表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
PR
57/61

竜核の処遇


 リオンの声は、静かだった。


 静かなのに、雷鳴のような重みがあった。空気そのものを押し潰すような、不思議な圧力。それが校長室の隅々にまで染み渡っていく。


「リーザス・モートン。君は“最高機密の鍵”を拾った自覚があるか?」


 その一言で、部屋の温度が下がった気がした。


 リーザスの喉が、ごくりと鳴る。背中を伝う汗が、やけに冷たく感じられた。窓から差し込む午後の光さえ、今は遠い世界のもののように思える。


 隣ではコーネリアが腕を組んだまま、黙ってこちらを見ている。いつもの軽口は、ない。それがかえって、事態の深刻さを物語っていた。


(……やっぱり、バレてる)


 心臓が、うるさいほどに鳴っていた。

 ドクン、ドクン、ドクン——あがり症の悪い癖だ。肝心な時に限って、この心臓は持ち主を裏切る。


「その……ホントに、わざとじゃないんです」


 リーザスは必死に両手を振った。


「メルナが暴走して、雷の魔法を自分に落としたんです。それで、もうパニックになって……!」


 一度口を開くと、言葉が止まらなかった。緊張すると饒舌になるのも、また悪い癖だった。


「“ママママ”って暴れるから、やけくそで『俺がママだよ!』って言っただけで!」


 言ってしまってから、しまった、と思った。

 コーネリアが、ゆっくりと額に手を当てる。


 メルナはというと、知らんぷりを決め込み、無表情のまま座っている。膝の上に手を揃え、まるで他人事のように涼しい顔だ。


(おい、メルナ! 少しくらいフォローしろ! このままじゃ俺がただの変態だぞ!)


 心の中で叫んでも、メルナはぴくりとも動かない。

 助け舟は、来なかった。


 だが——リオンの表情は、微動だにしなかった。

 むしろ、リーザスの慌てぶりなど最初から眼中にないかのようだった。


「故意ではないことは承知している。メルナからも、同じ報告を受けた」


「……ほっ」


 リーザスは、胸を撫で下ろした。全身からどっと力が抜ける。


 だが——次の言葉で、再び息が止まった。


「しかし、問題は“もう元に戻せない”ということだ」


「え?」


 リーザスは、間の抜けた声を出した。

 戻せない。その言葉の意味が、まだ飲み込めない。


「今回、壊れかけた竜核は奇跡的に自己修復を果たした。だがその過程で、たまたまそばにいた君が、マスター権限を塗り替えた」


 リオンの声は、氷のように冷たい。感情の一切を排した、裁定者の声だった。


「再現することは不可能ではないが、危険すぎる。私は娘に、同じ危険を背負わせるつもりはない」


「……娘?」


 リーザスが首を傾げる。聞き慣れない単語が、引っかかった。

 その瞬間、リオンは告げた。


「よって——我、第十三騎士団所属・メルナ・カストラの身柄を、第七騎士団へと転属させる」


「えっ!?」


 リーザスとコーネリアの声が、見事に重なった。


「な……なんで、ウチなんですか!?」


 コーネリアが、思わず食ってかかる。普段の余裕は、どこかへ消えていた。


「決まっている。メルナは、君にしか制御できない。ならば、一緒に置くしかないだろう」


 リオンの瞳が、リーザスを貫いた。

 金色の双眸。底の見えない、深い深い眼。


 それは命令ではなかった。

 反論を許さぬ、絶対の裁定だった。



   ◇


 扉の前に、四人が立っていた。


 話は終わった——はずだった。

 だがリオンは、去り際にもう一度だけ足を止めた。


「……うまく使え、鳳眼」


「……は、はい」


 コーネリアの返事は、わずかに硬い。


 そして、リオンは金の瞳を細めた。

 その瞬間、空気が再びぴんと張り詰めるのを、リーザスは肌で感じた。


「魔法騎士の技術は、国家最高機密。もし、その力がゾラの手に渡りそうな時は——」


 声が、一段低くなる。

 まるで、地の底から響いてくるような声だった。


「君たちの手で、メルナを葬れ」


 沈黙が、落ちた。


 誰も、何も言えなかった。

 呼吸さえ許されぬほどの圧力が、室内を支配している。


 葬れ。

 今、確かにそう言った。実の娘を——いや、娘と呼んだその少女を、いざとなれば殺せと。


 リーザスは、横目でメルナを見た。

 メルナは、やはり表情を変えていない。それがかえって、痛々しかった。

 この子は、こういう言葉に慣れてしまっているのだろうか。そう思うと、胸の奥がざらりと痛んだ。


「……わかるな?」


 リオンの瞳が、二人を縫いとめる。逃げることも、目を逸らすことも許さない。


「〜〜〜っ」


 リーザスは、声にならない声を漏らすことしかできなかった。



   ◇


 校長室を出た途端、リーザスは壁に背を預けて、頭を垂れた。

 膝が、わずかに笑っている。


「……とんでもないことになった」


 ぽつりと漏らした声には、力がなかった。

 竜騎士になる。そんな夢を見ていたはずが、いつの間にか国家機密だの、暗殺命令だのと、とんでもない場所に立たされている。


 その横で、コーネリアは肩をすくめて笑っていた。すでに、いつもの調子を取り戻している。


「ま、しゃーないか。よろしくな、メルナ」


「よろしくお願いします」


 メルナが、静かに頭を下げた。


 そして——すっと、リーザスの手を引く。

 細い指が、リーザスの手を握りしめた。


「ママ、ずっと一緒」


「だからそれやめろって!!」


 リーザスの叫びに、コーネリアが盛大に吹き出した。


「アハハ、いいじゃない。ほら、母娘仲良く」


「笑い事じゃないですよ!」


 うざがるリーザスと、なおも手を繋ごうとするメルナ。

 そのやりとりを、コーネリアは微笑ましく眺めていた。先ほどまでの張り詰めた空気が、嘘のように緩んでいく。


 ——だが、リーザスは知っていた。

 この子のこの甘え方が、どこか必死なのだということを。葬れと言われた少女が、自分の手を握って「ずっと一緒」と言う。その意味を考えると、軽く振り払うことなど、とてもできなかった。


 ふと、コーネリアが腕を組み直して、真顔になった。


「じゃ、ついでだ。編成の参考に、あんたらの力を見せてもらおうか」


「え?」


 リーザスの顔が、引きつる。


「あと三週もすれば卒業でしょ? そしたら、あんたらウチに配属される。こっちも迎える準備しなきゃなのよ」


 コーネリアが、来い来い、と手招きのポーズを取った。

 その目が、どこか楽しそうに——いや、不穏に光っている。


「格技で、二人同時にかかってきなさい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ