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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第四章 第七騎士団編
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【外伝】エミリアの距離

【外伝】エミリアの距離


――エミリア視点――



 私の仕事は、見ることだ。


 斥候。索敵。偵察。

 敵がどこに何体いて、どの方向から来て、誰が一番危険か。それを最速で見抜いて、味方に伝える。


 だから私は、人を見るときも、そうする。


 強いか、弱いか。使えるか、使えないか。

 役に立つか、足手まといか。


 感傷は、判断を鈍らせる。

 鈍った判断は、味方を殺す。


 だから私は、誰とも仲良くならない。



   ◇



 新人が二人来ると聞いたとき、私は正直、迷惑だと思った。


 うちは対ゾラ最前線だ。

 新人の面倒を見る余裕なんてない。守りながら戦うと、こちらの死亡率が上がる。それだけの話。


 しかも、片方は十八年落ち続けたおっさんで、竜は飛べないという。


 だから言った。


「飛べないなら、留守番してて。邪魔だから」


 嘘は言っていない。

 空を飛べない竜騎士なんて、竜騎士じゃない。ただの、竜を連れた歩兵だ。


 もう片方は、もっとよく分からなかった。


 我が国初の魔法騎士。

 メルナ・カストラ。私と、同い年。


 あの子は、私を見ても、何も言わなかった。

 値踏みもしなかった。敵意も、媚びも、なかった。


 ただ、あのおっさんの服の裾を、ずっと握っていた。


 ……気味が悪い、と思った。



   ◇



 最初の出撃で、私の評価は崩れた。


 あのグランス——マルコとかいう、片耳のない老いぼれ。

 あれの動きに、無駄が一つもなかった。


 斥候として言わせてもらうけど、あれは異常だ。

 私が敵の位置を伝える前に、もう避けている。指示より、判断が早い。


 おっさんは、そのグランスに全部任せて、剣だけを見ていた。


 信頼している、というより——もう、体の一部だった。


 私にはない。あんな相棒は、いない。


 私は、誰も信じない。信じたら、死んだときに、動けなくなるから。


 それから、あの合成死体兵。


 私のナイフは、通らなかった。

 ラズの飛竜剣も、届かなかった。


 あの二人が、倒した。


 金色の炎と、白銀の剣で。


 私は、その場で訂正した。

 私たちより、彼らの実力は上、と。


 言うのは、悔しくなかった。

 それが事実だからだ。事実を認めないのは、斥候として無能だ。


 ……悔しくなかった、というのは、少し嘘かもしれない。



   ◇



 厩舎で、あの子と会うようになった。


 偶然じゃない。私が、時間を合わせているからだ。

 ……いや、これも嘘だ。たまたま、同じ時間になっただけ。


 あの子は、グランスの世話がうまい。

 ルナという、まだ若い白毛の子。おどおどして、物音に怯える。


 メルナは、その子に、静かに話しかける。


「怖くないです。私がいます」


 そう言って、首筋を撫でる。


 ……その言い方、どこかで聞いた。


 ああ、そうだ。

 あのおっさんが、この子に言ったのと、同じだ。


 この子は、言われた言葉を、そのまま誰かに渡している。


 私は、それを見ながら、少しだけ、変な気持ちになった。


 私は、誰かにそういうことを言われたことが、ない。

 だから、誰にも言えない。


 持っていないものは、渡せない。



   ◇



 歓迎会の夜。


 あの子に、礼を言おうと思った。


 簡単なことだ。あなたたちがいなかったら、私は死んでいた。それだけの、事実。

 事実を認めるのは、斥候の基本だ。


 なのに、杯を持つ手が、少し止まった。


 なんでだろう、と思った。

 ただの報告のはずなのに。


 結局、言った。


「……メルナ。今日は、ありがとう」


 あの子は、驚いた顔をした。


 その顔が、少し嬉しそうで、私は、余計に落ち着かなくなった。


 あの子が、私の技を褒めた。

 ナイフ術が、すごいと。


 だから、つい、言ってしまった。


「エミリアでいいわ。……同い年でしょ」


 言ってから、しまった、と思った。


 これは、必要な言葉じゃない。

 戦闘に、何の関係もない。ただの、感傷だ。


 でも、あの子が「はい! エミリア!」と、笑ったとき。


 私は、それを取り消せなかった。



   ◇



 あの大きな戦いの日。


 空が黒くなって、竜が墜ちて、死体が起き上がって。

 私は、いつも通り、冷静に索敵していた。


 右に三。後ろに二。跳んで。

 左から魔道兵、二時の方向、瘴気に注意。


 声が、ちゃんと出ていたと思う。


 でも、あの白いローブの女が現れて、メルナの前に立ったとき。


 私は、一瞬、声を出せなかった。


 あの魔力量は、異常だった。

 斥候として、正しい判断はこうだ。——勝てない。退避すべき。


 なのに、私の口から出たのは、こうだった。


「メルナ!」


 名前を、呼んでいた。


 それは、指示じゃない。情報でもない。

 ただの、感傷だ。


 鈍った判断は、味方を殺す。

 私は、ずっとそう思って生きてきた。


 なのに、あの瞬間、私は確かに、あの子の名前を呼びたかった。



   ◇



 戦のあと、私はまた厩舎に行った。


 メルナは、ルナの傷を手当てしていた。

 その手も、腕も、擦り傷だらけだった。


 私は、黙って隣に座って、包帯を差し出した。


 あの子は、少し笑って、受け取った。


 何も、話さなかった。


 しばらく、二人で、グランスの息づかいだけを聞いていた。


 ——ねえ、メルナ。


 言おうとして、やめた。


 私は、うまく言えないから。

 友達、っていう言葉が、どうしても喉から出てこないから。


 でも、たぶん。


 これが、そういうものなんだと思う。


 言わなくても、隣にいられる。

 それだけのことが、私には、初めてだった。



   ◇



 次の日、ラズが訓練場で千回素振りをして、ぶっ倒れていた。


 シエルもいた。あの生意気な子が、なぜか黙々と剣を振っていた。


 私は、それを遠くから見ていた。


 ……別に。私は斥候だから。剣を振る必要はない。


 そう思いながら、手が、ナイフを研いでいた。


 少しだけ、いつもより丁寧に。


 守りたいものが増えると、人は、こうなるらしい。


 ……面倒くさい。


 本当に、面倒くさい。


 でも、悪くない。

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