お母様になったおっさん
《対象者をマスターとして認証しました。以後、マスターの意に従って行動してください》
機械のような声が、メルナの胸の奥――竜核から響いた。
静寂の荒野に、その冷たい声だけがこだまする。
「……わかりました。お母様」
「お母様!?」
リーザスの顔が引きつる。
「な、なに言ってんだ。メルナ、まだ錯乱してるのか?」
「いいえ。ただ落ち着いてはいません」
メルナは平然とした口調で答える。
「……落ち着いてはいないってどういう状態だよ」
「落ち着くために状況を確認したいので、三秒ください」
「はあ!? 三秒ってなに!?」
メルナは無表情のまま、リーザスの手首を見つめた。
「お願い、手を離して」
「あ、ああ……」
リーザスはおそるおそる手を放す。
「もう暴れるなよ」
「……」
メルナはそのまま冷静に立ち上がり、荒野を見渡した。
雷の焼け跡、黒く焦げた地面。
遠くには崩れかけた石柱――前王朝時代の遺跡がそびえている。
「ここは大学校の東、旧王朝の遺跡群……。
どうやら、あの騒ぎの途中でここまで飛ばされたようね」
「…………」
リーザスは言葉を失った。
メルナは自分の体を見下ろす。
脚はまだ竜と人とのあいの子のように変質している。
「グランスと融合しているということは……
騎乗中に竜核が暴走し、私自身も制御を失った。そういうことね?」
「……まぁ、そんな感じだな」
淡々と分析され、リーザスは額に汗を浮かべた。
「この子にも可哀そうなことをしたわ」
メルナはグランスの頭を撫でた。
「――分離」
柔らかい光が走り、グランスの身体が分離する。
どすん、と地面に倒れ、荒い息を吐いた。
メルナも地面に膝をつき、体から竜の鱗が消えていく。
「……ごめんなさい。落ち着きました」
◇
リーザスはまだ状況についていけなかった。
「え、えぇと……?」
メルナが振り返る。
「なあに、お母様?」
「……いや、もうそれはいいんだけどな」
リーザスは額を押さえ、ため息をつく。
「お前、自分が何をやったか覚えてるのか?」
「はい。部分的には欠損してますが、記憶は脳と竜核で別々に保存されています。
そこから照合して、おおよそは推察可能です」
「おおよそでいいんだよ、おおよそで……」
「それと、あなたがリーザス・モートン。三十五歳。
私の同僚であり、お母様です」
「待て待て待て!」
リーザスは手を振った。
「“お母様”はもうやめろ! さっきのは勢いで言っただけだ!」
「分かりました、お赤様」
「しつこい! ……っていうか、なんでそうなるんだ!」
リーザスのツッコミが雷鳴のように響いた。
しかし、メルナは真顔のまま淡々と続ける。
「おかしくありませんわ。
あなたはリーザス・モートン、三十五歳。私のお母様です」
「理解が追いつかねえ……!」
「では、三秒ください」
メルナは指を顎に当て、真剣な顔で考え始めた。
その真剣さが逆に腹立たしい。
「……いや、三秒で何を考えるんだよ」
「説明の仕方です」
「だから怖いんだって、その冷静さが!」
二人の間に、妙な間が生まれる。
雷鳴は止み、風だけが吹き抜ける。
「……」
「……」
やがてメルナは、わずかに微笑んだ。
「お母様。落ち着いてください。
竜核のマスター認証は、あなたに固定されています。
今さら取り消すことはできません」
「……つまり?」
「私は、あなたの言葉しか聞かない、ということです」
リーザスの脳内に鈍い音が響いた。
(あ、これ……めんどくさいやつだ)
「なあメルナ。
せめて“お母様”じゃなくて“上司”とか“隊長”とか……もうちょっとマシな呼び方に――」
「承知しました。ママ」
「だからあああああっ!!」
その絶叫が遺跡に木霊し、雷雲が一瞬だけ震えた。
荒野に、今日も“お母様になったおっさん”の悲鳴が響いたのだった。




