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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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竜の巫女

 朝の光もろくに差し込まない遺跡の谷に、獣の絶叫が響き渡った。


「ギョエエエ!」


「お願い、止まって……!」


 メルナは鞍にしがみついたまま叫んだ。

 手綱を引いても、まるで効かない。

 グランスはその巨体を震わせながら、猛然と駆け続けていた。


 そして——グランスの首が回った。


 百八十度。

 ありえない角度で、完全に後ろを向いたまま、それでも前へ走り続ける。

 白目をむいたような瞳が、まっすぐにメルナを捉えていた。


「ギョエエエエエ!」


「っ〜〜〜〜〜〜!」


 たじろぐメルナの目が、咄嗟に周囲を探る。

 左右には崩れかけた崖壁と、苔むした遺跡の石組み。

 隙間はある。飛び降りられる。


(仕方がない——脱出を……!)


 そう判断して脚を動かした瞬間、メルナは気づいた。


「!」


 グランスの長い体毛が、まるで意志を持つように伸びていた。

 両脚に絡みつき、鞍から離れられないよう、がっちりと締めつけている。


「ちょっと、君、離して!」


 引き剥がそうとしても、びくともしない。


「魔法を使うと吸収されちゃうし……どうすれば……」


 その時。


 ブーン、と低い羽音が聞こえた。


 最初は一つ。

 次に二つ。

 気がつけば、複数の影がメルナの周りをゆらゆらと漂っていた。


 小さな胴体に、丸く膨れた鬼の面。

 トンボのような薄い翅。

 奇妙な魔物が、無言でメルナを取り囲んでいる。


「メルナ! 竜の巫女!」


 名前を呼ばれた。


 メルナは反射的に剣へ手をかけた。


「メルナ! 竜の——」


 振り切った。

 鬼面が斬り落とされる。


 だが。


 落ちた鬼面の後頭部が、ぼこりと不自然に膨れあがった。

 次の瞬間——破裂した。


 白いガスが噴き出す。


 避ける間もなかった。

 メルナは、そのガスをまともに浴びた。


   ◇


「な、あんだありゃあ!?」


 クレオが声を上げた。


 リーザスたちのいる場所からでも、鬼面の群れがじわじわと広がっているのは見えていた。

 ふわふわと不規則に飛ぶ、醜い面の魔物たち。


 リーザスは素早く剣を構えた。


「リーザスおっさん! リーザスひとりぼっち!」


「!」


 ぎくり、と全身が固まった。


「くっ——なんだこいつ!」


 反射的に声が出る。

 一同も同様だ。誰もが眉をひそめ、あるいは目を見開いている。


「人の記憶を読んで、悪態を吐く魔物だ」


 クレオが静かに言った。


「オーガフライ。遺跡地帯によく出る。しぶとい連中だ」


「クレオ、アゴワレ。クレオ、アゴワレ」


 鬼面がクレオの周りをふわふわと飛ぶ。

 クレオは顔色一つ変えずに続けた。


「気をつけろ。こいつ自体はそれほど危険じゃない。だが——迂闊に斬るとまずい」


「まずいって……どういうことだ」


「催眠性のガスを出す。一旦吸うと幻覚を見たり、動けなくなったりする」


 クレオは淡々と言った。


「最後はこいつらに食われちまうのさ」


 その時、アブラナが悲鳴を上げた。


「!」


 気づけば、大柄な体の周りに鬼面がわらわらと群がっていた。

 一匹、二匹、三匹——あっという間に纏わりついて、口々に叫んでいる。


「デーブデーブ、村の笑いもの〜」


「やめてけろ〜!」


「アブラナ、走れ!」


 リーザスの声が飛んだ。

 アブラナははっと我に返り、どっどっどっと地面を揺らしながら駆け戻ってくる。


「全く、何やってんだよ」


「ご、ごめん……オラ、つい聞いちまって」


「無視すりゃいいんだよ。ほっときゃ害はないんだから」


 言ったそばから。


 鬼面の一匹が、ふわりとクレオの目の前に飛んできた。

 むかつく顔で、のんびりと言い放つ。


「お前の母ちゃんブサイク!」


 クレオの眉が、ぴくりと動いた。


「母ちゃんは関係ねーだろ」


 剣に手がかかる。


「クレオさん! 無視! 無視!」


 ルーカが慌てて腕を掴んだ。


「おい、みんな急ぐぞ!」


 リーザスが声を張り上げた。


「ゼファルドが追いついているかもしれない。行くぞ!」


   ◇


 場面は少し先へ移る。


「人殺し〜」


 鬼面が飛んできた。

 ゼファルドは鼻で笑った。


「ふっ」


 一蹴して進む。

 その瞬間——バリッ、と空気が裂けるような音が響いた。


 雷の音だ。


(今のは……メルナが魔法を使った音。近くにいるのか!?)


 ゼファルドの目が細くなった。


 周囲を飛ぶ鬼面たちが、口々に喚いている。


「竜の巫女」「生贄」「竜の巫女」「生贄」——


「私はもうそんなんじゃない」


 メルナの声が聞こえた。


 遺跡の石畳の上に、メルナが立っていた。

 剣に電気を纏わせて。

 ガスの霞の向こうで、その瞳がぎらりと光っている。


「電撃剣——エレキソード!」


 雷が走った。


 周囲の鬼面が、まとめて撃ち落とされた。

 ボトボトと落下する。着地と同時に後頭部が弾け、白いガスが立ちのぼる。

 一匹、また一匹——あたり一面にガスが広がっていく。


「私は第十三騎士団、魔法騎士、メルナ・カストラなのよ!」


 その言葉は、誰かへの宣言というより——自分に言い聞かせているように聞こえた。


「やめろメルナ!」


 ゼファルドが飛び込んできた。

 マントの端で口元を覆いながら。


「そのガスを吸うと——」


 言葉が終わる前に、メルナが突っ込んできた。


 どん、と激突する。

 二人が石の床に倒れ込んだ。


 ゼファルドは驚いたまま動けない。

 上から、メルナの背中が覆い被さっている。


「……邪魔するな」


 低い、静かな声だった。


 メルナがゆっくりと振り返った。


 その目を見て、ゼファルドは息を呑んだ。


 焦点が、どこかおかしかった。

 普段のメルナではない。

 ガスに、記憶に、あるいは何か別のものに侵食されたような——


「もう私は——」


 メルナの口が開いた。


「誰にも奪われない!」


 その瞳の奥に、もうメルナ自身はいなかった。



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