表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
56/56

銀翼、校庭に降りる


 学園の上空に、風が巻いた。


 空気が圧縮されるような重い気配。

 次の瞬間、銀色の翼が日差しを遮った。


 雄大な銀竜が、ゆっくりと旋回しながら降りてくる。

 校庭の中央に、大きな足が静かに着地した。

 砂塵が舞い、周囲の人々がそれを取り囲むように整列している。


 リーザスたちは、全員が敬礼の姿勢を取っていた。


(あれが、元帥が乗る特殊な竜……!)


 心臓が、ドキドキと音を立てている。

 これは緊張ではない。畏怖だ。


 竜の背から、一人の人影が降り立った。


 外套がふわりと風にはためく。

 着地と同時に、低い声が響いた。


「出迎え、ご苦労」


 リオン元帥。

 その金色の瞳が、ゆっくりと整列の列を見渡す。


 ふと、その視線が一点に止まった。


「……鳳眼。来ていたのか」


 コーネリア騎士団長が、片目だけで笑った。


「ええ。内定者の面談に来まして」


「ほう」


 短く返して、リオンの視線が再び動いた。


 その先に、リーザスがいた。


 心臓が跳ねる。

 反射的に、声を張った。


「リ、リーザス・モートン! 第七騎士団に内定を頂いております!」


 リオンは無言だった。

 顔を少し傾けて、リーザスの全身を観察するように見ている。


「ふむ」


 ただそれだけ。

 でもリーザスにとっては、地獄のような数秒だった。


(なんだ!? おっさんだと馴られる? それともメルナのことを気付かれる?)


 冷や汗が背中を伝う。

 目の前の元帥の眼は、見るものすべてを見透かしてしまいそうな、そんな深さがあった。


 その金色の視線が、ふと下に降りた。


 リーザスの胸元へ。


「君は、面白いものを身に付けているな」


 リオンが言った。


「それが何か、知っているのか?」


 ペンダント——リーザスの胸で揺れる、古ぼけた石。


「え?」


 予想外の質問に、リーザスは戸惑いながら答えた。


「いや、これは竜の心臓とか言われておりますが、特別な価値はない、ただの石であります」


 リオンが、ふっと笑った。


「はっは。ただの石か。その通りだ。違いない」


「はい。ですが、私にとって大切なものであります」


 リオンの目が、ほんの僅かに細められた。


「なるほど。だが——いい趣味をしているな。大事にするがいい」


「????」


 リーザスは目を瞬かせた。

 周りの面々も、何のことか分からず戸惑っている。


 リオンはそれ以上何も言わず、ゆっくりと歩き出した。


「わ、分かりました」


 その背に向けて、リーザスは慌てて声を上げた。


(な、なんだ? 俺、なんか笑われるような事を言ったか?)


 頭の中は、疑問符でいっぱいだった。


   ◇


「ヴィクトールよ、久しいな」


 リオンの足が、校長の前で止まった。


「閣下のご来訪、誠に光栄に存じます。急なお越しで準備も行き届かず、失礼があれば……」


 校長のヴィクトールが、深々と頭を下げる。


「よい」


 短く制して、リオンは校庭に視線を巡らせた。

 連れてきた銀竜——羽毛に覆われた首を、一度だけ撫でる。

 長年の相棒を労わるような、慣れた手つきだった。


「ここはいい場所だ。若き騎士たちの闘気と、神聖力が満ちている」


 その視線の先に、メルナがいた。


 メルナは緊張した面持ちで、敬礼の姿勢を保ったまま動かない。


   ◇


 横一列に並ぶ教官たち。

 その端の手前で、ダミアンがガチガチに固まっていた。


 リオンの目が、そのダミアンを捉える。


「そこに見えるダミアン」


 ダミアンの背筋が、びくっと伸びた。


「お前が随分、“うちのメルナ”をしごいているらしいじゃないか」


 一拍、間が空いた。

 ダミアンは破顔して、深く頭を下げた。


「いやはや、愛の鞭ってやつでして」


「ふ」


 リオンが小さく笑った。


「貴様の指導は正しい。今後も“上”に忖度するな」


「……ハッ!」


 ダミアンが、よく通る声で返事をする。


 リオンの視線が、またメルナで止まった。

 しばし、無言。

 やがて静かに、視線を切った。


「メルナ・カストラを校長室へ」


「わ、わかりました」


 ヴィクトールが、慌ててメルナを呼ぶ。


「メルナ! こちらに!」


「かしこまりました」


 メルナは静かに歩き出した。

 リオンと校長と共に、校舎の方へ消えていく。


 その背を、リーザスは見送っていた。


(メルナ……大丈夫かよ)


 胸の奥に、嫌な予感があった。


   ◇


 校長室。


 テーブルの上に、お茶のセットが整えられていた。

 ヴィクトールはすでに退室している。

 部屋の中には、リオンとメルナだけが残された。


「直接お会いするのは、お久しぶりです——お母様」


 メルナが静かに言った。


 リオンの口角が、わずかに上がる。

 金色の瞳が、柔らかく折れた。


「メルナ。愛しい我が娘。……元気そうで何より」


「お母様もご健勝そうで」


 メルナは表情を崩さない。


「で、今日は——どういったご用で?」


 リオンの目が、じっとメルナを見つめた。

 金色の双眸が、まるで魔法をかけるように離れない。


「君のことが気になってね。……何か変わったことが、あったかい?」


 メルナは表情を変えなかった。


「いいえ。何も」


 淡々と続ける。


「適合は順調に進み、魔法の腕も上がっています」


 リオンは目を逸らし、お茶を口に運んだ。

 ゆっくりと、味わうように一口。


「君は、私の誇りだよ」


 茶器を置く。


「……私の計画通りに、育っている」


   ◇


 校庭の端。


 壁にもたれて、コーネリアとリーザスが声を潜めて話していた。


「えっ!」


 コーネリアの声が、思わず跳ねた。

 慌てて、声量を落とす。


「そ、それって——魔法騎士への命令権を、あんたがリオンから奪ったってことでしょ?」


「いや、そういうつもりじゃ……」


「なんで私ら騎士団長クラスでも、ほとんど知らない魔法騎士の技術に、あんたが介入してるの」


「ワザとじゃないっすよ! あれは事故です」


「それ、証明できる?」


 コーネリアの目が、鋭くなった。


「出来なきゃ——極刑かもよ」


「そんな!」


 リーザスは血の気が引いた。


「最高機密に触れちゃったんだ」


 コーネリアは静かに言った。


「本人の意思とか、現場の事情とか——国は考慮してくれない時だってある」


「……」


「ってかアタシだって、こんな事聞きたくなかったんだけど」


「そんな、上官じゃないっすか」


「十歳も年上のおっさんのくせに!」


「ひどい!」


 その時——校内放送が鳴った。


『リーザス・モートン。元帥閣下がお呼びだ。今すぐ校長室に来るように』


 二人の動きが、ぴたりと止まった。


「……」


「……」


 しばしの沈黙。


「……しかたないね」


 コーネリアが、ふっと息を吐いた。


「私も、上官としてついて行ってやるよ……」


「コーネリアさん」


 リーザスは思わず、感動した目を向けた。


「だけど」


 コーネリアは前を向いたまま続けた。


「あんまり期待するなよ」


「!」


「あの人を怒らせて消えて行った騎士は——百人じゃすまないからな」


「……」


   ◇


 校長室の扉の前。


 リーザスは、深く息を吸って吐いた。

 隣のコーネリアが、わずかに頷く。


「し、失礼します」


 扉を開ける。


 リオンの隣に、メルナが座っていた。

 部屋の空気が、ずしりと重い。


 リオンの金色の瞳が、ゆっくりとリーザスを捉えた。


「リーザス・モートン」


「!」


「君に、質問がある」


 リーザスの心臓が、ドクン、と跳ねた。


 リオンが、静かに言葉を続けた。


「——君は、最高機密の“鍵”を拾った自覚があるか」


(やっぱ、バレてる〜〜〜!!)


 心臓が暴走を始めた。

 ドクン、ドクン、ドクン。


 あがり症の悪い癖が、最悪のタイミングで顔を出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ