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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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仲間がいるよ



 神殿のような、荘厳な石造りの広間だった。


 高い天井から差し込む光が、整列した志願者たちを淡く照らしている。その前に立つヴィクトール校長の声が、よく通る響きで広間に満ちた。


「今年の志願者数は二十四名。例年より少ないが——」


 ヴィクトールは、ゆっくりと一同を見渡した。


「その実力は、例年以上だと私はみている」


 リーザスを含めた志願者たちは、緊張の面持ちで整列していた。全員、支給されたマントを羽織っている。防寒にもなり、いざという時には様々に使える装備だ。だが今この瞬間、その布の重みは、これから始まる試練の重さそのもののように感じられた。


 ヴィクトールが、窓の外へと視線を向ける。

 その先には、雄大な山がそびえていた。山肌を、影が幾つも横切っていく。竜だ。


「君たちが以前登った、このグレートロックマウンテン」


 彼は語り始めた。


「その内部はアリの巣のように複雑で、中に巨大な空洞がある。そこに住む飛竜の数は——約四百頭」


 四百。

 その数字に、志願者たちがわずかにざわめいた。


「その中で、君たちと契約を結びたいと思う竜が、何頭いるかはわからない」


 ヴィクトールは、こつん、と自分の頭に人差し指を当てた。


「だが、君たちと絆を結びたいと思った竜は——頭の中に直接、語りかけてくるはずである」


 ゴクリ、と志願者たちが喉を鳴らす。

 頭の中に、直接。それがどんな感覚なのか、誰も知らない。


 空を、飛竜がばさりと横切った。


「例年、竜と契約できるのは三割」


 ヴィクトールの声が、静かに続く。


「四割は、契約できずに戻ってくる。そして……」


 山の方から、一頭の竜がじっとこちらを見ている気がした。

 ヴィクトールは、一拍置いて言った。


「残り三割は——竜に殺されるか、山の一部となる」


 リーザスの頬を、冷や汗が伝った。


(……わかってはいたが、改めて数字で言われると、胃に来るな)


 三割。

 ここにいる三人に一人は、帰ってこない計算だ。リーザスは、隣に並ぶ志願者たちを横目で見た。緊張した若い顔。野心に満ちた顔。その何人かは、今日この山で命を落とす。


(三割……。ここにいる連中の、三人に一人は死ぬ……)


「竜騎士になる覚悟が出来たものから——この地に剣を突き立て、その覚悟を示せ」


 ヴィクトールの言葉が、広場に響き渡った。

 リーザスの心臓が、ドキドキと鳴り始める。



   ◇


 人々の群れから、最初に進み出たのはゼファルドだった。

 迷いなく、まっすぐに。


「!」


 ザクッ!!

 ゼファルドが、力強く剣を地面に突き刺す。覚悟の証。その背中には、一切の躊躇がなかった。


 続いて、クレオ。


「へっ、ビビってられっかよ」


 ザクッ!

 負けじと剣を突き立てる。


 他の志願者たちも、次々と剣を刺していく。

 ザクッ、ザクッ——その中には、見慣れない新顔の志願者や、どこか目つきの鋭い男たちも混じっていた。覚悟を示す音が、次々と広場に重なっていく。


 そして、最後にリーザスの番が来た。


 手は、震えていた。

 だが、必死にそれを隠す。


(平常心……平常心……俺はただの記念受験……死にに来たんじゃない……!)


 リーザスは、表情筋をぐっと固めて、クールに見せかけた。


「……ふぅ」


 ザクリ。

 静かに、まるで達人のような所作で、剣を刺す。誰にも、内心の震えは悟られなかったはずだ。


 リーザスは、手を離した。

 ——その時、ふと、自分の剣の横に目が留まった。


 そこには、赤錆びてボロボロになった古い剣が、何本も突き刺さったまま、放置されていた。


「……」


 リーザスは、しばし考えた。


(……待てよ。合格したら、剣を持っていくはずだ。不合格で生きて帰ってきても、自分の剣は回収するだろう)


(じゃあ、なんでこんなに錆びた剣が、残ってるんだ?)


 視線を巡らせる。

 広場を埋め尽くす、無数の剣。その多くが、赤錆に覆われ、朽ちかけていた。


 ハッとして、リーザスの顔が青ざめた。


(つまり、ここにある大量の剣は……帰ってこなかった奴らの、墓標ってことかよ……!)


 足元の冷たさが、急に現実味を帯びてくる。

 ここは、夢の入り口であると同時に——墓場でもあった。



   ◇


 洞窟の入り口前。

 出発の準備をするリーザスたちに、駆け寄ってくる声があった。


「リーザスさん! みなさん!」


 ルーカと、アブラナだった。


「ルーカ、アブラナ! 応援に来てくれたのか!」


 リーザスの声が、思わず弾む。


「みんな、死なねでけろよ。オラ、美味い飯作って待ってるからな!」


 アブラナが、太い腕をぶんぶん振りながら言う。


「頑張ってください! 寮で待ってますから!」


 ルーカも、必死に声を張り上げた。


 二人の姿を見て、リーザスの表情が、ふっと緩んだ。


(……来てくれたのか。やっぱり、仲間がいるってのは、いいもんだな)


 張り詰めていた心臓が、少しだけ落ち着きを取り戻す。

 墓標を見て凍りついた心が、二人の声で、ほんのりと温まっていく。


(よし。これなら、行けそう——)


「おいおい、そんな死に急ぐことないだろう?」


 水を差すような、ねっとりとした声が割り込んだ。

 ダミアンだ。


「今なら引き返せるぞ?」


 その瞬間、メルナがスッと動いた。

 リーザスとダミアンの間に、割って入る。


「リーザスさんは、死にません」


 きっぱりとした声だった。


「私が、守りますから」


「……ッ、チッ」


 ダミアンが、舌打ちをする。

 足を止め、振り返った。


「ふん。内定者だと調子に乗るのも、これまでだ」


 その目に、暗い愉悦が滲んだ。


「この六週間の訓練で、お前ら以上の素質を見せるものもいたぞ」


 志願者の群れの中に、怪しい男や、鋭い目つきの男たちが混じっている。

 その何人かが、ちらりとこちらを見た。


「なんすかそれ。別に志望者同士で競い合うわけじゃあるまいし」


 クレオが、面倒くさそうに言う。


「ふん。志望者同士で、『契約したい竜』が被ったら?」


 ダミアンの口元が、歪んだ。


「もしくは……竜が、争うことを望んだら?」


「え……?」


 クレオの顔が、強張る。


「いつまで、その仲良しグループでいられるかな?」


 ダミアンの言葉が、毒のように染み込んでいく。

 圧倒される一同を残して、彼は背を向けた。


 仲間がいる。

 その温もりが、これから始まる試練の中で、どこまで通用するのか——誰にも、わからなかった。

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