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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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吉夢

「竜騎士試験を受ける!?」


 校舎裏の人気のない通路で、リーザスは思わず声を上げた。

 その声が、石造りの廊下に反響する。誰もいないとはいえ、内容が内容だ。リーザスは慌てて声を潜めた。


「俺はわかったんですけど、メルナもですか?」


「そうだ」


 コーネリアが、即答する。

 あっさりとした口調だが、その言葉の重さを、リーザスは知っていた。


「また、メルナの竜核が暴走したりしませんかね」


 脳裏に蘇るのは、あのグランスとの一件だ。

 メルナの魔力に反応して、グランスが恐竜のように変貌した。あの光景は、まだ目に焼き付いている。竜の前にメルナを立たせて、また同じことが起きないとも限らない。


「グランスは魔力感受性が高いからな……あれはリオンも想定外の事故だろう」


 コーネリアは、腕を組みながら静かに言った。


「だが竜は違うぞ。そもそも竜は、この世界の理の外にいるものだ。人間の力でどうこうなるものではない」


 その言葉には、奇妙な確信があった。

 竜。物語の中でしか知らないような存在。それが、この世界には実在する。しかも、人智を超えた存在として。


「人間の力でどうこうなるものではない……ですか」


「でもメルナには、その竜の心臓が移植されてるんですよね」


 リーザスは、慎重に尋ねた。

 竜の心臓——竜核。それを体内に宿したメルナを、本物の竜は、どう見るのか。


「それを竜たちがどう判断するかは——わからんが」


 そこまで言って、コーネリアはニヤリと笑った。

 その顔が、いつもの悪い顔になる。何か、企んでいる時の顔だ。


「もし気に入られたら、我が第七騎士団は、有望な騎士二人に加え——」


 指を二本、立ててみせる。


「竜を二体も、入団させることができる」


 バシバシ、と親父のような手つきで、リーザスの背中を叩く。

 遠慮のない力に、リーザスはむせ返った。


「これは戦力増強の機会なんだよキミぃ!」


「痛い痛い! おっさんくさいですよ団長!」


「誰がおっさんだ。私はまだ若いわ」


「いや今のは完全におっさんの仕草——」


 軽口を叩きつつも、リーザスの胸には、ひとつの不安が引っかかっていた。


「てか、俺が受かるの前提なのも気になります。俺、エルニードに否定されてるんですよ?」


 あの巨大な竜の、冷たい眼差しを思い出す。

 お前には資格がない。そう言わんばかりの、見下すような目。あれを向けられた自分が、竜騎士になれるとは、到底思えなかった。


「気にするな。老け専の竜もいるかもしれん」


「はあ!?」


 あまりに適当な励ましに、リーザスは素っ頓狂な声を上げた。

 だが、コーネリアはすでに背を向けている。


「さて、私は帰る。健闘を祈るわ」


 ひらりと手を振って、騎士団長は去っていった。

 その後ろ姿は、相変わらず飄々としている。


 残されたリーザスとメルナは、しばらく無言で立ち尽くしていた。

 竜騎士試験。また、人生を懸けた挑戦が、やってくる。



   ◇


 夜の男子寮。


「へええ、リーザスさん結局受けるんですよね」


 ルーカが、感心したように言った。

 まだあどけなさの残る後輩は、興味津々といった様子だ。


 リーザスはベッドに寝転がって、本を読んでいる。

 ページに目を落としたまま、気怠そうに答えた。


「まーな、ダメもとだよ」


「いいじゃないですか。ゼファルドとクレオも受けるみたいですよ」


「げっ、あいつらもか」


 リーザスは、本から顔を上げた。

 あの二人も受けるとなると、競争率はぐっと上がる。実力者揃いだ。


「倍率高そうだな……」


「僕は竜騎士にはならないし、アブラナさんはもう竜騎士だから、今回は見学です」


「へー、高みの見物ってやつか」


 軽口を返しながら、リーザスは本を閉じた。

 ぱたん、という小さな音が、静かな部屋に響く。


 消灯。

 ルーカがランプを落とすと、部屋がすっと暗くなった。

 窓から差し込む月明かりだけが、淡く床を照らしている。


(まあ、落ちてもいいって言われたら案外気楽だぜ)


 枕に頭を沈める。

 不思議だった。いつもなら、試験前夜は心臓がうるさくて眠れない。明日のことを考えると、胸が締め付けられて、何度も寝返りを打つ。あがり症の自分にとって、試験前の夜は、最大の敵だった。


 でも今夜は、不思議と落ち着いていた。


(そう。不合格を意識するから緊張するんだ)


 目を閉じる。

 暗闇の中で、自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。


(どっちでもいいんだ。受かっても、落ちても)


(しょせん、記念受験……)


 肩の力が、すっと抜けていく。

 期待しなければ、緊張もしない。失うものがなければ、恐れもない。


 スピー、スピー。


 すぐに、寝息が立ち始めた。

 その寝顔は、子供のように穏やかだった。



   ◇


 夢の中。


 見渡す限りの、青い空が広がっていた。

 どこまでも、どこまでも青い。雲ひとつ——いや、眼下には白い雲海が、絨毯のように広がっている。


 その雲海の上を、巨大な何かが滑空していた。


 雄大な、銀色の竜。

 陽光を浴びて、その鱗が眩く輝いている。翼を広げ、ゆったりと風を捉えて飛ぶ、王者の姿。


 そして——その背に、リーザスは乗っていた。


「最高だ……」


 思わず、声が漏れる。

 頬を撫でていく風。眼下に広がる、神々しいまでの絶景。地上では決して味わえない、自由。


「これが、竜騎士の景色か……!」


 胸が、震えた。

 ずっと夢見ていた。騎士になり、いつか空を翔ける。その夢が、今、確かにここにある。


 竜が、空に向かって咆哮を上げた。

 大気が震える。雲が割れる。世界そのものが、この一頭の竜に応えるように。


「行けー! 俺の竜よ!!」


 リーザスは、拳を空に突き上げた。

 風の中で、彼は確かに、竜騎士だった。



   ◇


 ガバッ!!


 現実の朝。

 リーザスは、勢いよくベッドから跳ね起きた。


 全身が、汗だくだった。

 寝間着が、肌に張り付いている。


 ハァ、ハァ、ハァ——肩で息をする。

 心臓が、激しく鼓動していた。だが、それは緊張の鼓動ではない。


 その目は、ギンギンに輝いていた。


「……見た」


 ぽつりと、呟いた。

 夢の余韻が、まだ全身に残っている。あの風。あの絶景。あの高揚。


「吉夢——!」


 布団を、勢いよく跳ね除けて立ち上がる。


「よい。すこぶる、良い」


 ぐっ、と拳を握りしめた。

 あの夢は、お告げに違いない。銀色の竜に乗る夢。それはつまり——今日、自分が竜騎士になるということだ。


「騎士を目指した我が人生、今日はその頂点……」


 声が、震えた。

 十年。いや、それ以上。剣に捧げ、夢に捧げてきた歳月。その全てが、今日この日のためにあったのだ。


「竜騎士になる日だ!」


 洗面台の前に立ち、勢いよく顔を洗う。

 冷たい水が、眠気の最後のひとかけらを洗い流していく。

 水滴を払い、顔を上げた。


 鏡に映った男の表情は、真剣そのものだった。

 いつものおどおどした雑兵の顔ではない。一人の戦士の、覚悟を決めた顔だった。


 ——竜騎士試験当日の朝、リーザスはしっかり合格を意識していた。


 いつもなら、合格を意識した途端に緊張で潰れる。それが、彼の宿痾だった。

 だが、今日は違う。吉夢という後ろ盾が、彼を不思議なほど強気にさせていた。


 制服に着替え、腰に剣を帯びる。

 馴染んだ重みが、今日はやけに頼もしく感じられた。

 深く、息を吐く。


 ガチャ、と扉を開けた。


 通路に踏み出す足取りは、重く、そして熱い。

 一歩、また一歩。その足音が、決意のように廊下に響く。


 舞台は再び——グレートロックマウンテンへ。

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