銀翼、校庭に降りる
◇
学園の上空に、風が巻いた。
空気が圧縮されるような重い気配。
次の瞬間、銀色の翼が日差しを遮った。
雄大な銀竜が、ゆっくりと旋回しながら降りてくる。
校庭の中央に、大きな足が静かに着地した。
砂塵が舞い、周囲の人々がそれを取り囲むように整列している。
リーザスたちは、全員が敬礼の姿勢を取っていた。
(あれが、元帥が乗る特殊な竜……!)
心臓が、ドキドキと音を立てている。
これは緊張ではない。畏怖だ。
竜の背から、一人の人影が降り立った。
外套がふわりと風にはためく。
着地と同時に、低い声が響いた。
「出迎え、ご苦労」
リオン元帥。
その金色の瞳が、ゆっくりと整列の列を見渡す。
ふと、その視線が一点に止まった。
「……鳳眼。来ていたのか」
コーネリア騎士団長が、片目だけで笑った。
「ええ。内定者の面談に来まして」
「ほう」
短く返して、リオンの視線が再び動いた。
その先に、リーザスがいた。
心臓が跳ねる。
反射的に、声を張った。
「リ、リーザス・モートン! 第七騎士団に内定を頂いております!」
リオンは無言だった。
顔を少し傾けて、リーザスの全身を観察するように見ている。
「ふむ」
ただそれだけ。
でもリーザスにとっては、地獄のような数秒だった。
(なんだ!? おっさんだと馴られる? それともメルナのことを気付かれる?)
冷や汗が背中を伝う。
目の前の元帥の眼は、見るものすべてを見透かしてしまいそうな、そんな深さがあった。
その金色の視線が、ふと下に降りた。
リーザスの胸元へ。
「君は、面白いものを身に付けているな」
リオンが言った。
「それが何か、知っているのか?」
ペンダント——リーザスの胸で揺れる、古ぼけた石。
「え?」
予想外の質問に、リーザスは戸惑いながら答えた。
「いや、これは竜の心臓とか言われておりますが、特別な価値はない、ただの石であります」
リオンが、ふっと笑った。
「はっは。ただの石か。その通りだ。違いない」
「はい。ですが、私にとって大切なものであります」
リオンの目が、ほんの僅かに細められた。
「なるほど。だが——いい趣味をしているな。大事にするがいい」
「????」
リーザスは目を瞬かせた。
周りの面々も、何のことか分からず戸惑っている。
リオンはそれ以上何も言わず、ゆっくりと歩き出した。
「わ、分かりました」
その背に向けて、リーザスは慌てて声を上げた。
(な、なんだ? 俺、なんか笑われるような事を言ったか?)
頭の中は、疑問符でいっぱいだった。
◇
「ヴィクトールよ、久しいな」
リオンの足が、校長の前で止まった。
「閣下のご来訪、誠に光栄に存じます。急なお越しで準備も行き届かず、失礼があれば……」
校長のヴィクトールが、深々と頭を下げる。
「よい」
短く制して、リオンは校庭に視線を巡らせた。
連れてきた銀竜——羽毛に覆われた首を、一度だけ撫でる。
長年の相棒を労わるような、慣れた手つきだった。
「ここはいい場所だ。若き騎士たちの闘気と、神聖力が満ちている」
その視線の先に、メルナがいた。
メルナは緊張した面持ちで、敬礼の姿勢を保ったまま動かない。
◇
横一列に並ぶ教官たち。
その端の手前で、ダミアンがガチガチに固まっていた。
リオンの目が、そのダミアンを捉える。
「そこに見えるダミアン」
ダミアンの背筋が、びくっと伸びた。
「お前が随分、“うちのメルナ”をしごいているらしいじゃないか」
一拍、間が空いた。
ダミアンは破顔して、深く頭を下げた。
「いやはや、愛の鞭ってやつでして」
「ふ」
リオンが小さく笑った。
「貴様の指導は正しい。今後も“上”に忖度するな」
「……ハッ!」
ダミアンが、よく通る声で返事をする。
リオンの視線が、またメルナで止まった。
しばし、無言。
やがて静かに、視線を切った。
「メルナ・カストラを校長室へ」
「わ、わかりました」
ヴィクトールが、慌ててメルナを呼ぶ。
「メルナ! こちらに!」
「かしこまりました」
メルナは静かに歩き出した。
リオンと校長と共に、校舎の方へ消えていく。
その背を、リーザスは見送っていた。
(メルナ……大丈夫かよ)
胸の奥に、嫌な予感があった。
◇
校長室。
テーブルの上に、お茶のセットが整えられていた。
ヴィクトールはすでに退室している。
部屋の中には、リオンとメルナだけが残された。
「直接お会いするのは、お久しぶりです——お母様」
メルナが静かに言った。
リオンの口角が、わずかに上がる。
金色の瞳が、柔らかく折れた。
「メルナ。愛しい我が娘。……元気そうで何より」
「お母様もご健勝そうで」
メルナは表情を崩さない。
「で、今日は——どういったご用で?」
リオンの目が、じっとメルナを見つめた。
金色の双眸が、まるで魔法をかけるように離れない。
「君のことが気になってね。……何か変わったことが、あったかい?」
メルナは表情を変えなかった。
「いいえ。何も」
淡々と続ける。
「適合は順調に進み、魔法の腕も上がっています」
リオンは目を逸らし、お茶を口に運んだ。
ゆっくりと、味わうように一口。
「君は、私の誇りだよ」
茶器を置く。
「……私の計画通りに、育っている」
◇
校庭の端。
壁にもたれて、コーネリアとリーザスが声を潜めて話していた。
「えっ!」
コーネリアの声が、思わず跳ねた。
慌てて、声量を落とす。
「そ、それって——魔法騎士への命令権を、あんたがリオンから奪ったってことでしょ?」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「なんで私ら騎士団長クラスでも、ほとんど知らない魔法騎士の技術に、あんたが介入してるの」
「ワザとじゃないっすよ! あれは事故です」
「それ、証明できる?」
コーネリアの目が、鋭くなった。
「出来なきゃ——極刑かもよ」
「そんな!」
リーザスは血の気が引いた。
「最高機密に触れちゃったんだ」
コーネリアは静かに言った。
「本人の意思とか、現場の事情とか——国は考慮してくれない時だってある」
「……」
「ってかアタシだって、こんな事聞きたくなかったんだけど」
「そんな、上官じゃないっすか」
「十歳も年上のおっさんのくせに!」
「ひどい!」
その時——校内放送が鳴った。
『リーザス・モートン。元帥閣下がお呼びだ。今すぐ校長室に来るように』
二人の動きが、ぴたりと止まった。
「……」
「……」
しばしの沈黙。
「……しかたないね」
コーネリアが、ふっと息を吐いた。
「私も、上官としてついて行ってやるよ……」
「コーネリアさん」
リーザスは思わず、感動した目を向けた。
「だけど」
コーネリアは前を向いたまま続けた。
「あんまり期待するなよ」
「!」
「あの人を怒らせて消えて行った騎士は——百人じゃすまないからな」
「……」
◇
校長室の扉の前。
リーザスは、深く息を吸って吐いた。
隣のコーネリアが、わずかに頷く。
「し、失礼します」
扉を開ける。
リオンの隣に、メルナが座っていた。
部屋の空気が、ずしりと重い。
リオンの金色の瞳が、ゆっくりとリーザスを捉えた。
「リーザス・モートン」
「!」
「君に、質問がある」
リーザスの心臓が、ドクン、と跳ねた。
リオンが、静かに言葉を続けた。
「——君は、最高機密の“鍵”を拾った自覚があるか」
(やっぱ、バレてる〜〜〜!!)
心臓が暴走を始めた。
ドクン、ドクン、ドクン。
あがり症の悪い癖が、最悪のタイミングで顔を出していた。




