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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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コーネリアの指導

「ダウンしても、許さないです」


 パチパチパチパチ、と手から放電するメルナ。

 青白い火花が、彼女の指先で爆ぜている。地面に這いつくばったまま、コーネリアはそれを見上げていた。


 追い詰めた——はずだった。

 拘束魔法から雷撃。完璧な連携。誰が見ても、メルナとリーザスの勝ちだった。


 ——そして、コーネリアは、フッと笑った。


「良いね」


 その余裕に、リーザスの背筋が冷えた。

 まずい。この人は、まだ何も本気を出していない。


 次の瞬間。

 コーネリアは、うつ伏せの体勢のまま、後ろ蹴りでメルナを蹴り抜いた。


「常住戦陣!!」


 倒れていても、戦いは終わらない。常に臨戦態勢。その言葉を、体現するような一撃だった。


 体勢を立て直しながら、殴りかかる構え。

 メルナも、咄嗟に反応する。


「バインド」


 拘束魔法を、もう一度。

 ——だが、わずかに遅い。詠唱の出だしが、ほんの一拍。


 その隙を、コーネリアは見逃さなかった。

 拳が、メルナの顎を、かすめるようにヒットする。


「!!」


 軽く当てただけ。それでも、効果は絶大だった。

 脳震盪。メルナの体が、糸の切れた人形のように、ぐらりと崩れる。


「メルナ!」


 リーザスが、叫んだ。

 駆け寄ろうとする——その動きを、読まれていた。


 コーネリアのハイキックが、横から飛んできた。

 リーザスは咄嗟に、両腕でガードする。


「!」


 衝撃が、全身を貫いた。

 コーネリアの、全力の一撃。その目は、もはや指導者のそれではない。まるで、戦場の鬼のようだった。


 ガードした腕が、ミシミシと軋む。

 骨が、悲鳴を上げている。


「嘘だろ! 闘気がなきゃ、腕が吹き飛ぶ威力だぞ!?」


 リーザスは、思わず声を漏らした。

 闘気で守っていなければ、今ので腕が折れていた。いや、千切れていたかもしれない。


「そうか。あんた、セルゲオの一撃も受け止めたもんね」


 コーネリアが、にやりと笑う。

 その表情に、好戦的な色が滲んだ。


「なら……これはどう!?」


 両手を、腰の脇に構える。

 どこかで見たような——しかし、確かに違うポーズ。掌を寄せ、何かを溜めるような姿勢。


「幻拳」


 その瞬間、リーザスの首に——見えない手が、食い込んだ。



   ◇


「グッ」


 リーザスの喉から、苦悶の声が漏れた。

 何かが、首を絞めている。確かに、絞めている。なのに——そこには、何もない。


「見えない、何かが首を——」


 宙を、手で泳ぐように掻く。

 空を切る指。掴もうとしても、振り払おうとしても、触れられない。実体がないのだ。


「!!」


 苦しそうに、リーザスは喘いだ。

 視界が、じわりと滲んでいく。呼吸ができない。酸素が、入ってこない。


(ダメだ、何も触れない。これは魔法か? だとしたら、どう防げばいい——)


 パニックが、思考を侵食していく。

 あがり症の悪い癖が、最悪の局面で顔を出した。冷静さを欠いた頭は、答えを見つけられない。


「魔法じゃないわ」


 コーネリアが、静かに言った。

 パッ、と首を締めていた透明な手が、消える。


「ゲホっ、ゲホっ」


 膝をつき、リーザスは激しく咳き込んだ。

 肺に、空気が戻ってくる。その当たり前のありがたさに、涙が滲んだ。


(闘気の“手”……? そんな制御ができるのかよ、団長クラスってのは)


 信じられなかった。

 闘気を、自分の体から離れた場所で、しかも手の形に成形して操る。そんな芸当が、人間に可能なのか。


「リーザス、あんた、闘気の強さに頼りすぎ」


 コーネリアの声は、もう戦いのそれではなかった。

 諭すような、指導者の声に戻っている。


「だから戦い方が、大雑把なの」


「……」


「今、あんたはパニックになって、闘気を纏わない素手で、私の幻手を触ろうとした。あのね、闘気を使えば——打ち消せたのよ」


 リーザスは、はっとした。

 闘気と闘気。同じ力同士なら、ぶつけて相殺できた。それを思いつきもせず、ただ素手で藻掻いていた。


 コーネリアの視線が、ゆっくりとメルナへ移る。

 立ち上がりかけていたメルナが、その視線を受け止める。


「メルナ、あなたも魔法に頼りすぎ。本来、近接戦闘と魔法は、相性が悪いの」


「……」


「考えてもみなさい。詠唱には、時間がかかる。さっき、あなたの二回目のバインドが間に合わなかったでしょう? 接近されたら、魔法は脆いのよ」


 メルナの肩が、わずかに震えた。

 図星だった。だからこそ、顎を打たれた。


「ゾラの魔法兵と私たちが、なんとか渡り合っているのは——闘気術のおかげ」


 コーネリアは続けた。

 その言葉には、実戦を潜り抜けてきた者だけが持つ、重みがあった。


「だからあなたは、もっと体術と闘気術を磨くこと。そうすれば、近接戦闘も遠距離戦闘も、ともに有利になる。魔法だけの騎士になるな」


「……!」


 メルナの目が、わずかに見開かれた。

 その瞳に、悔しさと——同時に、何か新しいものを得た輝きが、宿った気がした。


「コーネリアさん」


 リーザスが、息を整えながら口を開く。

 ようやく、状況が飲み込めてきた。


「まさか、俺たちにアドバイスをするために、わざわざこんな——」


「言ったでしょう。ストレス発散だって」


「!」


 コーネリアは、しれっと言ってのけた。


「もちろん、私はいつだって部下を強くすることを考えている。ついでにストレスを発散できれば、一石二鳥でしょ」


 その顔に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。

 ——なんだかんだ言って、この人は。リーザスは、思わず苦笑した。乱暴なやり方だが、その根底には、確かに二人を鍛えようという意志があった。


「では——あなたたちに命ずる」


 コーネリアが、すっと姿勢を正した。

 その声音が、上官のそれに変わる。


「来週、竜との顔見せ式があるでしょ? あなたたちも参加しなさい!」


 そして、彼女は告げた。


「そして、あなた達には二人とも——竜騎士になってもらう」


 驚く二人を、コーネリアはまっすぐ見つめていた。

 その瞳には、もう冗談の色はなかった。

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