竜核の処遇
リオンの声は、静かだった。
静かなのに、雷鳴のような重みがあった。空気そのものを押し潰すような、不思議な圧力。それが校長室の隅々にまで染み渡っていく。
「リーザス・モートン。君は“最高機密の鍵”を拾った自覚があるか?」
その一言で、部屋の温度が下がった気がした。
リーザスの喉が、ごくりと鳴る。背中を伝う汗が、やけに冷たく感じられた。窓から差し込む午後の光さえ、今は遠い世界のもののように思える。
隣ではコーネリアが腕を組んだまま、黙ってこちらを見ている。いつもの軽口は、ない。それがかえって、事態の深刻さを物語っていた。
(……やっぱり、バレてる)
心臓が、うるさいほどに鳴っていた。
ドクン、ドクン、ドクン——あがり症の悪い癖だ。肝心な時に限って、この心臓は持ち主を裏切る。
「その……ホントに、わざとじゃないんです」
リーザスは必死に両手を振った。
「メルナが暴走して、雷の魔法を自分に落としたんです。それで、もうパニックになって……!」
一度口を開くと、言葉が止まらなかった。緊張すると饒舌になるのも、また悪い癖だった。
「“ママママ”って暴れるから、やけくそで『俺がママだよ!』って言っただけで!」
言ってしまってから、しまった、と思った。
コーネリアが、ゆっくりと額に手を当てる。
メルナはというと、知らんぷりを決め込み、無表情のまま座っている。膝の上に手を揃え、まるで他人事のように涼しい顔だ。
(おい、メルナ! 少しくらいフォローしろ! このままじゃ俺がただの変態だぞ!)
心の中で叫んでも、メルナはぴくりとも動かない。
助け舟は、来なかった。
だが——リオンの表情は、微動だにしなかった。
むしろ、リーザスの慌てぶりなど最初から眼中にないかのようだった。
「故意ではないことは承知している。メルナからも、同じ報告を受けた」
「……ほっ」
リーザスは、胸を撫で下ろした。全身からどっと力が抜ける。
だが——次の言葉で、再び息が止まった。
「しかし、問題は“もう元に戻せない”ということだ」
「え?」
リーザスは、間の抜けた声を出した。
戻せない。その言葉の意味が、まだ飲み込めない。
「今回、壊れかけた竜核は奇跡的に自己修復を果たした。だがその過程で、たまたまそばにいた君が、マスター権限を塗り替えた」
リオンの声は、氷のように冷たい。感情の一切を排した、裁定者の声だった。
「再現することは不可能ではないが、危険すぎる。私は娘に、同じ危険を背負わせるつもりはない」
「……娘?」
リーザスが首を傾げる。聞き慣れない単語が、引っかかった。
その瞬間、リオンは告げた。
「よって——我、第十三騎士団所属・メルナ・カストラの身柄を、第七騎士団へと転属させる」
「えっ!?」
リーザスとコーネリアの声が、見事に重なった。
「な……なんで、ウチなんですか!?」
コーネリアが、思わず食ってかかる。普段の余裕は、どこかへ消えていた。
「決まっている。メルナは、君にしか制御できない。ならば、一緒に置くしかないだろう」
リオンの瞳が、リーザスを貫いた。
金色の双眸。底の見えない、深い深い眼。
それは命令ではなかった。
反論を許さぬ、絶対の裁定だった。
◇
扉の前に、四人が立っていた。
話は終わった——はずだった。
だがリオンは、去り際にもう一度だけ足を止めた。
「……うまく使え、鳳眼」
「……は、はい」
コーネリアの返事は、わずかに硬い。
そして、リオンは金の瞳を細めた。
その瞬間、空気が再びぴんと張り詰めるのを、リーザスは肌で感じた。
「魔法騎士の技術は、国家最高機密。もし、その力がゾラの手に渡りそうな時は——」
声が、一段低くなる。
まるで、地の底から響いてくるような声だった。
「君たちの手で、メルナを葬れ」
沈黙が、落ちた。
誰も、何も言えなかった。
呼吸さえ許されぬほどの圧力が、室内を支配している。
葬れ。
今、確かにそう言った。実の娘を——いや、娘と呼んだその少女を、いざとなれば殺せと。
リーザスは、横目でメルナを見た。
メルナは、やはり表情を変えていない。それがかえって、痛々しかった。
この子は、こういう言葉に慣れてしまっているのだろうか。そう思うと、胸の奥がざらりと痛んだ。
「……わかるな?」
リオンの瞳が、二人を縫いとめる。逃げることも、目を逸らすことも許さない。
「〜〜〜っ」
リーザスは、声にならない声を漏らすことしかできなかった。
◇
校長室を出た途端、リーザスは壁に背を預けて、頭を垂れた。
膝が、わずかに笑っている。
「……とんでもないことになった」
ぽつりと漏らした声には、力がなかった。
竜騎士になる。そんな夢を見ていたはずが、いつの間にか国家機密だの、暗殺命令だのと、とんでもない場所に立たされている。
その横で、コーネリアは肩をすくめて笑っていた。すでに、いつもの調子を取り戻している。
「ま、しゃーないか。よろしくな、メルナ」
「よろしくお願いします」
メルナが、静かに頭を下げた。
そして——すっと、リーザスの手を引く。
細い指が、リーザスの手を握りしめた。
「ママ、ずっと一緒」
「だからそれやめろって!!」
リーザスの叫びに、コーネリアが盛大に吹き出した。
「アハハ、いいじゃない。ほら、母娘仲良く」
「笑い事じゃないですよ!」
うざがるリーザスと、なおも手を繋ごうとするメルナ。
そのやりとりを、コーネリアは微笑ましく眺めていた。先ほどまでの張り詰めた空気が、嘘のように緩んでいく。
——だが、リーザスは知っていた。
この子のこの甘え方が、どこか必死なのだということを。葬れと言われた少女が、自分の手を握って「ずっと一緒」と言う。その意味を考えると、軽く振り払うことなど、とてもできなかった。
ふと、コーネリアが腕を組み直して、真顔になった。
「じゃ、ついでだ。編成の参考に、あんたらの力を見せてもらおうか」
「え?」
リーザスの顔が、引きつる。
「あと三週もすれば卒業でしょ? そしたら、あんたらウチに配属される。こっちも迎える準備しなきゃなのよ」
コーネリアが、来い来い、と手招きのポーズを取った。
その目が、どこか楽しそうに——いや、不穏に光っている。
「格技で、二人同時にかかってきなさい」




