リーザス班、出動
「ギョエエエ、ギョエエエエ!」
奇声が砂地の空気を引き裂いた。
メルナが乗るグランスが、尋常ではない速度で走り出していた。制御など利かない。前足が砂を抉り、後脚が地面を蹴るたびに砂埃が爆発するように舞い上がる。まるで何かに追い立てられるように——いや、逆だ。何かを追い求めるように、獣は狂ったように前へ前へと突き進んでいた。
「やめて! 止まって!」
鞍にしがみつきながらメルナが叫ぶ。手綱を引いても意味がない。グランスの首は頑として前を向いたまま、メルナの必死の制御をものともしない。
その時、グランスの体がびくりと震えた。
メルナから放たれる何かに反応するように、獣の目がカッと見開かれた。「!」と言わんばかりに。
「ギェエエエエエ!」
さらに大きな雄叫び。そして異変は起こった。グランスの顔面のあたりから、ビキビキと音を立てて何かが変わっていく。皮膚が盛り上がり、骨格が軋み、シルエットそのものが膨張を始めた。
遠方でその様子を眺めていたリーザスとクレオが、思わず足を止めた。
「な、あんだありゃあ!?」
グランスのシルエットが、みるみる変容していく。見慣れた馬に似た体躯が消え、代わりに現れたのは分厚い装甲のような鱗、逞しい四肢、恐竜を思わせる陸竜の姿だった。
「……メルナが放つ魔力に反応しているんだ」
リーザスが静かに言った。
「はあ!? グランスは魔力耐性が強い生き物なんだろ!?」
「……騎士団長クラスには、ああやって形態変化したグランスに乗るやつもいる。それだけの魔力を持った騎士だけが引き出せる、グランスのもう一つの姿だ」
リーザスは目を細めた。
「同じようにメルナの魔力は——やはり特別なんだ」
その時、リーザス自身のグランスが、突然立ち止まろうとした。
「キュエエエ」
「な、なんだっ! お前まで……」
戸惑うリーザスの横に、遅れて駆けてきたルーカとゼファルドが追いついた。
「まずいですよリーザスさん。この先には旧王朝の遺跡群があって——」
ルーカが声を上げながら、次の言葉を続けた。
「その手前にある砂地の谷は……」
その瞬間、メルナの足元から「ズズ……」と、地面の奥から響いてくるような嫌な音がした。
地面が盛り上がった。
割れた。
巨大な影が飛び出す。砂を弾き飛ばしながら、信じがたいほどの巨体が背後から空へと躍り出た。一行の目が、一斉に見開かれた。
「サンドワームの巣なんです」
ルーカの声が、震えていた。
◇
「きゃああああ!」
メルナの悲鳴が砂地に響く。間一髪でグランスが横へ跳んだ。サンドワームの巨体が砂を抉りながら着地し、メルナを乗せたグランスは脇目も振らず走り去っていく。
「あっぶな!」
ルーカが息を呑む。
「どうすんだよ。このままじゃヤバイぞ」
「助けに行くっきゃないだろ!」
リーザスが即答した。
「かと言って無策でここに突っ込むつもりか?」
クレオの言葉が刺さる。リーザスは口を噤んだ。
「そ、それは……」
その時、砂埃の向こうから荒い息遣いが聞こえてきた。
「ひぃひぃ。どうなってるんだべか?」
アブラナだ。大柄な体を揺らしながら、ようやく追いついてきた。
「アブラナッ!」
「今のサンドワームだべ」
「ああ、この先が巣らしくて」
「このままじゃメルナが食われちまう」
一瞬の沈黙。それを破ったのはアブラナだった。
「だったらオラに任せてけろ!」
全員の視線が集まる。アブラナは迷いなく続けた。
「オラがサンドワームを引きつける。頭を出したところを全員で叩く!」
「どうするつもりなんだよ」とクレオが聞く。
「村じゃよく狩ってたから、勝手は分かってる」
リーザスは一拍だけ考えた。アブラナの力は、俺が誰よりもよく知っている。
「分かった。アブラナ、頼む」
アブラナが無言でうなずいた。
「だったら、俺が単騎でメルナを追おう。俺は音を立てずにグランスを走らせられる」
ゼファルドが静かに言った。次の瞬間には、すでに動き出している。砂の上をほとんど音もなく滑るように、ゼファルドのグランスが走り去っていく。
その背を見送りながら、アブラナがグランスから降りた。
「よく分かってんな。そう、サンドワームは振動に集まるんだべ。音を立てなきゃ追われない」
「じゃあ行くぞ!」
アブラナが片足を高々と上げた。
「どすこい!」
四股が砂地を踏み抜いた。
◇
大地が鳴った。
アブラナの一踏みが生んだ振動は、砂の中を同心円状に広がっていく。俯瞰で見れば分かるだろう——波紋が砂地を伝わり、どこまでも、どこまでも。
あたりが静まり返った。
リーザスたちは息を潜めた。遠くではメルナとゼファルドの姿が小さく見える。この場に残る者たちの緊張が、空気を圧迫している。
そして——地面が動いた。
無数の盛り上がりが、砂の下を通ってこちらへ向かってくる。一本、二本、三本……数えていても意味がない。地中を走る影は、止まる気配がなかった。
「来るぞ」
アブラナが低く言った。
ドーン。
ドドドドドン。
砂の壁が弾け飛んだ。八匹のサンドワームが地面を割って一斉に頭をもたげる。筒状の巨大な口が開き、内側にびっしりと並んだ歯が剥き出しになった。
「ひぃぃ……」クレオが引き攣った声を出す。ルーカも言葉を失っている。
アブラナが背中の剣に手をかけた。
「行けっぺな、リーザスさん」
リーザスも剣を抜いた。
「あ、ああ」
二人は並んだ。左右対称に。
「「飛竜剣!」」
斬撃が交差した。
バッテン型に、サンドワームの壁が切り裂かれた。リーザスが左から右へ、アブラナが右から左へ——二つの軌跡が空中で重なり、あたり一面にサンドワームの切れ端が飛散した。
「す、すげえ……」
クレオが呆然と呟く。アブラナは豪快に笑った。
「ははは! オラの村じゃこの肉は御馳走だ!」
晴れやかな顔で振り返り、アブラナは声を上げた。
「じゃあ、オラたちもメルナ追っかけるか!」
一同がうなずく。
「行くぞリーザス班!」
「おう!」
駆け出しながら、リーザスはふと思った。
(リーザス班か……)
砂を蹴る足が、一瞬だけ間抜けなリズムになった。
(でも、だったら、その号令は俺に譲るべきじゃ——)
大事な時に、どうでもいいことを考えてしまうのがリーザスである




