【外伝】ラズの近道
俺は、近道を探して生きてきた。
悪いことだとは思ってない。時間は有限だ。だったら、最短で強くなったやつが勝つ。
効率の悪い努力なんて、ただの自己満足だろ。
十九で飛竜剣を覚えたのも、そのおかげだと思ってる。
教本の型を丸暗記して、無駄を削って、必要なところだけを死ぬほど磨いた。同期は誰も追いついてこなかった。
地上組のエース。第七騎士団・特務遊撃班、突撃兵ラズ。
悪くない肩書きだ。悪くないんだけど。
俺の目標は、カーラカレット隊長だ。
あの人は、雷そのものになって敵陣を貫く。竜と一緒に。
あれを見ちまったら、地上のエースなんて肩書き、何の価値もない。
早く、あそこに行きたい。
早く、竜と契約したい。早く、空に上がりたい。
早く。早く。早く。
なのに、竜は俺を呼ばなかった。
◇
だから、あのおっさんが来たとき、俺は正直、腹が立った。
十八年落ち続けた男が、竜騎士になった。
しかも、その竜は飛べない。
ふざけるなよ、と思った。
俺は必死に近道を探して、削れるところを削って、それでも竜に選ばれなかった。
なのに、十八年もダラダラ落ち続けたおっさんが、選ばれた。
世の中、間違ってる。
最初の出撃で、俺は嫌味を言った。飛べねえんだろ、地べた組だ、遅れんなよ、って。
我ながら、みっともない。
でも、そのあと村で見た戦いで、俺は黙るしかなくなった。
あのおっさんの飛竜剣は、俺のより、でかかった。
いや、そこじゃない。
俺が一番こたえたのは、その前の一撃だ。
最初の一体を、斬岩剣で斬った。
基礎の型。教本の一ページ目。俺が三日で覚えて、三日で飽きたやつ。
それが、綺麗すぎた。
なんだあれ。
なんであんな、当たり前の技が、あんなに綺麗なんだ。
◇
稽古をつけてくれ、と頼んだのは、俺の方からだ。
プライドは、少し痛んだ。でも、痛みで強くなれるなら安いもんだ。
俺は近道が好きなんだ。教われるやつがいるなら、教わる。それが最短だ。
竜爪剣を教えろ、と言った。
おっさんは、木剣を構えて、言った。
「お前は飛竜剣を使える。ならば、可能性はある」
やった、と思った。
やっぱり俺には才能がある。あとはコツさえ掴めば——
「まあ、俺が出来たのは、三十をとっくに超えてからだけどな」
……は?
「そんなに待てねえよ」
思わず、口に出た。
俺は焦ってる。それは自覚してる。
カーラカレット隊長に、早く追いつきたい。あの背中に、早く並びたい。
三十まで待てるかよ。それまでに、俺は何人の仲間を見送ることになるんだ。
そしたら、おっさんはこう言った。
「それでいい。諦めなければ、夢は叶う」
軽く言うなよ、と思った。
「俺は、十八年間諦めなかった」
その一言で、俺は何も言えなくなった。
十八年。
俺が生まれてから、今までとほぼ同じだ。
その間ずっと落ちて、笑われて、それでも剣を置かなかった。
近道なんか一本もなくて、ただまっすぐ、遠回りを歩き続けた。
俺の「早く」なんて、この人の前じゃ、ただの駄々だ。
◇
あの大きな戦いの日。
空が黒く塗り潰されて、竜が落ちてきて、ソランジュが墜ちてきて。
俺は必死で受け止めて、それから、地獄が始まった。
死体兵が、うちの兵の死体を起こし始めた。
俺の前に立ったのは、同じ班のやつだった。
昨日、飯を一緒に食った。歓迎会で、おっさんの真似をして笑わせてくれた。
そいつが、無表情で、俺に剣を向けてきた。
斬れなかった。
頭ではわかってる。もう死んでる。あれは肉と骨だ。
わかってるのに、腕が動かない。
おっさんの剣が、割り込んで、俺を守った。
こいつはもう死んでる、と言われた。
わかってる、って怒鳴り返した。涙が出た。
そしたら、おっさんは、静かに言った。
「悔しかったら、勝て」
「こいつらを止めるのが、一番の弔いだ」
俺は、そこで初めて気づいた。
この人は、たぶん、こういう場面を何回も見てきたんだ。
十八年、雑兵として。城門に立って、戦場の隅っこで、仲間が死ぬのを見送りながら。
俺が「早く強くなりたい」と焦ってた十年より、ずっと長く。
誰にも見られない場所で、この人は、ずっと戦ってきたんだ。
◇
戦のあと、俺は訓練場に行った。
朝早くから、おっさんはいた。相変わらず素振りをしていた。
シエルのやつも、なぜか隣で振ってた。あいつ、絶対「監視」とか言い張るんだろうな。
俺は、木剣を持って、二人の横に並んだ。
何も言わずに、斬岩剣の型を振った。
教本の一ページ目。三日で飽きたやつ。
千回振ったら、腕が上がらなくなった。
おっさんは、まだ振っていた。
ああ、なるほど、と思った。
これが、十八年か。
近道なんて、最初からなかったんだ。
いや、あったのかもしれない。俺は器用だから、それなりに早く強くなれた。
でも、器用に近道した俺は、竜に選ばれなかった。
馬鹿正直に遠回りした人は、選ばれた。
……悔しい。
めちゃくちゃ、悔しい。
◇
だから俺は、決めた。
もう「早く」って言うのはやめる。
言う代わりに、振る。
あの人が十八年やったことを、俺は今日から積み上げる。
カーラカレット隊長には、まだ届かない。
竜も、まだ俺を呼ばない。
でも、いつか。
千回振り終えた俺に、おっさんが水筒を投げてよこした。
「筋がいいな」
「……当たり前だろ。俺、天才だから」
おっさんは笑って、また剣を振り始めた。
俺は水を飲んで、それから、もう千回振った。
悔しいけど。
この人と一緒の隊で、よかったと思う。
……絶対、本人には言わないけどな。




