【外伝】シエルの採点表
【外伝】シエルの採点表
――シエル視点――
オレは、人を見る目には自信がある。
十五歳で第七騎士団の空挺隊。最年少。竜と契約したのも同期で一番早かった。
この砦で、オレより若くて強いやつはいない。だから、新入りが来ると、だいたい三秒で格付けが済む。
で、あのおっさんだ。
初日に見たときの感想は、正直に言えば「なんで来たの?」だった。
十八年落ち続けたおっさん。連れてる竜は、飛べない。乗ってるグランスは片耳がない。
うちは対ゾラ最前線の、空のエリート部隊だぞ。粗大ゴミの回収場所じゃない。
思ったことは、口に出す主義だ。だから言った。フェルナンさんに頭を鷲掴みにされた。痛かった。
アイリスさんの採点は、三十八だった。
これがどれくらいかというと、うちの整備班のおっさんが四十くらいだ。つまり、戦力として数えられてない。
オレは笑った。ほら見ろ、と思った。
なのに、その日のうちに、六十一になった。
カーラカレット隊長の不意打ちを、片手で受け止めたからだ。
あの人の拳は、岩を砕く。オレは一回だけ受けたことがあるけど、腕が三日痺れた。
それを、まばたき一つせずに止めた。
六十一。オレより一つ上だ。
……いや、待ってほしい。オレは今、六十だ。三年かけて、十二から六十まで上げたんだ。
それを初日で追い抜くって、なんなの。
◇
次の日から、オレはあのおっさんを観察することにした。
もちろん、興味があるわけじゃない。監視だ。監視。ボロを出すのを待ってるだけ。
訓練場に行くと、朝から素振りをしていた。
斬岩剣の型。基礎中の基礎。オレが十歳のときに卒業したやつだ。
なんだ、やっぱり大したことないじゃん。
そう思って見ていたら、三時間経っていた。
おっさんは、まだ振っていた。
一回も、雑にならない。一回も、フォームが崩れない。三時間、同じ精度で、同じ角度で、同じ速さで。
オレは、途中で目を逸らした。
なんか、見ていたくなかった。
自分が、そんなに剣を振ったことがないって、気づいちゃったから。
◇
ラズが稽古をつけてもらってるのを、柵の外から見た。
ラズは飛竜剣が使える。うちの地上組ではエースだ。あいつは、それを鼻にかけない代わりに、焦っている。
カーラカレット隊長に追いつきたいらしい。若いのに、いや、オレより年上なのに、ずっと焦ってる。
おっさんは、ラズにこう言っていた。
諦めなければ、夢は叶う。俺は十八年間諦めなかった、と。
ラズは、そんなに待てないと怒っていた。
オレは、柵の外で聞きながら、思った。
十八年って、オレが生まれてから今までより長いんだけど。
その間ずっと落ち続けて、まだ諦めてなかったって、どういう神経してるんだ。
オレなら、三回落ちたら死ぬ。
いや、比喩じゃなく、たぶん心が死ぬ。
あのおっさんは、十八回、心が死んで、十八回、生き返ったってことか。
……ちょっと、ゾッとした。
◇
あの日、村での戦い。
オレたちは上から見ていた。団長の命令で、万が一のときだけ助けろ、と。
つまり、試されていたのはおっさんの方で、オレたちは審査員だった。
合成死体兵が出たとき、オレは正直「終わったな」と思った。
あれは隊全員でかかっても手こずる。飛べない竜と、噂の落ちこぼれで、どうにかなる相手じゃない。
フェルナンさんの手が、剣の柄にかかった。
オレも「助けないと!」って叫んだ。
そのあとの光景を、オレはまだうまく説明できない。
あの魔法騎士の女の子が、金色の炎を出した。あれは、たぶん人間の魔力じゃない。
で、おっさんが、その力を胸で受け止めて、竜に流して、剣にした。
三人で、一つ。
あんな戦い方、見たことがない。
竜騎士っていうのは、竜に乗って、竜の力を借りて戦うものだ。それが常識だ。
あの人たちは、竜と、人と、竜の心臓を、全部つなげて一本の剣にしていた。
地面で。飛べもしないで。
オレは、空を飛べる。速く、鋭く、誰よりも早く。
でも、あの三人がやったことは、オレには一生できない気がした。
◇
アイリスさんが、採点した。
おっさん、七十七。
魔法騎士の子、八十二。
オレは叫んだ。二人分!? てか片方、オレより上じゃん!! って。
アイリスさんは、いつも通り、何も答えなかった。
あの人は、必要なことしか喋らない。採点だけを置いていく。
でも、あとで気づいた。
オレの点数、あの日から一度も上がってない。
三年かけて六十。
おっさんは、二回の戦いで七十七。
オレは、悔しかった。
それから、もっと悔しいことに気づいた。
オレは、悔しいと思えたことが、久しぶりだった。
◇
だから、次の日から、オレも朝の訓練場に行くことにした。
もちろん、あのおっさんと仲良くなりたいとか、そういうんじゃない。
あくまで監視だ。監視。ボロを出すのを待ってるだけ。
行ったら、もういた。素振りしてた。何時に起きてるんだ、あの人。
オレを見て、おっさんは言った。
「おう、シエル。早いな」
「……別に。たまたま目が覚めただけだから」
おっさんは、それ以上何も聞かずに、また剣を振り始めた。
オレも、隣で剣を抜いた。
基礎の型。氷刃なんて呼ばれてるオレが、今さらやる技じゃない。
でも、やった。
三十分で腕が上がらなくなった。
隣のおっさんは、まだ振っていた。
……オレは、あと何年、これを続ければいいんだろう。
十八年、とは言わない。
でも、たぶん、それくらいの覚悟がないと、あの背中には届かないんだと思う。
◇
通りかかったアイリスさんが、オレたちを見た。
立ち止まって、じっと見て、それから、ぽつりと言った。
「…………シエル、六十三」
オレは、剣を落とした。
三年ぶりに、上がった。
顔を上げたら、アイリスさんはもう歩き去っていた。相変わらず、何も説明しない。
おっさんが、隣で笑っていた。
「よかったな」
「……うるさい」
オレは、剣を拾って、また振り始めた。
悔しいのに、なんでか、ちょっとだけ、嬉しかった。




