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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第四章 第七騎士団編
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【外伝】ラズの近道


 俺は、近道を探して生きてきた。


 悪いことだとは思ってない。時間は有限だ。だったら、最短で強くなったやつが勝つ。

 効率の悪い努力なんて、ただの自己満足だろ。


 十九で飛竜剣を覚えたのも、そのおかげだと思ってる。

 教本の型を丸暗記して、無駄を削って、必要なところだけを死ぬほど磨いた。同期は誰も追いついてこなかった。


 地上組のエース。第七騎士団・特務遊撃班、突撃兵ラズ。

 悪くない肩書きだ。悪くないんだけど。


 俺の目標は、カーラカレット隊長だ。


 あの人は、雷そのものになって敵陣を貫く。竜と一緒に。

 あれを見ちまったら、地上のエースなんて肩書き、何の価値もない。


 早く、あそこに行きたい。

 早く、竜と契約したい。早く、空に上がりたい。


 早く。早く。早く。


 なのに、竜は俺を呼ばなかった。



   ◇



 だから、あのおっさんが来たとき、俺は正直、腹が立った。


 十八年落ち続けた男が、竜騎士になった。

 しかも、その竜は飛べない。


 ふざけるなよ、と思った。


 俺は必死に近道を探して、削れるところを削って、それでも竜に選ばれなかった。

 なのに、十八年もダラダラ落ち続けたおっさんが、選ばれた。


 世の中、間違ってる。


 最初の出撃で、俺は嫌味を言った。飛べねえんだろ、地べた組だ、遅れんなよ、って。

 我ながら、みっともない。


 でも、そのあと村で見た戦いで、俺は黙るしかなくなった。


 あのおっさんの飛竜剣は、俺のより、でかかった。


 いや、そこじゃない。

 俺が一番こたえたのは、その前の一撃だ。


 最初の一体を、斬岩剣で斬った。

 基礎の型。教本の一ページ目。俺が三日で覚えて、三日で飽きたやつ。


 それが、綺麗すぎた。


 なんだあれ。

 なんであんな、当たり前の技が、あんなに綺麗なんだ。



   ◇



 稽古をつけてくれ、と頼んだのは、俺の方からだ。


 プライドは、少し痛んだ。でも、痛みで強くなれるなら安いもんだ。

 俺は近道が好きなんだ。教われるやつがいるなら、教わる。それが最短だ。


 竜爪剣を教えろ、と言った。


 おっさんは、木剣を構えて、言った。


「お前は飛竜剣を使える。ならば、可能性はある」


 やった、と思った。

 やっぱり俺には才能がある。あとはコツさえ掴めば——


「まあ、俺が出来たのは、三十をとっくに超えてからだけどな」


 ……は?


「そんなに待てねえよ」


 思わず、口に出た。


 俺は焦ってる。それは自覚してる。

 カーラカレット隊長に、早く追いつきたい。あの背中に、早く並びたい。

 三十まで待てるかよ。それまでに、俺は何人の仲間を見送ることになるんだ。


 そしたら、おっさんはこう言った。


「それでいい。諦めなければ、夢は叶う」


 軽く言うなよ、と思った。


「俺は、十八年間諦めなかった」


 その一言で、俺は何も言えなくなった。


 十八年。


 俺が生まれてから、今までとほぼ同じだ。


 その間ずっと落ちて、笑われて、それでも剣を置かなかった。

 近道なんか一本もなくて、ただまっすぐ、遠回りを歩き続けた。


 俺の「早く」なんて、この人の前じゃ、ただの駄々だ。



   ◇



 あの大きな戦いの日。


 空が黒く塗り潰されて、竜が落ちてきて、ソランジュが墜ちてきて。

 俺は必死で受け止めて、それから、地獄が始まった。


 死体兵が、うちの兵の死体を起こし始めた。


 俺の前に立ったのは、同じ班のやつだった。

 昨日、飯を一緒に食った。歓迎会で、おっさんの真似をして笑わせてくれた。


 そいつが、無表情で、俺に剣を向けてきた。


 斬れなかった。


 頭ではわかってる。もう死んでる。あれは肉と骨だ。

 わかってるのに、腕が動かない。


 おっさんの剣が、割り込んで、俺を守った。


 こいつはもう死んでる、と言われた。

 わかってる、って怒鳴り返した。涙が出た。


 そしたら、おっさんは、静かに言った。


「悔しかったら、勝て」

「こいつらを止めるのが、一番の弔いだ」


 俺は、そこで初めて気づいた。


 この人は、たぶん、こういう場面を何回も見てきたんだ。

 十八年、雑兵として。城門に立って、戦場の隅っこで、仲間が死ぬのを見送りながら。


 俺が「早く強くなりたい」と焦ってた十年より、ずっと長く。

 誰にも見られない場所で、この人は、ずっと戦ってきたんだ。



   ◇



 戦のあと、俺は訓練場に行った。


 朝早くから、おっさんはいた。相変わらず素振りをしていた。

 シエルのやつも、なぜか隣で振ってた。あいつ、絶対「監視」とか言い張るんだろうな。


 俺は、木剣を持って、二人の横に並んだ。


 何も言わずに、斬岩剣の型を振った。


 教本の一ページ目。三日で飽きたやつ。


 千回振ったら、腕が上がらなくなった。

 おっさんは、まだ振っていた。


 ああ、なるほど、と思った。


 これが、十八年か。


 近道なんて、最初からなかったんだ。

 いや、あったのかもしれない。俺は器用だから、それなりに早く強くなれた。


 でも、器用に近道した俺は、竜に選ばれなかった。

 馬鹿正直に遠回りした人は、選ばれた。


 ……悔しい。

 めちゃくちゃ、悔しい。



   ◇



 だから俺は、決めた。


 もう「早く」って言うのはやめる。


 言う代わりに、振る。

 あの人が十八年やったことを、俺は今日から積み上げる。


 カーラカレット隊長には、まだ届かない。

 竜も、まだ俺を呼ばない。


 でも、いつか。


 千回振り終えた俺に、おっさんが水筒を投げてよこした。


「筋がいいな」


「……当たり前だろ。俺、天才だから」


 おっさんは笑って、また剣を振り始めた。


 俺は水を飲んで、それから、もう千回振った。


 悔しいけど。


 この人と一緒の隊で、よかったと思う。


 ……絶対、本人には言わないけどな。

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