仲間がいるよ
神殿のような、荘厳な石造りの広間だった。
高い天井から差し込む光が、整列した志願者たちを淡く照らしている。その前に立つヴィクトール校長の声が、よく通る響きで広間に満ちた。
「今年の志願者数は二十四名。例年より少ないが——」
ヴィクトールは、ゆっくりと一同を見渡した。
「その実力は、例年以上だと私はみている」
リーザスを含めた志願者たちは、緊張の面持ちで整列していた。全員、支給されたマントを羽織っている。防寒にもなり、いざという時には様々に使える装備だ。だが今この瞬間、その布の重みは、これから始まる試練の重さそのもののように感じられた。
ヴィクトールが、窓の外へと視線を向ける。
その先には、雄大な山がそびえていた。山肌を、影が幾つも横切っていく。竜だ。
「君たちが以前登った、このグレートロックマウンテン」
彼は語り始めた。
「その内部はアリの巣のように複雑で、中に巨大な空洞がある。そこに住む飛竜の数は——約四百頭」
四百。
その数字に、志願者たちがわずかにざわめいた。
「その中で、君たちと契約を結びたいと思う竜が、何頭いるかはわからない」
ヴィクトールは、こつん、と自分の頭に人差し指を当てた。
「だが、君たちと絆を結びたいと思った竜は——頭の中に直接、語りかけてくるはずである」
ゴクリ、と志願者たちが喉を鳴らす。
頭の中に、直接。それがどんな感覚なのか、誰も知らない。
空を、飛竜がばさりと横切った。
「例年、竜と契約できるのは三割」
ヴィクトールの声が、静かに続く。
「四割は、契約できずに戻ってくる。そして……」
山の方から、一頭の竜がじっとこちらを見ている気がした。
ヴィクトールは、一拍置いて言った。
「残り三割は——竜に殺されるか、山の一部となる」
リーザスの頬を、冷や汗が伝った。
(……わかってはいたが、改めて数字で言われると、胃に来るな)
三割。
ここにいる三人に一人は、帰ってこない計算だ。リーザスは、隣に並ぶ志願者たちを横目で見た。緊張した若い顔。野心に満ちた顔。その何人かは、今日この山で命を落とす。
(三割……。ここにいる連中の、三人に一人は死ぬ……)
「竜騎士になる覚悟が出来たものから——この地に剣を突き立て、その覚悟を示せ」
ヴィクトールの言葉が、広場に響き渡った。
リーザスの心臓が、ドキドキと鳴り始める。
◇
人々の群れから、最初に進み出たのはゼファルドだった。
迷いなく、まっすぐに。
「!」
ザクッ!!
ゼファルドが、力強く剣を地面に突き刺す。覚悟の証。その背中には、一切の躊躇がなかった。
続いて、クレオ。
「へっ、ビビってられっかよ」
ザクッ!
負けじと剣を突き立てる。
他の志願者たちも、次々と剣を刺していく。
ザクッ、ザクッ——その中には、見慣れない新顔の志願者や、どこか目つきの鋭い男たちも混じっていた。覚悟を示す音が、次々と広場に重なっていく。
そして、最後にリーザスの番が来た。
手は、震えていた。
だが、必死にそれを隠す。
(平常心……平常心……俺はただの記念受験……死にに来たんじゃない……!)
リーザスは、表情筋をぐっと固めて、クールに見せかけた。
「……ふぅ」
ザクリ。
静かに、まるで達人のような所作で、剣を刺す。誰にも、内心の震えは悟られなかったはずだ。
リーザスは、手を離した。
——その時、ふと、自分の剣の横に目が留まった。
そこには、赤錆びてボロボロになった古い剣が、何本も突き刺さったまま、放置されていた。
「……」
リーザスは、しばし考えた。
(……待てよ。合格したら、剣を持っていくはずだ。不合格で生きて帰ってきても、自分の剣は回収するだろう)
(じゃあ、なんでこんなに錆びた剣が、残ってるんだ?)
視線を巡らせる。
広場を埋め尽くす、無数の剣。その多くが、赤錆に覆われ、朽ちかけていた。
ハッとして、リーザスの顔が青ざめた。
(つまり、ここにある大量の剣は……帰ってこなかった奴らの、墓標ってことかよ……!)
足元の冷たさが、急に現実味を帯びてくる。
ここは、夢の入り口であると同時に——墓場でもあった。
◇
洞窟の入り口前。
出発の準備をするリーザスたちに、駆け寄ってくる声があった。
「リーザスさん! みなさん!」
ルーカと、アブラナだった。
「ルーカ、アブラナ! 応援に来てくれたのか!」
リーザスの声が、思わず弾む。
「みんな、死なねでけろよ。オラ、美味い飯作って待ってるからな!」
アブラナが、太い腕をぶんぶん振りながら言う。
「頑張ってください! 寮で待ってますから!」
ルーカも、必死に声を張り上げた。
二人の姿を見て、リーザスの表情が、ふっと緩んだ。
(……来てくれたのか。やっぱり、仲間がいるってのは、いいもんだな)
張り詰めていた心臓が、少しだけ落ち着きを取り戻す。
墓標を見て凍りついた心が、二人の声で、ほんのりと温まっていく。
(よし。これなら、行けそう——)
「おいおい、そんな死に急ぐことないだろう?」
水を差すような、ねっとりとした声が割り込んだ。
ダミアンだ。
「今なら引き返せるぞ?」
その瞬間、メルナがスッと動いた。
リーザスとダミアンの間に、割って入る。
「リーザスさんは、死にません」
きっぱりとした声だった。
「私が、守りますから」
「……ッ、チッ」
ダミアンが、舌打ちをする。
足を止め、振り返った。
「ふん。内定者だと調子に乗るのも、これまでだ」
その目に、暗い愉悦が滲んだ。
「この六週間の訓練で、お前ら以上の素質を見せるものもいたぞ」
志願者の群れの中に、怪しい男や、鋭い目つきの男たちが混じっている。
その何人かが、ちらりとこちらを見た。
「なんすかそれ。別に志望者同士で競い合うわけじゃあるまいし」
クレオが、面倒くさそうに言う。
「ふん。志望者同士で、『契約したい竜』が被ったら?」
ダミアンの口元が、歪んだ。
「もしくは……竜が、争うことを望んだら?」
「え……?」
クレオの顔が、強張る。
「いつまで、その仲良しグループでいられるかな?」
ダミアンの言葉が、毒のように染み込んでいく。
圧倒される一同を残して、彼は背を向けた。
仲間がいる。
その温もりが、これから始まる試練の中で、どこまで通用するのか——誰にも、わからなかった。




