ストレス発散
「二人同時にかかってきなさい」
来い来い、と手招きするコーネリア。
その構えには一切の隙がなく、立ち姿だけで格の違いを感じさせた。騎士団長。この国でも指折りの実力者が、今、無造作にこちらへ掌を向けている。
リーザスは、ぴたりと足を止めた。
そして、考えた。
「お、おかしいじゃないか!?」
「何が!?」
「わざわざ、こんな所で俺らと戦う必要はない。実力を測るだけなら、訓練の記録を見ればいい。それをこの場で、しかも“二人同時”だなんて——俺らと今やるのは、別の理由があると見た」
「ほう」
コーネリアの片眉が、わずかに上がった。
リーザスは、ここぞとばかりにビシッと指を突きつける。
「すなわち——ストレス発散!」
「!」
図星だったのか、コーネリアの肩がぴくりと動いた。
「あなたはリオンから受けたストレスを、指導と称して俺たちにぶつけたくなっただけ——」
言い切らないうちに、コーネリアが、すっと歩き出した。
笑顔のまま。だが、目だけが笑っていない。
「リーザス」
ぐっと、凄む。
その一歩で、リーザスの言葉は喉の奥に引っ込んだ。
「……!」
「私はお前の内定を、いつでも取り消すことが出来るんだぞ?」
メルナが、傍らでドキドキと見守っている。
空気が、不穏に張り詰めていく。
「それを知ってのものいいか?」
コーネリアは、ふいに後ろを向いた。
リーザスは、ほっと気を緩めかける。
「え、いや」
「だが!」
次の瞬間——後ろ蹴りが放たれた。
振り向きざまの、不意打ち。リーザスは咄嗟に腕を上げてガードする。鈍い衝撃が、骨まで響いた。
「貴様の考えは、概ね正しい。たった一つ違うとすれば——」
コーネリアは、にやりと笑った。
「私はこれから貴様をぶちのめすのに、指導の建前を取るつもりはない」
「じゃ、じゃあなんですか!?」
「ストレス発散」
「まんまじゃねえか!」
悪びれもしない返答に、リーザスは思わず叫んだ。
リラックスした足取りで、コーネリアが前に出る。肩の力は抜けているのに、一挙手一投足に圧がある。歴戦の余裕、というやつだ。
「騎士団長が、そんなことしていいのかよ」
「大丈夫よ」
構える。
その指先が、わずかに揺らめいた。
「怪我しても、神聖術で治してあげるわ」
「……!」
「ただ」
すっ、と左拳を前に出して。
彼女は、囁くように言った。
「死んだら治せないけど……」
その反動を利用して——右ストレートが、放たれた。
「ね!」
——と見せかけて、軌道が変わる。
放たれたのはローキック。リーザスは脛で、すかさずカットした。読まれていた、という顔をコーネリアがする。
お互いの緊張した表情が、交互に映る。
額に、汗。呼吸を整える音。間合いを探る、ほんの数秒の静寂。
「しっ、しっ」
コーネリアの鋭いジャブが二発。
リーザスは、しっかりと腕でガードした。重い。一発一発が、岩を殴られているような重さだ。
バックステップしながら、彼は思考を巡らせる。
(鋭く、強い! しっかり捌け)
受けるたびに腕が痺れる。だが、捌けないわけではない。これまでの訓練が、体に染み込んでいる。
(受けてばかりじゃダメだ)
拳を、ぐっと握る。
反撃の一手を、リーザスは選んだ。
「竜……爪……!」
拳に闘気を凝縮させる。一点に集約された力が、爆発の瞬間を待つ——
その瞬間。
コーネリアが指先から、闘気を細く、強く放った。
針のように研ぎ澄まされた一筋の闘気。それが、リーザスの拳に溜め込まれた力を、横から弾き飛ばした。
「!」
(なっ! 闘気が散らされ——)
拳の力が、霧散する。
まるで膨らませた風船を、針で突かれたように。技を出す、その寸前で。
そして——コーネリアの前蹴りが、迫っていた。
いや、前蹴りはフェイント。本命は、その先にある。
サマーソルトキック。
下から跳ね上がる回転蹴りが、リーザスの顎を捉えた。
「ぐああああああああ!」
リーザスの体が、宙を舞う。
視界が回転し、地面と空が入れ替わる。
ぐはっ、と地面に落ちた。
背中から叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出される。
立ち上がろうとしながら、リーザスは歯噛みした。
(大ダメージ、やられた。闘気を散らされた直後を狙われた!)
完璧な崩しだった。技を出す瞬間こそ、最も無防備になる。そこを正確に突かれた。さすが、騎士団長。
その胸元を、ぐいっと掴まれた。
いつの間に。コーネリアが、すぐ目の前にいた。
「ダウンしたら、許されるとでも!?」
「なっ」
追撃。逃げ場はない。リーザスは反射的に身を硬くした。
その時——背後から、凛とした声が響いた。
「バインド!」
「!」
コーネリアの動きが、見えない鎖に縛られたように止まる。
拘束魔法。詠唱のタイミングを、完璧に計っていた。
そのまま、コーネリアがダウンする。
「ちょっ、待って——」
「サンダーソード」
「きゃあああああああ!」
雷が、はじけた。
手に雷球を握ったメルナが、無表情のまま、ダウンしたコーネリアを見下ろしていた。
その瞳には、いつもの幼さはない。ただ、冷徹な戦闘者の光だけがあった。
「ダウンしても、許さないです」




