第50話 最高機密
沈黙。
竜核の脈動音だけが、遺跡の中に響いていた。
その音が止むと、二人の間に妙な間が生まれた。
「……」
「……」
メルナがぱん、と手を叩いた。
唐突すぎる音に、リーザスは肩を跳ねさせる。
「改めて説明いたしますね。今よろしいですか?」
「あ、ああ。頼む」
「まず前提として、ご理解いただきたいのですが――」
メルナは胸元に指を当てた。
「私のここには、“竜核”と呼ばれるものが移植されています」
「竜核……!」
リーザスが息を呑む。
「簡単に言うと、竜の心臓ですね」
その言葉に、リーザスは思わず胸元のペンダントを握りしめた。
ビアンカが残した“竜の心臓”の石――偶然とは思えない符号が胸をざわつかせる。
「そして、竜の心臓には魔力を生み出す“魔力炉”があるのですが……」
メルナはまるで講義でもしているかのように、淡々と続けた。
「その魔力炉には、思考や記憶を司る――脳のような機能もあるのです」
「脳!? 心臓に脳があるってことか?」
「ええ。竜は二つの思考器官を持っています。
一つは頭部の脳。もう一つは心臓部の“竜核”。
竜たちはそれを併用して思考し、生きているのです」
メルナは指先で空中に竜の図を描いた。
心臓と脳を結ぶ光の線。
竜の精神が、常に“二重構造”であることを示していた。
「そして竜核には――母竜への愛着衝動を発生させる性質があります」
「愛着……衝動?」
メルナは頷く。
「はい。竜は、母竜の命令を絶対に拒むことができません。
母の声は、竜核を通して“支配信号”として刻み込まれるんです」
彼女の表情が、少しだけ陰った。
「……そして、その性質は、竜核を移植された私たち魔法騎士にも受け継がれます」
リーザスの背筋に冷たいものが走る。
メルナは胸を押さえながら、はっきりと言った。
「つまり――自分が“母竜”と認識した存在への、絶対的な服従です」
「……!」
メルナは人差し指でリーザスを指した。
「そう。リーザスさん。あなたは、私の“お母様”になったのですわ」
リーザスの顔が硬直した。
「……は?」
◇
「待て待て待てぇい! なんで俺が君のお母さんになるんだよ!」
「はい。先ほど私が錯乱した際、自分の雷撃で竜核を破損させたようです」
メルナはまるで修理報告でもするように平然と言った。
「竜核は幸い自己修復しましたが、その過程で元々設定されていた母竜の情報が一時的に失われました」
「……つまり?」
「そのタイミングで、リーザスさんが――」
彼女はまっすぐに彼を見る。
「“オレがママだよ”と」
リーザスの脳裏に、あの瞬間がフラッシュバックする。
稲妻の中、錯乱した彼女を必死に止めようとして、確かに言った。
――オレがママだよ!
「……言った。言ったな、確かに」
リーザスは額を押さえた。
「ちなみに、これは偶然に偶然を掛け合わせて発生した、極めて稀な現象です」
メルナの背後には、頭に布をかぶった博士たちの幻影が浮かぶ。
「修復の過程で母竜設定が書き換わるなんて、開発者の誰も想定していなかったでしょうね」
「ちょっと待て。君自身がそこまで理解してるのに、
それでも俺を母親と感じるのはおかしいだろ!」
メルナは胸のあたりを押さえた。
「……はい。頭では分かっています。リーザスさんはお母様ではないと」
彼女は静かに、自分の心臓――竜核に手を添える。
「でも……“ここ”が疼くんです」
「は?」
突然、メルナが彼の胸に飛び込んできた。
柔らかく、しかし竜の力を秘めた腕が彼を抱きしめる。
「ママ!」
「わっ!? お、おいっ!?」
メルナは顔を埋めたまま、切実な声で囁く。
「私をよしよしして、慰めてください」
「なっ、なんだそれ! お、落ち着けメルナ!」
リーザスが慌てふためく中、メルナは上目づかいで見上げた。
「お願い、ママ」
(……なんだ、もうわけわかんねぇ)
リーザスは諦めたように肩を落とし、ぎこちなく頭を撫でた。
「こ、こうすればいいのか?」
メルナは一瞬で息を吐いた。
「……ふぅ。落ち着きました。ありがとうございます」
「だったら離れてくれ」
「嫌です。まだ“ママみ”が足りません」
「マ、ママみ!?」
頭がぐらつくリーザスは、思わず話題を変えた。
「……教えてくれ。俺の前に“母竜”に設定されてたのは誰だ?」
「はい。元帥閣下です」
「……元帥?」
「ええ。リオン・ベイレン最高司令官。十三騎士団は元帥直轄部隊ですから」
「そ、それって公表されてるのか?」
「いいえ。軍の最高機密です」
「最高機密って……」
リーザスは頭を抱えた。
メルナは、唇に人差し指を当てて微笑む。
「バレたら、私もママも、処分対象ですわ」
「処分って!?」
「だから、これは二人だけの秘密に」
「はあ!?」
◇
リーザスが混乱しているその背後で――。
「な、なにやってるんですか、リーザスさん」
ルーカの声が響いた。
振り返ると、アブラナ、ゼファルド、クレオ、ルーカの四人が並んでいた。
全員、目が死んでいる。
「いや、これは違う! 誤解だ!」
リーザスが両手を振る。
だが、その隣でメルナが一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「皆さん。このたびはご心配をおかけしました」
表情はすっかり元通り、冷静で理知的な“魔法騎士”の顔だった。
「もう大丈夫です。完全に落ち着きました」
四人は顔を見合わせる。
リーザスだけが、その豹変ぶりに口をぱくぱくさせた。
(……おい。今の抱きつき劇は、どこの次元に置き忘れた!?)
メルナは涼しい顔で続けた。
「お母様――いえ、リーザスさん。後ほど、グランスの状態を確認しておきますね」
「……お、おう」
雷雲の切れ間から、朝日が差し込んだ。




