頼むぜ、相棒
稲光が空を裂き、耳をつんざく轟音が大地を震わせた。
荒野の中心――そこに立つのは、ただ一頭の老騎獣と、ひとりの男。
リーザスはグランスのたてがみに手を置き、静かに息を吐いた。
「……お前」
雷鳴が轟く。
ズガァン――!
雷柱が地面を焼き、黒煙が立ち上がる。
だが、グランスは一歩も動かなかった。
稲妻の光がその身体を照らす。
筋肉の隆起、傷だらけの毛並み。
その瞳には、戦場を生き延びた者だけが持つ“覚悟”の色が宿っている。
(すげぇ……俺だって、こんな近くに雷が落ちたら逃げ出すってのに)
リーザスの胸が熱くなった。
グランスの黒い瞳が静かにこちらを見る。
恐怖も、焦りもない――ただ、信頼だけがあった。
リーザスは手綱を握りしめる。
(……そうか。お前は戦帰りだもんな)
口角が上がる。
「なら、これぐらいの修羅場……慣れてるだろ」
手綱を一気に引き、グランスの身体が弾けるように動く。
蹄が雷鳴に重なる音を立てて砂を蹴り上げた。
リーザスはその背で叫ぶ。
「――頼むぜ、相棒ッ!!」
グランスが雄叫びを上げた。
その声はまるで雷鳴と競うように空へ響いた。
◇
空では、メルナが剣を掲げていた。
体を覆う雷光が強まる。
その姿はもはや人ではなく、竜の巫女――あるいは竜そのもの。
「来るな!」
雷鳴が唸るように爆ぜる。
だが、リーザスは怯まなかった。
グランスを操り、雷の海をかいくぐる。
「メルナ! いいから闘気を放つのをやめろ! 融合が進むぞ!」
メルナの瞳が揺らぐ。
「……!」
その声は届いたかに見えた。
だが、次の瞬間――彼女の心に黒い声が響いた。
(なんなのよ……! なんで、帰ってくれないの!? どうして、まだ私を見てるの!?)
その視界を、ふいに何かが横切った。
空を滑る鬼面フライの群れだ。
「メルナ……竜の巫女……メルナ、生贄……」
「――っ!」
メルナは怒りに任せて剣を振る。
雷の刃が空を裂き、鬼面を両断する。
しかし、切り裂かれた鬼面が膨張し、ボムッと破裂。
黒い瘴気が煙のように広がり、メルナの顔を包んだ。
「うるさいッ!!」
次の瞬間、彼女はその瘴気を吸い込んでしまった。
胸が焼け、意識が遠のく。
「メルナッ!!」
リーザスが手を伸ばす。
その声は、雷の中でも確かに届いた。
◇
メルナの瞳が揺れた。
しかし、その視界の中で、リーザスの顔が歪む。
――ぐにゃりと、違う誰かの顔に変わった。
幼いころの記憶。
崖の上。
彼女を突き落とした司祭の顔。
「荒ぶる竜よ……この生贄を受け入れたまえ!」
「いやだ! いやだぁぁ!!」
現在のメルナが叫ぶ。
「いやだっ!!」
雷鳴が再び走る。
リーザスは剣を構えた。
「メルナっ!」
彼女の顔は涙に濡れていた。
(お母様……助けて……!)
その瞬間、天から閃光が走る。
彼女の剣が巨大な雷刃へと変わった。
「――っ!」
リーザスが目を見開く。
煽りの構図で、メルナの雷剣が振り下ろされる。
その閃光が空を裂き、彼を飲み込まんと迫る。
リーザスは一瞬の判断で、剣を抜かず――両手で、柄を掴んだ。
「うおおおおおおおおっ!!」
雷光が炸裂した。
全身を貫く痛み。
電流が心臓を焼き、視界が真っ白に染まる。
(……受けた瞬間、感電する。でも、あのまま避けたら……彼女を止められねえ!)
リーザスの歯が砕けるほどに噛み締められ、全身が痙攣する。
「――――耐えるしか、ねぇぇぇ!!」
雷鳴と叫びが一つになった。
バチィィィィィィンッ!!
二人の身体を電流が包み込み、爆風が荒野を焼いた。
リーザスは歯を食いしばり、剣の柄を離さなかった。
そしてその手に、確かな“命の鼓動”を感じていた。
泣き叫ぶメルナの声が、雷鳴に混ざって響く。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




