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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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生贄達

「聞こえる!」


「私も!」


 グレートロックマウンテン、試練の間。

 受験者たちが、次々と声を上げていた。頭の中に響く竜の声に導かれ、一人、また一人と、入り口近くの広場から消えていく。


 二十四人いた竜騎士試験の受験者は、その全てが——何かの声に導かれ、闇の奥へと吸い込まれていった。


 その背中を、リーザスは黙って見送った。


「……」


 最後の一人が見えなくなる。

 広場に、静寂が落ちた。


(マジかよ。俺、なーんにも聞こえないんだけど)


 リーザスは、耳に手を当ててみる。

 もちろん、そこから聞こえるわけではない。だが、そうせずにはいられなかった。


(え、これ……俺だけ、竜に選ばれてないってこと? 何百頭も竜がいる、この山の中で?)


 脳裏に、かつての炎竜の言葉が蘇る。


『おっさんの魂じゃ、輝けない』


(とは聞いたけど……本当に!? 誰も、俺を必要としない!?)


 リーザスの表情が、苦しげに歪んだ。


(苦しい。覚悟はしていたけど……苦しい)


 数字で「三割が死ぬ」と言われた時とは、また違う痛みだった。あれは恐怖。これは——拒絶だ。何百という竜がいて、その誰一人として、自分を選ばない。


(記念受験だって、言い聞かせてたけど……実際こうなると、やっぱ心が痛え)


 強がりが、剥がれていく。

 夢を諦めたふりをして、傷つかないよう予防線を張っていた。だが、現実の拒絶は、予防線など易々と越えてくる。


(やっぱ、そもそも受験すべきじゃなかったんじゃ……)


「ママ!」


 メルナの声が、思考を断ち切った。


「メルナ! お前も、何も聞こえないのか?」


「はい。私に声をかけてくる竜は、いないようです」


「そ、そうか。お前は若いのに……」


 意外だった。メルナほどの実力者なら、引く手数多かと思っていた。


「おそらく、私が持つ竜核に、恐れをなしているのかも知れません」


 メルナは、淡々と続けた。


「私の竜核は、竜族の最高位の個体から移植されたものですから……」


「そ、そうか」


(じゃあ、やっぱり選ばれてないのは、俺だけってことじゃないか!)


 メルナのは「恐れられている」。リーザスのは「興味を持たれていない」。同じ無音でも、意味がまるで違う。リーザスは、密かに肩を落とした。


「じゃあ、もう今日は見学ってことで、洞窟ハイキングでもするか!」


 から元気を振り絞って、リーザスは明るく言った。

 どうせ選ばれないなら、せめて生きて帰ろう。それでいい。それで——


「……聞こえた」


 メルナが、ぽつりと呟いた。


「え?」


「襲われている、受験者の声が」


 リーザスの背筋が、ぞくりと冷えた。



   ◇


 別の坑道。


 全身から煙を上げて、一人の男が転がり回っていた。受験者のトマンだ。


「あああああああああああああああああああ!」


「トマン!」


 その傍らで、女——イロハスが、腰を抜かしている。


 ポタッ、ポタッ。

 竜の牙から、溶解液の滴が垂れた。

 床に落ちるたび、シュウウウウウと音を立てて、白い煙が立ちのぼる。


「ああ、熱い……俺の顔が……」


 トマンの顔は、溶けて爛れていた。

 もはや、人の形を保っていない。


「!」


 イロハスは、恐怖のあまり失禁した。

 その足元に、一頭の竜が佇んでいる。


「何だ? 私と契約したかったのではないのか? 随分、痛がり屋だな」


 アシッドドラゴン。

 ぬめりと光る、異形の竜だった。映画に出てくる異星生物を思わせる、おぞましい姿。それが、ゆっくりとイロハスの方を向く。


「お前は、どうだ」


 竜の声は、嘲るようだった。


「契約とは、契り。どうだ、私と契りの接吻を……」


 ぐぱり、と口を開く。

 その口の中から——さらに小さな、第二の口が、ぬるりと突き出してきた。


「キャアアアアアアアア!」


 イロハスの絶叫が、坑道に響き渡った。



   ◇


 メルナのいる場所。


「今、二人……絶命しました」


 メルナが、静かに告げる。


「え……」


「強力な酸で、全身を溶かされたようです」


 メルナは、目を閉じたまま続けた。


「ママ、左奥の道はやめましょう。性悪な竜が、潜んでいるようです」


「ま、マジかよ。なんで、そんなことわかるんだよ」


「魔法で、聴力を上げました。ここは視界が悪いですから」


「……」


 リーザスは、言葉を失った。

 たった今、二人の人間が、すぐ近くで溶かされて死んだ。それを、こんなにも冷静に告げるメルナ。彼女がそういう世界で生きてきたのだと、改めて思い知らされる。


「ほ、ほんとに、死んだのか?」


「はい。間違いありません」


 リーザスは、戦慄した。

 ここは、夢の試験会場ではない。

 正真正銘の、殺し合いの場だった。



   ◇


 二人は、坑道を慎重に歩いた。


(わかっちゃいたけど……マジで死ぬのか? 酸で溶かされる?)


 あの光景が、頭から離れない。


 ふと、コーネリアの言葉が蘇る。


『大丈夫だって。あんたぐらい闘気強ければ、竜の一撃ぐらい、なんとか耐えられるわよ』


(コーネリアさんは、ああ言ったけど……闘気だけで、強力な酸なんて防げるのか、怪しいぜ)


 騎士達を絶命させる溶解液が、闘気で防げるとは思えない。骨まで溶かすような酸を、根性論で耐えられるはずがない。


 リーザスは、振り返った。


(目指すのは、竜に選ばれることじゃねえ。無事に、この山から生きて帰ることなんじゃ……)


 遠くで、鋼鉄の扉が、ゴゴゴと音を立てて閉まっていく。


 竜騎士の試練が始まった時点で、入り口の門は、分厚い扉で塞がれる。

 それは古くから、セイラム王国と、グレートロックマウンテンに住まう竜との間で交わされた、取り決めであった。


 試験に臨んだ者は、山中の坑道をたどり、山頂近くの出口から出るしか、脱出の方法はない。

 出てくるのは、見事竜と契約できた者。そして、契約できなくとも、生き残った者のみ。


 先ほどの、イロハスとトマンの亡骸。


 なお、出てこなかった者について、国が捜索することはない。


 戻らぬ者たちは、すべて——竜族への生贄として、処理される。


 その時、リーザスは、暗闇の奥に気配を感じた。


 ズズッ……と、何かの足が動く。


 暗がりの中で、ゆっくりと、巨大な何かが首をもたげた。

 全身が、剣のように鋭利な鱗で覆われた竜。ソードドラゴン。


「……っ」


(竜……)


 リーザスは、咄嗟にメルナを守るように、その竜と対峙した。


(どうする!?)


 逃げ場のない暗闇の中で、新たな脅威が、牙を剥こうとしていた。

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