、重い……! けど、斬れてねえ! 俺、すげえええ!)


 コーネリアの言葉は、本当だった。鍛え上げた闘気が、刃を防いでいる。腕は痺れ、骨が軋むが、斬られてはいない。


「!?」


 剣竜が、驚いたように身を引いた。

 獲物が、斬れなかった。その事実に、戸惑っている。


(今だ!)


 リーザスは、好機を逃さなかった。

 受け止めた尾の棘——剣のような鱗を、渾身の力で、鷲掴みにする。


「うおおおおおお!!」


 バキィッ!!


「ギャオオオオオッ!!」


 剣竜が、悲鳴を上げた。



   ◇


 リーザスの手には、引き剥がされた巨大な「剣の鱗」が握られていた。

 長さ一メートルほどの、天然の刃。ずっしりとした手応えがある。


「悪いな! ちょっと借りるぜ!」


 リーザスは、鱗の剣を構えた——が、すぐに踵を返す。

 勝てる相手ではない。戦うべきは、今ではない。


「逃げるぞメルナ! 走れるか!?」


「は、はい……!」


 メルナが、胸を押さえながら立ち上がる。


 リーザスは、鱗の剣を振るって、壁の鍾乳石を破壊した。

 もうもうと立ちのぼる粉塵が、煙幕代わりになる。その隙に、二人は脇の通路へと駆け込んだ。


 ——どれほど走っただろうか。


 少し開けた、鍾乳洞の空間。

 ぜぇぜぇと息を切らして、二人は逃げ延びた。


「はぁ、はぁ……ここまで来れば、追ってこれないだろ……」


 リーザスは、壁に手をついて息を整える。

 そして、手に入れた「剣の鱗」を、しげしげと眺めた。試しに、マントの端を切ってみる。


 しゅるり。

 ボロ布のような作業着が、一瞬で裂けた。


「すげえ切れ味だ。一瞬で裂けた」


 リーザスは、切れたマントの布を、鱗の下の部分——握る部分に、ぐるぐると巻き付けた。

 即席の、柄の完成だ。


「へっへ。剣ゲット!」


 苦境の中でも、武器を一つ手に入れた。それだけで、少し気が楽になる。


「……申し訳ありません、ママ。私が、足手まといに」


 メルナが、しゅんと落ち込んでいた。


「気にするな。お前のその力は、ここぞという時まで、温存しておけ」


 リーザスは、ポンとメルナの頭に手を置いた。

 責めるつもりは、毛頭ない。むしろ、無理に魔法を使わせなくてよかった。


 その時——。


「へぇ。丸腰で剣竜の攻撃を防いだ上に、素材まで剥ぎ取ってくるとはねぇ」


 男の声がした。

 岩陰から、ぬらりと二人の男が現れる。


 バークレーと、ベルモットだった。



   ◇


「ダミアンゼミ……! お前ら、まだいたのか」


 リーザスが、警戒の声を上げる。


 バークレーが、ニタニタと笑いながら近づいてきた。


「ええ。あたしたちは『選り好み』してるのよぉ。雑魚竜と契約しても、意味ないしぃ」


 ベルモットが、リーザスの持つ「鱗」を、じろりと見た。


「その鱗……いい業物になりそうだ。よこせよ、おっさん」


 リーザスは、鱗の剣を構えた。


「断る。これは俺が、命がけで手に入れたんだ」


「ふん、命がけ? 笑わせる」


 シュルル……。

 ベルモットの袖口から、蛇のような鎖剣が、ぬるりと伸びた。


「おい、武器の持ち込みは禁止のはずだろ!」


「これは、俺の体の一部だ」


 ベルモットが、冷たく言い放つ。


「……検査官の目は、節穴でね」


 バークレーも、ボキボキと拳を鳴らした。


「あたしたちの狙いは、強い竜と契約すること。……そして、ライバルを減らすこと♡」


(最悪だ。野生の竜から逃げたと思ったら、今度は人間かよ)


 リーザスは、奥歯を噛んだ。


 メルナが、リーザスの前に出ようとする。

 その瞳孔が、再び——縦に、裂け始めていた。


「……消します」


「馬鹿、やめろ! 戻れなくなるぞ!」


 リーザスは、慌ててメルナを制止した。

 ここで竜化すれば、メルナは二度と人に戻れない。それだけは、させられない。


「お喋りは、終わりだ」


 ベルモットが、殺気を放ちながら踏み込んだ。


「……死ね!」


 ヒュンッ!

 蛇腹剣が、不規則な軌道で、リーザスの首を狙う。


「くっ!」


 手に入れた「鱗の剣」で、弾く。

 ガギンッ!


(重い! こいつ、竜より殺気が強えぞ……!)


 野生の竜とは、また違う恐ろしさ。明確な殺意を持った人間の刃が、執拗にリーザスを狙ってくる。


 その時。


『……おい、おっさん』


「え?」


 再び、頭の中に声が響いた。

 今度は、メルナの声でも、敵の声でもない。


 リーザスの、足元の影。

 そこから、じっとこちらを見つめる「目」が、あった。


『上だ。上を見ろ』


 リーザスは、思わず天井を見上げた。


 そこには——鍾乳石に擬態して張り付いている、巨大なトカゲのような竜が、いた。


『……へっ、やっと気づいたか。ノミの心臓』


 その竜——カモが、ニヤリと笑った気がした。

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