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『単家の龍 ―徐庶元直伝―』  作者: 中島吾朗
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第六章 小朋友

さて、司馬徽の学塾がどこにあったか、である。


襄陽の城内、と思うであろう。違う。城を出て西へ、山裾の水のきれいな谷あいに、その塾はあった。垣根は低く、門は形ばかり。母屋に講堂が一つ、あとは学生どもの寝起きする長屋と、蚕室と——畑である。塾というより、少し書物の多い百姓家、と言ったほうが早い。


徐庶と石韜が初めて連れて来られた日、二人は顔を見合わせた。てっきり、劉表どのの建てた壮麗な学官のような所かと思うていたのである。察したように、司馬徽は笑った。


「劉牧のお建てになった学官はな、立派なものよ。禄も出る。出るがな——禄というものは、出所の顔色と一緒に呑み込むものでな。わたくしは、どうも喉を通らぬのだ。好、好。ここの飯は、この畑から出る。誰の顔色も、ついておらん」


事実、そこの暮らしは見事に誰の顔色もついていなかった。朝は皆で畑に出る。昼に講義。午後は写本と問答。蚕の季節は総出で桑を摘む。学費は、払える者は銭で、払えぬ者は働きで納める。北から流れてきた食い詰めの書生も、荊州名家の子弟も、畑に出れば同じ泥だらけである。名家の子が青菜の間引きも知らぬと知れると、寒門の子が教える。寒門の子が『春秋』の一節に詰まると、名家の子が教える。——後にわたくしは思うたものだ。あの畑こそが、あの塾のいちばんの講堂であった、と。


無論、畑だけで塾が回るはずもない。足りぬ分は、土地の御仁たちが、そっと埋めていた。峴山の南の龐徳公。城内の黄承彦どの。米が届き、書物が届き、時に蚕種が届く。されど彼らは決して恩に着せなかった。龐徳公に至っては、届け物を問われるとこう言うたそうな。「わしは水鏡どのに、耳学問の束脩を払うておるだけよ」——大人というものである。


   *


徐庶と石韜は、働きで納める組であった。


もとより荷担ぎで鍛えた二人である。畑仕事は誰よりも早く、力仕事は買って出た。ことに徐庶は、毎朝、誰よりも早く起きた。まだ暗いうちに床を出て、講堂を掃き、井戸の水を汲み、皆の履物を揃える。誰に言われたのでもない。


——白状すれば、これには訳がある。


入塾して間もなく、徐庶の素性めいた噂が、どこからか流れたのである。曰く、あれは北で人を殺めた男らしい。曰く、役人を五人、素手で叩き伏せたらしい。学生たちは徐庶を遠巻きにし、同じ卓を囲むのを厭う者もいた。石韜は怒った。怒って、噂の出所を締め上げに行こうとした。それを止めたのが、徐庶である。


「いいんだ、広元。……噂は、半分まことだしな」


代わりに徐庶は、掃除を始めた。毎朝、毎朝、黙って。雨の日も、霜の朝も。詫びでもない。媚びでもない。強いて言えば——証であった。俺はここで学びたいのだ、という。言葉で言えば疑われる。ならば、行いで。かつて頭の良さを隠すために芝居をした男が、今度は、心の内を示すために、夜明けの箒を握ったのである。


三月もすると、遠巻きは消えた。半年もすると、朝の講堂には徐庶の隣で箒を持つ者が、二人、三人と増えた。司馬徽は何も言わなかった。何も言わず、ある朝、掃き清められた講堂の敷居で足を止め、例の調子で一言だけ呟いたという。


「好、好」


——それだけである。それだけであるが、あの先生の「好」に二段あることを、塾の者は皆知っていた。口癖の「好」と、まことの「好」と。その朝のは、まことのほうであった、と石韜は後々まで自慢げに語ったものだ。自分が褒められたのでもないのに、な。


かくて塾の暮らしは回っていった。北の訛り、東の訛り、土地の言葉——講堂には天下中の言葉が飛び交い、夜の長屋では、青菜の粥をすすりながら、若者たちが天下を論じた。曹操とは何者か。袁紹は勝てるのか。漢室は再び興るのか。誰も答えを持たぬくせに、誰もが声だけは大きかった。


好い時代であった、と思う。


そしてこの長屋に、やがて、あの男たちが加わってくる。汝南から来る現実主義の男。名門の生まれの、影のある年長者。土地の名家の、実直な若者。——それから、徐庶が谷に来て幾度目かの秋。徐州の戦火を逃れて、叔父に連れられた一人の少年が、この谷に流れ着いた。


背ばかりひょろりと高い、目つきの鋭い、十四の少年である。


名を、諸葛亮といった。


   *


その少年は、畑の隅で、歌っていた。


夕暮れの谷に、鍬を杖のように突き立てて、変声期の途中の、掠れて高い声で。


 天は民を顧みず 英雄は欲を食む

 民は弱く 助くる者なし ああ この世や住み難き

 然れど我が知略を聴く主君あらば

 我は翼を得て 天に昇らん

 されど英傑いまだ此処に無く

 我が知略は黄河の水ほどあれども

 流るる土地なく ただ彷徨うのみ


節は古歌の梁父吟に似て、詞は違う。おそらく、当人の作り替えである。徐庶は箒を持ったまま、聞き終えて、思わず言った。


「——小僧。面白い歌を歌うな。誰に教わった」


少年は、振り向いた。背ばかりひょろりと高い。鋭い目が、じろりと徐庶を測り、それから作法どおりに揖(ゆう)した。


「これは失礼を。……琅邪の諸葛と申します。兄者は、どなたで」


「徐庶。名の庶は、庶幾(こいねが)うの庶だ。ゆるやかに、あまねく民の安寧を希う——なんてのは、寺の御坊の受け売りだがな」


「徐庶どの」少年は、わずかに首を傾げた。「私の歌などにご興味を? ……はったりですよ、あんなもの。知略が黄河ほど、など」


「はったりにしちゃあ、節が本気だったぜ」


少年の目が、初めて少しだけ、見開かれた。徐庶は箒を置き、少年の手元を顎で指した。


「それとな、小僧。お前、育ちが違うだろう。喋り方もだが——手つきだ。鍬の持ち替え、揖の袖の捌き、さっき俺を測った時の目の配り。一つ一つに型がある。舞でも見てるようだ。誰仕込みだ」


少年は、しばらく黙った。黙って、それから、鍬の柄を見ながら言った。


「……手は、父から学びました。歌は、母から。——どちらも、もう、この世におりませんが」


夕暮れの畑が、少し、静かになった。


徐庶は、何も言わなかった。気の毒に、とも、辛かったな、とも言わなかった。そういう言葉が、貰った当人の腹の底でどんな味がするか、この男はよく知っていたからである。代わりに、徐庶はただ、隣にしゃがんで、間引いた青菜の束を差し出した。


「……そうか。なら、その手と歌は、大したもんを継いでるな。粗末にするなよ」


少年は、青菜と徐庶の顔を交互に見て——それから、ふ、と息だけで笑った。この谷に来て、初めての笑いであったかもしれぬ。


「徐庶どのは、笑わないのですね」


「何がだ」


「私の歌を、です。叔父上には叱られます。塾の方々には笑われます。十四の分際で、知略が黄河ほどある、などと——身の程知らずだと」


「笑うかよ」徐庶は立ち上がり、箒を担いだ。「黄河ほどあるかどうかは、俺には測れねえ。だがな、小僧。流れる土地がない、って歌ってるうちは、まだ正気だ。てめえの水量より、水路の心配をしてる奴の知略は、たぶん本物だ。……歌え歌え。ここじゃ誰も止めやしねえ」


「——徐庶さま」少年は、居住まいを正し、深く頭を下げようとした。「以後、ご教導を」


「よせやい」徐庶は、下がりかけた頭を、箒の柄でひょいと止めた。「俺もただの門下生だ。教導なんぞできるか。……同門だろう。頭は先生にだけ下げろ。俺には——そうさな」


徐庶は、にっと笑った。あの、わんぱく坊主の頃と同じ笑い方で。


「明日の朝、講堂の掃除にでも付き合え。話はそれからだ」


   *


その晩、徐庶は長屋の隅で、なかなか寝つけなかった。


流れる土地なく、と歌った少年の声が、耳に残っていた。土地がないのは、俺も同じだ——と思う。潁川は、もう帰れぬ土地である。小梅のいた世は、もう戻らぬ世である。……戻らぬなら。


戻らぬなら、せめて。


乱れきったこの世を、天下あまねく、元に直す。人が人を攫わぬ世に。実りが兵を呼ばぬ世に。小梅のような娘が、当たり前に年を取れる世に。——直す。元に、直すのだ。


夜明け前、徐庶は起き上がり、囲炉裏の灰に、指で二字を書いた。


元直。


字(あざな)というものは、本来、二十(はたち)の冠礼で親か長者から授かるものである。されど徐庶に、冠礼を挙げてくれる父はもうなく、挙げるべき家格もない。ならば、志が親代わりだ。徐庶は灰の二字をしばし見つめ、それから、母がいつもしたように、手のひらでそっと撫でて消した。


——胸に、残った。


   *


翌朝。まだ暗い講堂の前に、先客がいた。


箒を持って、突っ立っている。背ばかりひょろりと高い影——昨日の少年である。


「おはようございます、徐庶老師」


「……来たのは感心だが、その老師ってのは、ならん。俺はお前の師じゃねえ」


「では、なんとお呼びすれば」


徐庶は、箒を受け取りながら、少し迷い、それから言った。


「——元直、と呼べ。俺の字だ。……昨夜、決めた」


「昨夜」少年の目が、瞬いた。名家の子である。字が本来どう授かるものかは、誰より知っている。知っていて、この少年は、何も言わなかった。何も言わず、ただ問うた。「……どういう字です」


「乱れきった世の中を、天下あまねく、元に直す。——この志を、親代わりに付けた。分不相応は承知の上よ」


少年は、暗がりの中で、しばらく黙っていた。それから、居住まいを正して、揖した。


「元直さん。改めて、よろしくお願い申し上げます。——私のことは、孔明と。これは父が生前、定めておいてくれた字にございますれば」


「孔明、な」徐庶は頷き、講堂の戸を開けた。「生まれた年は違えど、世を思う気持ちと、学問を志す想いに、違いはなし。——されば俺とお前は、同門の朋友(ほうゆう)だ。ちっこいのがついたがな。小朋友、よろしく頼む」


「……滅相もない」孔明は、首を振った。振ってから、箒の柄を握りしめ、絞り出すように言った。「元直さん。私は——私の知略は、私の魂です。大言と笑われても、降ろせぬのです。それを、それを解ってくださる方など、この天下に、水鏡先生ただお一人と思うておりました。……昨日までは」


「昨日までは、か」


徐庶は、箒を動かし始めた。動かしながら、前を向いたまま言った。


「なら今日からは、二人だ。……ほれ、手ぇ動かせ小朋友。魂の話は、床を磨きながらでもできる」


二本の箒が、暗い講堂を掃き始めた。東の空が、白み始めていた。


——後の世の書物は、こう記すことになる。諸葛亮、自らを管仲・楽毅に比す。時人これを認むる莫(な)きも、ただ徐庶元直と崔州平のみ、謂(おも)えらく、信(まこと)に然りと——


その「ただ」の一人目は、夜明けの講堂で、箒を持って生まれたのである。

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