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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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メルナVSゼファルド

 潮風の匂いが鼻を突いた。

 暗い雲が垂れ込める空の下、海に突き出た断崖が広がっている。

 荒波の向こうには、白い神殿――竜を祀る古の祭壇があった。


 幼きメルナは、その崖の端に立たされていた。

 司祭が祈りを捧げ、信徒たちが膝をつく。

 村人たちのざわめきが、波音と一緒に耳へと押し寄せる。


「やめてっ……! いやぁぁぁ!」

 泣き叫ぶ声が、風にかき消された。


 粗末な法衣を着た司祭が、メルナの首根っこを掴んだ。

「荒ぶる竜の神よ――この幼き生贄の魂をお受け取りください!」


 群衆の中、母と思しき女が祈りを続けている。

 顔を上げようともしないその姿に、メルナの幼い心が砕けた。


「お母さんっ! 助けてっ!」


 その叫びも、海鳴りに飲み込まれた。

 そして、少女の小さな体が宙に放り出される。


 世界が回転し、風が悲鳴を上げる。

 冷たい海が口を開き、すべてを呑み込んだ――。


          ◇


 ――あれ以来、何も信じられなかった。

 あの日を境に、誰も、何も。


「……私は、もう奪われない」


 メルナの瞳が光を宿す。

 稲光のような青い魔力が全身を走り抜け、彼女の剣が電撃を纏った。


 対峙するゼファルドが、低く息を吐いた。

「随分、ガスを吸ったようだな」


 地を踏みしめるたび、砂が震える。

 メルナの足元には、グランスの影が重なっていた。

 その脚はもはや人間のものではない。皮膚が鱗のように変質し、竜の四肢と融合している。


「その脚……まさかグランスと同化しているのか?」


 メルナの答えは沈黙。

 代わりに、雷鳴が轟いた。


 次の瞬間、剣と剣が激突する。

 閃光と爆音が荒野に弾け、砂塵が吹き飛ぶ。


「電撃を帯びた剣……魔法剣か」

 ゼファルドの冷たい声が響く。

「だが、その程度の魔法、俺には通じん!」


 影が揺れた。

 ゼファルドの姿が消える。


「――ッ!?」

 メルナの視界の端。

 瞬間移動のように、ゼファルドが背後に現れた。


 動く間もなく、腕が喉に回る。

 剣を握ったままのスリーパー・ホールド。

 冷たい腕が彼女の首を締め上げた。


「眠ってもらうぞ」


 息が詰まり、視界が暗くなっていく。

 けれど――その瞬間。


 メルナの手が閃いた。

 電撃がほとばしり、ゼファルドの腕を掴む。


「は……な、して……!」


「無駄だ」

 ゼファルドは締める力を強めた。


 だが、その構図は、彼女の脳裏に焼きついた光景と重なる。

 幼い日の司祭。

 首を掴まれ、海に落とされる瞬間。


 脳裏に、あの日の冷たい海風が吹いた。


「……いやだ……!」


 メルナの瞳に黒雲が映る。

 荒野の上空に、いつの間にか雷雲が集まっていた。


 彼女は心の中で呟く。

(――雷撃剣〈サンダーソード〉)


 轟音。

 天から稲妻が落ちた。


 ゼファルドもメルナも、同時に白目を剥き、電撃に包まれる。

「ぐっ……!」

「かはっ……!」


 二人の体が爆風に吹き飛ばされ、砂塵が舞い上がった。


          ◇


 ゼファルドは地面に叩きつけられた。

 砂を吐きながら、呻く。


「……まさか……自分ごと雷を落とすとは……」


 指先が震える。

 全身の神経が焼けつくような痛み。

 それでも、彼は必死に身を起こした。


 目の前には――グランスに跨がったメルナがいた。

 彼女は意識を失い、ぐったりと身体を預けている。

 代わりに、グランスの瞳が禍々しい光を宿していた。


「……まさか、グランスが……メルナを……」


 ゼファルドの言葉を嘲笑うように、空を飛ぶオーガフライたちが群がる。


「メルナ生贄ィ……!」

「竜の巫女ォ……!」


 呪詛のような声が荒野を満たした。


 ゼファルドは剣を抜く。

 体中の筋肉が悲鳴を上げても、構えは崩さない。

 瞳に宿るのは哀しみと決意。


「……残念だが、そのグランスは始末させてもらう」


 彼の体から、黒い闘気が噴き上がった。

 剣に纏うそれは、まるで影の炎。

 荒野の砂を巻き上げ、空気が震える。


「今、救ってやる……」


 ゼファルドの剣が唸る。

 闘気がうねり、刃が巨大な黒い斬撃を形成する。

 遠くから雷鳴が応えた。


 黒と青、闇と雷。

 荒野の空で、二つの力が再び激突しようとしていた。


 そして――その瞬間、メルナの唇がかすかに動いた。


「……ゼファルド……離れて……」


 声は風にかき消えたが、彼の心には確かに届いた。


 次の瞬間、荒野の地平線に、再び稲光が落ちた。

 世界が白く染まり、竜の咆哮が轟いた。


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