生贄達
「聞こえる!」
「私も!」
グレートロックマウンテン、試練の間。
受験者たちが、次々と声を上げていた。頭の中に響く竜の声に導かれ、一人、また一人と、入り口近くの広場から消えていく。
二十四人いた竜騎士試験の受験者は、その全てが——何かの声に導かれ、闇の奥へと吸い込まれていった。
その背中を、リーザスは黙って見送った。
「……」
最後の一人が見えなくなる。
広場に、静寂が落ちた。
(マジかよ。俺、なーんにも聞こえないんだけど)
リーザスは、耳に手を当ててみる。
もちろん、そこから聞こえるわけではない。だが、そうせずにはいられなかった。
(え、これ……俺だけ、竜に選ばれてないってこと? 何百頭も竜がいる、この山の中で?)
脳裏に、かつての炎竜の言葉が蘇る。
『おっさんの魂じゃ、輝けない』
(とは聞いたけど……本当に!? 誰も、俺を必要としない!?)
リーザスの表情が、苦しげに歪んだ。
(苦しい。覚悟はしていたけど……苦しい)
数字で「三割が死ぬ」と言われた時とは、また違う痛みだった。あれは恐怖。これは——拒絶だ。何百という竜がいて、その誰一人として、自分を選ばない。
(記念受験だって、言い聞かせてたけど……実際こうなると、やっぱ心が痛え)
強がりが、剥がれていく。
夢を諦めたふりをして、傷つかないよう予防線を張っていた。だが、現実の拒絶は、予防線など易々と越えてくる。
(やっぱ、そもそも受験すべきじゃなかったんじゃ……)
「ママ!」
メルナの声が、思考を断ち切った。
「メルナ! お前も、何も聞こえないのか?」
「はい。私に声をかけてくる竜は、いないようです」
「そ、そうか。お前は若いのに……」
意外だった。メルナほどの実力者なら、引く手数多かと思っていた。
「おそらく、私が持つ竜核に、恐れをなしているのかも知れません」
メルナは、淡々と続けた。
「私の竜核は、竜族の最高位の個体から移植されたものですから……」
「そ、そうか」
(じゃあ、やっぱり選ばれてないのは、俺だけってことじゃないか!)
メルナのは「恐れられている」。リーザスのは「興味を持たれていない」。同じ無音でも、意味がまるで違う。リーザスは、密かに肩を落とした。
「じゃあ、もう今日は見学ってことで、洞窟ハイキングでもするか!」
から元気を振り絞って、リーザスは明るく言った。
どうせ選ばれないなら、せめて生きて帰ろう。それでいい。それで——
「……聞こえた」
メルナが、ぽつりと呟いた。
「え?」
「襲われている、受験者の声が」
リーザスの背筋が、ぞくりと冷えた。
◇
別の坑道。
全身から煙を上げて、一人の男が転がり回っていた。受験者のトマンだ。
「あああああああああああああああああああ!」
「トマン!」
その傍らで、女——イロハスが、腰を抜かしている。
ポタッ、ポタッ。
竜の牙から、溶解液の滴が垂れた。
床に落ちるたび、シュウウウウウと音を立てて、白い煙が立ちのぼる。
「ああ、熱い……俺の顔が……」
トマンの顔は、溶けて爛れていた。
もはや、人の形を保っていない。
「!」
イロハスは、恐怖のあまり失禁した。
その足元に、一頭の竜が佇んでいる。
「何だ? 私と契約したかったのではないのか? 随分、痛がり屋だな」
アシッドドラゴン。
ぬめりと光る、異形の竜だった。映画に出てくる異星生物を思わせる、おぞましい姿。それが、ゆっくりとイロハスの方を向く。
「お前は、どうだ」
竜の声は、嘲るようだった。
「契約とは、契り。どうだ、私と契りの接吻を……」
ぐぱり、と口を開く。
その口の中から——さらに小さな、第二の口が、ぬるりと突き出してきた。
「キャアアアアアアアア!」
イロハスの絶叫が、坑道に響き渡った。
◇
メルナのいる場所。
「今、二人……絶命しました」
メルナが、静かに告げる。
「え……」
「強力な酸で、全身を溶かされたようです」
メルナは、目を閉じたまま続けた。
「ママ、左奥の道はやめましょう。性悪な竜が、潜んでいるようです」
「ま、マジかよ。なんで、そんなことわかるんだよ」
「魔法で、聴力を上げました。ここは視界が悪いですから」
「……」
リーザスは、言葉を失った。
たった今、二人の人間が、すぐ近くで溶かされて死んだ。それを、こんなにも冷静に告げるメルナ。彼女がそういう世界で生きてきたのだと、改めて思い知らされる。
「ほ、ほんとに、死んだのか?」
「はい。間違いありません」
リーザスは、戦慄した。
ここは、夢の試験会場ではない。
正真正銘の、殺し合いの場だった。
◇
二人は、坑道を慎重に歩いた。
(わかっちゃいたけど……マジで死ぬのか? 酸で溶かされる?)
あの光景が、頭から離れない。
ふと、コーネリアの言葉が蘇る。
『大丈夫だって。あんたぐらい闘気強ければ、竜の一撃ぐらい、なんとか耐えられるわよ』
(コーネリアさんは、ああ言ったけど……闘気だけで、強力な酸なんて防げるのか、怪しいぜ)
騎士達を絶命させる溶解液が、闘気で防げるとは思えない。骨まで溶かすような酸を、根性論で耐えられるはずがない。
リーザスは、振り返った。
(目指すのは、竜に選ばれることじゃねえ。無事に、この山から生きて帰ることなんじゃ……)
遠くで、鋼鉄の扉が、ゴゴゴと音を立てて閉まっていく。
竜騎士の試練が始まった時点で、入り口の門は、分厚い扉で塞がれる。
それは古くから、セイラム王国と、グレートロックマウンテンに住まう竜との間で交わされた、取り決めであった。
試験に臨んだ者は、山中の坑道をたどり、山頂近くの出口から出るしか、脱出の方法はない。
出てくるのは、見事竜と契約できた者。そして、契約できなくとも、生き残った者のみ。
先ほどの、イロハスとトマンの亡骸。
なお、出てこなかった者について、国が捜索することはない。
戻らぬ者たちは、すべて——竜族への生贄として、処理される。
その時、リーザスは、暗闇の奥に気配を感じた。
ズズッ……と、何かの足が動く。
暗がりの中で、ゆっくりと、巨大な何かが首をもたげた。
全身が、剣のように鋭利な鱗で覆われた竜。ソードドラゴン。
「……っ」
(竜……)
リーザスは、咄嗟にメルナを守るように、その竜と対峙した。
(どうする!?)
逃げ場のない暗闇の中で、新たな脅威が、牙を剥こうとしていた。




