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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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 ズン……。


 ダミアンの背後から、巨大な影が現れた。

 地響きのような足音とともに、のっそりと姿を見せたのは、見上げるほどの巨漢である。


「ダミアン様ぁ。あんまり彼ら様を怖がらせちゃ、いけませんよぉ」


 ねっとりとしたオネエ口調が、その厳つい外見と奇妙な対比を成していた。男の名は、バークレー。


「ふっ、バークレーか。貴様、随分仕上がっているな」


 ダミアンが、満足げに笑う。


「むっふう。竜騎士になれると思うと、滾って滾って♡」


 バークレーが、筋肉を強調するポーズをとった。盛り上がった筋肉が、シャツを押し上げている。


 クレオが、呆気にとられて見上げた。


「な、なんて巨漢だ。どこにいたんだ、あんなの?」


 今まで気づかなかったのが、不思議なほどの存在感だ。


「ふっふっふっ、このバークレーはすごいぞ」


 ダミアンが、ニヤリと笑う。


「その闘気量は——おっさん、お前どころか、そこのアブラナにも匹敵する」


 リーザスを見て、ダミアンが言った。


「!」


 アブラナが、ぴくりと反応する。

 いつものとぼけた顔から一転、真剣な眼差しでバークレーを見据えた。あのアブラナが、警戒している。それだけで、バークレーの実力が本物だと知れた。


「いやぁん、全部ダミアンさんのおかげですおぉ♡」


 バークレーが、しなを作る。


 その時——ドンッ!

 横から歩いてきた男が、巨体のバークレーに、思い切り肩をぶつけた。


「ちっ、人の目の前に立つんじゃねーよ、バークレー」


 小柄だが、全身から鋭い殺気を放つ男。ベルモットだ。


「あ……ごめん、兄ちゃん」


 あれほどの巨体が、なぜか小さくなって謝る。

 その光景に、リーザスは奇妙な違和感を覚えた。あの巨漢を、こうも萎縮させる男。一体、何者だ。


「さらに、その兄ベルモットは——今回の格技、最優秀生徒だ」


 ダミアンが、誇らしげに告げた。

 そして両手を広げ、背後の集団を示す。


「他にも選りすぐりの志望者達が、この『ダミアンゼミ』から試験に臨んでいる」


「ダミアン……ゼミ?」


 リーザスが、首を傾げた。


 眼鏡をクイッと上げながら、一人の男が一歩前に出る。モーリスだ。


「エリートコンプレックスのダミアン様が、自己肯定感を満たすために、選りすぐりの贔屓メンバーを集めて作った——我々チームのことでございます」


「い、いつのまに……」


 クレオが、唖然とする。


(ていうか、本人の前でその説明でいいのか……?)


 リーザスは、思わず心の中でツッコんだ。

 だが、ダミアンは特に気を悪くした様子もない。むしろ、自慢の手駒だとばかりに、ふんぞり返っている。


 他のメンバー——サーキス、ドナルドと呼ばれた男たちも、鋭い目でこちらを睨んでいた。

 明らかな、敵意だった。



   ◇


 高台から、ヴィクトールが声を張り上げた。


「さあ、生徒諸君! 試練に挑み、見事竜騎士となって帰ってみせよ!」


 その手が、高々と掲げられる。


「試練、開始ッ!!」


 ドォォォン!

 合図の銅鑼が、山々に轟いた。


「行けえ! お前たち! 優秀な竜を独占するのだ!」


 ダミアンが、号令をかける。


「はぁーい♡」


 ダミアンゼミの面々が、我先にと洞窟へと走り出した。

 砂埃を上げて、競うように闇へ消えていく。


「おいおい! なんでこんな感じでスタートなんだよ」


 リーザスは、人の波に押されながらツッコんだ。


「選ぶのは竜であって、ダミアンじゃねえだろ!」


「行きましょう、リーザスさん。はぐれないように」


 メルナが、冷静に促す。


「あ、ああ……」


 二人は、流れに乗って洞窟へと足を踏み入れた。


 グレートロックマウンテンの内部は、薄暗く、湿った空気が漂う広大な空間だった。

 無数の鍾乳石が天井から垂れ下がり、どこからか、ぴちょん、ぴちょんと水滴の落ちる音が響いてくる。松明の明かりだけを頼りに、リーザスたちは進んでいく。周囲には、まだ他の受験者たちの姿もちらほら見えた。


 リーザスは、キョロキョロと周囲を警戒しながら歩いた。


(暗い……それに、広い。迷ったら一発アウトだな、これ)


 松明の炎が、岩肌に揺らめく影を投げかける。

 その影の一つ一つが、何かが潜んでいるように見えて、心臓が縮こまった。


(それに俺は、記念受験だ。別に受からなくてもいい。生きて帰れれば、それで……)


 そう思おうとして、できなかった。

 本当は、受かりたい。誰よりも。だが、それを認めてしまうと、落ちた時に立ち直れなくなる気がして、リーザスはいつも、心に蓋をするのだった。


 ふと、ヴィクトールの言葉を思い出す。


『君たちと絆を結びたいと思った竜は、頭の中に直接、語りかけてくるはずである』


(そういえば……自分を気に入った竜がいたら、頭の中に話しかけてくる、んだっけ?)


 リーザスは、少し立ち止まり、耳を澄ませた。

 いや、耳ではない。自分の内面に、意識を向ける。


 シーン……。


「……」



   ◇


(……何も、聞こえない)


 リーザスは、スンとした顔になった。


(やはり。俺みたいなおっさんに興味を持つ、物好きな竜はいなそうだ)


 半ば予想していたことだ。だが、いざ静寂を突きつけられると、胸の奥がちくりと痛む。


「メルナ、お前はどうだ?」


「一切、何も感じないです」


「……」


 その時。

 前方を歩いていたゼファルドが、ピタリと足を止めた。


「……そこで見ているのか?」


「え?」


 ゼファルドが、誰もいない虚空に向かって、話しかけている。


「……ほう。俺を試したいと言うのか。いいだろう」


「ゼ、ゼファルド? 誰と喋ってるんだ?」


 リーザスが、戸惑いの声を上げる。


 ゼファルドは、ニヤリと笑って振り返った。


「先に行くぞ。……『案内役』ができた」


 シュバッ!

 迷いなく、闇の奥へと駆け出していく。


「お、おい!?」


 直後、今度は近くにいたモブ生徒が、頭を抱えて叫んだ。


「う、うるさい! 頭の中に、ガンガン響く声で喋るな!」


 そして——クレオの目が、カッと見開かれた。


「——来た! 聞こえたぞ!」


 その顔が、ぱあっと輝く。


「こっちだ! 俺を呼んでる! ヒャッハー、待ってろよ相棒ォ!」


「ク、クレオ!?」


「わりぃリーザス、先に行くぜ! お前も早く呼ばれるといいなァ!」


 言うが早いか、クレオは脇目も振らず、闇の奥へと全力で駆け出していった。

 まるで、宝の在り処を見つけた子供のように。一瞬の迷いもない。竜に呼ばれる——それは、ここにいる全員が、喉から手が出るほど望んでいることなのだ。


「……っ」


 次々と「声」を聞き、何かに引き寄せられるように、受験者たちが散り散りになっていく。

 あちらでも、こちらでも。歓喜の声を上げながら、皆が闇の奥へと消えていく。竜たちの勧誘が、始まっていた。


 その光景に、リーザスは圧倒された。

 そして、気づけば——その場に残されたのは、リーザスと、メルナの二人だけだった。


(マジかよ……。これが、竜の干渉……)


 クレオの、あの満面の笑みが、目に焼き付いて離れない。

 みんな、呼ばれている。みんな、選ばれている。

 自分以外は。


 リーザスは、再び恐る恐る、自分の頭の中に意識を向けた。


(俺は……やっぱり、シーンとしてる)


「ま、まあいいさ。俺は記念受験だからな」


 リーザスは、わざと声に出して、おどけてみせた。


「危険な竜に目をつけられてない、ってことだろ? むしろラッキーだ。誰も俺を呼ばないでくれ。このまま適当に散歩して、時間切れを待つ……ってな」


「……」


 メルナは、何も言わなかった。


 ——強がりだ。

 リーザス自身が、誰よりもそれをわかっていた。


 記念受験。生きて帰れればいい。そう何度も自分に言い聞かせてきた。だが、それは全部、傷つかないための予防線だ。心の奥を覗けば、本当の願いは、ずっと前から決まっている。


(……竜騎士に、なりたい)


 空を翔ける夢を見た。あの銀色の竜の背に乗って、雲海の上を飛ぶ自分を。

 正騎士にすらなれなかった万年雑兵が、竜騎士になる。父ちゃんと母ちゃんを、王都に呼ぶ。そのために、ここまで来たんじゃないか。


(頼む……一頭でいい。誰か、俺を呼んでくれ……!)


 口では「呼ばないでくれ」と言いながら、心は必死に、声を待っていた。

 意識を、内側へ。耳ではなく、魂を澄ませる。どんなにかすかな囁きでも、聞き逃さないように。


 だが——。


 頭の中は、どこまでも静かだった。

 何百頭という竜がいるこの山で、自分を呼ぶ声は、ただの一つもない。


「……」


 リーザスは、ぐっと唇を噛んだ。

 まだだ。まだ序盤だ。これから呼ばれるかもしれない。そう思い込もうとした、その時——。


 遠く、坑道の奥のほうから、かすかに何かが響いてきた。


 悲鳴のような、それでいて、くぐもった音。

 リーザスの耳には、はっきりとは届かない。だが、本能が告げていた。何か、よくないことが起きている、と。


「……今の、聞こえたか?」


 リーザスは、隣のメルナに尋ねた。

 メルナは、じっと闇の奥を見つめたまま、答えない。

 その横顔が、わずかに強張っていた。


 竜の試練は、もう始まっている。

 そしてそれは、決して、契約だけの試練ではなかった。

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